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亀を聞いて

とうとう曲そのままなやつを。オリジナルしろよ。

 高速道路は水浸しだった。

 いや、もはや一個の水槽になっていると言った方がいいかもしれない。僕が今行る場所、つまりは高速道路の隣の高層マンションからは、その様子がよく見える。透明な水が昼下がりの日差しを反射して、きらきらと光っている。

 不思議な光景だと思いながら、僕はその長い水槽に見入った。雨も最近は降っていないし、台風の時期はもっと先だ。なのに高速道路には、こんなに水がたまっている。この水はどこからきたのだろう。いや、そもそも、高速道路には水がたまるのだろうか。排水機能とかはなかったのだったか。僕はぼんやりそんなことを考えた。

 しばらく見ていると、どしどしという音がした。大きな何かが歩いているような音だ。何が起きたのだろうかとそちらの方を見てみたら、そこにいたのは大きな亀だった。

 かなり大きい。往路と復路、二本の幅を合わせても、わずかしか空間があかないくらいだった。怪獣然とした様だったが、それにしてはおかしな装飾などされず、あくまで亀のままなのがいっそシュールである。

 放射能による変異種かな。貧困な発想力は、怪獣と言うだけでそんな仮説を立ち上げた。僕が知らないだけで、どこかですでに世界大戦でも起きているのかもしれない。もしかして高速道路は水攻めで、亀は生物兵器なのか。突拍子もない考えだが、そもそも僕が見ているこれも突拍子もない光景なわけだから、案外に道理に適っているのかもしれない。

 国会議事堂にでも電話しようか。いや、防衛庁、自衛隊かな。携帯を取り出したはいいが、どこにかければいいのかわからない。いっそ一一〇番か。あ、そういえば僕、危ないときにかける電話番号、それ以外に知らないや。

 僕が迷っているうちにも、亀は高速道路を闊歩していく。ずいぶんのろいわけだから、闊歩と言うにはちょっと物足りないかもしれないけれど。

 亀はやがて、僕のマンションのすぐ前までやってきた。視界に大きな甲羅が映る。僕がいるところは高速道路の少し上だったから、不思議な模様がよく見えた。それと同時に、顎髭の立派な老人も。

 あ、と声が漏れた。窓越しだったのに、それが聞こえたように、老人はこちらを向いた。目が合う。

 老人は笑った。

 僕もいつもの癖で歪な笑顔を返し、そして口を開きかけて、止めた。僕の前には、透明ながら窓がある。なにをしているのか聞きたかったけれど、窓越しでは声は届くまい。

 そう思っていたら、

「どうです、ご一緒に」

 老人は言った。

 僕は驚いて、窓に触ってみる。そして再び驚いた。窓がなくなっている。

 混乱した。どうなっているのだ。さっきまで確かに窓があって、自分の影が映っていたのに。おかしいじゃないか。

 僕はわけがわからなくなって、老人に聞いた。

「あの、窓ガラス知りませんか」

 老人はきょとんとして、

「いいえ、知りませんが」

 と言った。

 それもそうだ。ただの、いや、ただのではないかもしれないが、通りがかりの人が住人より家のことを知っているはずがない。彼と僕が初対面なように、彼とマンションも初対面なのだ。けれども僕はやっぱり変に思えて、「さっきまであったのになあ」と呟いた。老人は気の毒そうな声で、「そうですか」と返してくれた。

「しかし、窓がないなら好都合」

 元気づけるように、老人は言った。

「どうです。少し堅いですが、いい気分ですよ。今日は場所もいいですしね」

「はあ・・・・・・」

 言われて、僕はちょっと辺りを見回してみた。亀の向こうは背の高いビルたちが林立し、それより低いビルたちは草むらのように密集している。空は快晴で、高速道路の静止した川は澄んで輝いている。老人はこんな世界を、大きな亀に乗って、ゆったり移動して行こうという。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 いいなあ。

「どうします」

 老人は促す。僕はその顔をじっと見た。ずいぶん晴れやかな、屈託のない顔だった。

 僕は言った。

「ざぶとん、取ってきてもいいですか?」

 老人は、にっこり笑って、頷いた。

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