お約束的な裏話に挑戦してみました
お久しぶりのシリーズです。相変わらず忘れた頃に書いております。
「私は先輩が『八島』でなくても、好きになったと思います」
ゲームの選択肢なら、好感度アップの正解のお言葉。小説内でも言っていたとは思うけど、余り印象に無い。
なんていうか、流し読み、みたいな。
印象に残っていない、とうよりありきたりな、当たり前過ぎる台詞回しでそのまま、読み進めたんだろうな…多分。
「その言葉に、当の本人が甚く喜んだらしく…おかげで、私がでる事も無く、事態は収束したのですけれど、ね」
ゆるく首を振って莉沙紀がため息を吐く。憂いを含んだ美少女。眼福ですなぁ。
ヒロイン嬢に嫌がらせ、というか、色々言葉を投げつけていたのは、八島の関係筋の子女だったらしい。それを諌めるべく、莉沙紀が動こうとして、本人たちから謝罪と共に報告があがってきた。
「もはや、次期当主にすら戻る資格なし、と判断したそうですわ。そんな言葉に喜ぶのでは、先は無い、と」
だろうなぁ、少なくとも彼の立場では言われて喜んでいい台詞ではない。例え、心の中で喜ぼうとも表に出して喜んではいけない言葉だ。
「前々から疑問に思っていたのですが…失礼を承知でお尋ねします」
居住まいを正した水沼君にみんなの視線が集まった。
ここは、総務部部室。相も変らぬ総務のメンバーと、委員会でもないのに、何故か羽柴君も居たりする。実は、黒澤君に良い様に使われて…あ、いや、生徒会側の代表として、日々頑張ってくださっているんですね、はい。
「彼女のご実家はどうされたんですか?確かあそこは『御子柴グループ』に所属していたと記憶していたのですが」
事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだと思う。まぁ、そんな裏事情まで小説には書いてなかったし、設定資料にも書かれて居なかったからね。作者の頭の中は謎だけど。
「御子柴、というより真田だな。じいさまが、75%出資して出来た会社だ。…あ~で、だな。知らないみたいだぞ。今回の件…正確に言うと、御子柴と八島の婚姻がなくなったのは、知っているかもしれないが、そこに自分の娘がかんでいるのは知らないらしい。一度親父が『カマ』をかけたが反応がなかったと言っていた」
「弟、です」
お茶の仕度をしていた羽柴君がカップを手渡しながら教えてくれた。
おお、出たね義理の弟クン。ゲームバージョンの方では、本人以外の攻略キャラにとってラスボスと呼ばれた存在。
彼の好感度を上手く調整しないと、真のトゥールエンドには到達しないんだよねぇ。かといって、弟クンに力を入れると、あっさり彼のルートに入ってしまうという…ファンの間では、バッドエンド扱いになっていたルートなんだよね。
「八島の話では、会社の関係もあるから、折を見て自分から話すと…それまでは、実家の方には顔をださないでくれと、そう言われたと。姉にも、両親には内緒にしておくように念を押したらしいです」
八島本人は、けじめをつけるためにも挨拶に行きたいらしいですけどね、と苦笑を浮かべれば、何が挨拶だ、と黒澤君が毒づく。
「八島たちの事情は知らんが、あそこも複雑だからな。公の場には殆ど顔を出さない人たちではあるな。だから話もあまり耳には入らない」
代表権は持っているが、実務は殆ど副社長である弟に任せている技術畑の父親、そんな夫を補佐するプログラマーの母親。
「決して悪い方々ではない。いや、下手な相手に比べれば、常識人ともいえる人たちだ」
しかし、言い方は悪いが、彼らは一般人だ、と真田先輩は言う。
「ひょっとしたら、経営に携わっている副社長は気付いているかもしれないが、こちらからアクションを起こさない限り動かないだろう。普通の家庭なら、高校生のカップルが別れたくらいで親が出て行くことは基本ありえない」
彼らと自分たちが置かれている社会の構造そのものが違うのだ。
「今更真実を知らせても、どうにもならない。そう結論付けて父も敢えて口を噤むことを選んだ」
その辺りは、すでに真田のおじさまから両親が説明を受けていた。彼らの今までの働きを考えれば、余計な波風をたてることは無い、との判断に私も異を唱えなかった。
「だが、その弟がそこまで見越しているとしたら…末恐ろしいな」
それはどうかな、と心の中で呟く。確か、物心付く前に母親をなくし、仕事優先の父親に代わって自分を育ててくれたのがヒロイン嬢の母親で、後に再婚した二人を祝福しながらも、次第に育っていく義姉への恋心に葛藤し、やがて…。
記憶にある限り、彼の『義弟』としてのゲーム設定はこうだったはずだ。他のキャラクターに比べて、最初から好感度が高かったのと、彼に限ってはヒロイン嬢視点の乙女ゲームではなく、男の子主人公の恋愛シミュレーションみたいな印象があった。勿論、選択肢は主人公にあったのだけど。
まぁ、この『現実』世界において、彼が何を考え何を望んでいるのかは知る由もないし、知る気も正直ないのでいいけれどね。
それよりも、今回の問題はそこではない。
「自分が育った環境を否定されて喜ぶ、ですか。複雑ですね」
そこまで考えていなかったのかもしれない。ただ単に自分を見ていてくれるという事に喜んだのかもしれない。それはそれで気持ちが分からないわけではないけれど。『八島 上総』をも否定してしまいかねない、ということに彼が何故気が付かないのだろう。
そう考えたのは私ばかりでは無いはずだ。現に八島の一族の女の子たちが諦めと共に彼らから離れていった。
(小説補正、というのも厄介だわね)
そっと心の中で呟く。たとえ嬉しくとも彼の立場であるのなら、彼女を諌めるべきだったのだ…少なくとも他者の前では。
どうか。
心の中で『何か』に祈る。自分を記憶を持たせたまま、ここに転生させた存在に。
どうか、彼が現実に押しつぶされること無く、ヒロイン嬢と幸せに暮らせますように、と。
ご指摘をいただいた場所とタイトルを修正いたしました。