非日常 空から落ちる勇者と魔王
俺は勇者だった。腕の中の魔王を抱きしめながら落ちていく体をどうにかしようともがくけれど魔法が使えない。
「くそっ…!魔王、しっかり掴まっててくれよ!」
「勇者…ここでは魔法が使えない…つまりは私はただの女、フリージアだ。」
「…そうか、あの世界から俺たちは解放されたのか…フリージア、俺の名前はオードヴィー。ただの男だ。」
柔らかな彼女の体をより一層抱きしめ、なぜかゆっくりと降下していく風景に驚きながら幸せを噛み締める。
思えば俺は勇者という存在に自分をなくすことを恐れて鈍感な振りをし続けていた。アンジェラやリーリエ、マリヴィエの気持ちにもうすうす感づいてはいた。俺を好きだという気持ちには偽りはないだろうが彼女たちはどうしても貴族の思惑が絡んでいて平民である俺には束縛がキツイもので。
(俺は最低なんだろうな)
自分を見てもらいたくて、でも相手のことは見なくて。自分を守るために好意を寄せてくれている彼女たちを傷つけて。
(…勘違いも甚だしいことも多々あったけれど。)
俺が恋人と言ったことがあるのは幼馴染のピッティくらいで彼女は俺の初恋の女の子だった。彼女は強い瘴気に耐え切れず病気で死んでしまった。
彼女のことは未だに愛している。それはこれからもずっと変わらない。けれど、それだけでは彼女は安心できないだろう。
(なにせ、自分の死の間際まで俺の幸せを願ってくれたお人よしだからな。何が『私は欲張りだから』だよ、まったく…)
腕の中の柔らかい存在は愛に飢えている。俺は彼女に分け与える愛を持ち合わせてはいない。けれど、友人として、一番近しい存在として傍にいることくらいはできる。
「フリージア、たぶん俺たちは助かる。けれど俺が君の気持ち答えてあげることは永遠にない。俺の愛という感情は昔一人の女の子にすべてあげてしまっているんだ。」
「…ピッティ、だろう。隠れてお前に会いに行った時にお茶を振る舞ってくれたあの娘…そうか、彼女は天に召されていたな…過去の思い出は美化されやすい。それでも…私ではダメか…?」
「…俺は我儘で欲張りなんだ。彼女を忘れたくないし、今でも彼女を愛していたい。彼女は俺と誰かが幸せな家庭を築くことを望んでいたけれど俺はそんなことは望んでいない。だから、恨まれてもそれが彼女からの感情なのだとしたらそれはとても幸福なこと。」
地面が近づいてきた。俺は目を閉じながらフリージアがそっと呟いたのを遠くで聞いていた。
「…ならば私もオードヴィーを想い続けよう。」