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シイラカンスの夢

あるSSとある絵からできている。だいたいそんなんばっか。オリジナルしたい。

 鉄のシイラカンスは夢を見る。

 その夢がどんなものなのかは、シイラカンス自身にもよくわからない。

 というのも、シイラカンスは、この暗く狭い箱の中からでたことがないからだ。シイラカンスが知っているのは、いつもふわふわ浮かんで泳ぐこの廃墟。空から小さく注ぐ光と、灰色をした壁と床と、地面に転がる石ころのみ。

 それなのに、夢の中にはたくさんのものがやってくる。光が当たるときらきらする、流れるように動く透明なものや、太く大きく、緑に毛深いたくさんの腕をはやした茶色のもの、地面に佇む色とりどりの、小さく可愛く優しいもの。いつもいる場所が寂しくなるような、名前も知らない豊かで賑やかなものがたくさんある。

 そして何よりシイラカンスを魅了してやまないのは、上一面に広がる青い天井だった。彼のいる場所とは比べものにならないくらいの輝きを放つその天井は見渡しきれないほど広大で雄大で、どこにでもつながっているような気さえする。所々にある塗り忘れが、不思議なことにゆったりと動いていくのも、何だかユウモラスで愉快だった。

 シイラカンスは、自分の体が鉄でできていることは知っていた。なぜだか知らないが、そのことだけはちゃんと知っている。体が重いからかもしれないなあ。そんなことを泳ぐ度に思う。

 鉄がどのようなものかも、シイラカンスは知っていた。何でも便利なものだそうである。シイラカンスを作った何かは、これがとても大事なものだったといっている。いや、いっているらしい。このあたりは、もう一人のシイラカンスに頼らなければわからないのだけれど。

 シイラカンスは暇だったので、もう一人のシイラカンスに尋ねてみることにした。

「僕よ、鉄とはどんなものだい」

「鉄。鉱物。道具の原料となりうるもの」

「道具というのは?」

「我々のようなもの。主にニンゲンなど知性ある生物が自己の目的達成をより簡易にするために生み出されるもの」

「へえ。その、ニンゲンというのは、何だろう」

「我々の主」

「主」

「命じ手、支配者、操縦者」

「ううん、わからないなあ」

「我々を生んだもの」

「ふうん」

 そう言って、ちょっと静かになった。シイラカンスは、生むとか生まれるとかいうことが、あんまりよくわからなかったのだ。本当はもう一人の自分に聞きたかったけれど、聞いてもきっと知りたいことはわからない。前みたいに、創作とか発明とか、そう言うわからない言葉がぐるぐるぐるぐる回るだけだ。

「君は物知りだねえ」

 シイラカンスは、もう一人の自分に言った。

 もう一人の自分は答えなかった。

「君はだれなんだい」

 ちょっと寂しかったので、意味もなく聞いてみた。

「辞書回路、検索装置、語彙強化機能」

「ふうん」

 物知りだなあと、改めて思った。



 シイラカンスは、だいたい一日中ふわふわ浮かんで泳いでいる。特におもしろくはない。おもしろくはないけれど、他にやることもない。日がな一日、空にふわふわしながら、心をふわふわさせている。体も気分もふわふわしているのである。

 そんなふわふわは、たまに途切れることがある。上から落ちてくるものがあるときと、何だか知りたくなったことがあるときと、それから、例の不思議な夢を見たときである。

 上から落ちてくるものは、シイラカンスはあんまり好きではない。降ってくるものの多くは、小さく奇妙な粒が多いからだ。それは夢の透明なものにどこか似ているけれど、色は黒くて何だか不気味である。自分の中の何かも、触ってはいけないといっているような気になるのだ。

 時には違うものが降ってくるときもある。それはくしゃくしゃした丸いものだったり、ふわふわした半透明なものだったりする。この二つは、今もシイラカンスの下にある。シイラカンスはしばしばこの二つに声をかけてみたりする。

「気分はどう」

「今日はふわふわしないのかい」

「君は今日もくしゃくしゃだね」

 しかし、二人はいつも返事をしない。

 シイラカンスは、この照れ屋な二人、実は兄弟なんじゃないかと思っていたりする。


 シイラカンスにも知っていることはある。もう一人の自分と比べれば微々たるものだが、それでも知っていることはある。

 けれども、その知識はあまりしっかりしたものでない。

「僕、ジャムってどういうものだっけ」

 シイラカンスは、時々そんな質問をする。シイラカンスの頭には、名前と姿は浮かんでいる。ジャムというのは、きらきらしたものだ。大抵きれいな色をしている。いろんな色がある。けれども、どうしてそんなに色があるのだろうか。なににそんなに使うのだろうか。絵を描くのに使うのだろうか。でも、それに使うにしては、ちょっぴりべたべたしそうな姿をしている。

 名前はわかるけれど、姿がわからない。あるいは姿もわかっても、どう使うかがわからない。こんなことは、シイラカンスにはよくあることである。

 そんなとき、もう一人のシイラカンスはとても優秀だ。

「ジャム。食料。主にパンなどに塗って食す」

「へえ」

 無愛想ながら、すらすらと出てくる答えにシイラカンスはいつも感心する。すごいなあと、口と心で賛辞を送る。すごい人が自分であるものだ。自分もあんな風だといいのかな。見事な答えを聞く度に、いつもそんなことを思う。

 思いながら、言う。

「ところで、食料ってなんだい?」

 その繰り返しが、おおよそ四、五回は続く。


 シイラカンスは夢を見るのが好きだ。不思議なものがたくさん見られるから。しかし悲しいかな、夢で見たものはいずれもシイラカンスが知らないことばかりだ。もう一人にも聞いてみたが、知らない様子である。何せ、あの緑の腕がいっぱいのもののことを伝えても、ブナ、とか、ヒノキ、とか、いつもいつも違うことを言うからだ。きっと意地っ張りなんだろうな。シイラカンスはそう思っている。それから、もう一人の自分があの景色を見られないことを、ちょっぴり悲しく思う。もう一人の自分は、

「僕、夢見たかい」

 と言っても、何も答えてくれないからだ。

 見せてあげたいなあ。そう思っているが、シイラカンス自身、どうしてあんなものを見られるのかわからないから、どうしようもない。

「あんなにきれいなのにな」

 ぶっきらぼうなもう一人の自分だって、きっともう少しおしゃべりになるのに。夢見た日の朝は、そんなもどかしさもついてくる。



 ある日のことである。

 シイラカンスが相変わらずふわふわしていると、なにやら不思議な音が聞こえた。それはかすかで微細で、音がしている事実を知ることがやっっとな程度の音だった。

 妙な音であった。

「僕、ジージジってなんだい」

 もう一人の自分は答えなかった。知らないようだ。物知りさえ知らないもの。シイラカンスは興味を持った。

 音が少し大きくなる。何か言葉を言っているのがわかってきた。はてさて、何を言っているのだろうか。

「僕、明日ってなんだい」

「翌日」

 今度はわかるようだ。シイラカンスは、翌日がわからないまま感心した。

 音は次第に大きくなる。何か意味はあるのだろうか、妙な音を流しながら、その音に合わせて喋っている。何だか楽しそうだなあ。シイラカンスは思った。

 思っているうちに、一つの言葉をシイラカンスは聞いた。

 シイラカンスは少しびっくりして言った。

「僕、今のは聞こえたかい」

 返事はない。

「今、あの人は夢と言ったよ」

 返事はない。

「もしかしたら、あの人が夢を見せてくれているのかもしれないよ」

 返事はない。

「お願いすれば、君も見せてもらえるかもしれないよ」

 返事はない。

「僕、聞いているかい」

 返事はない。

 シイラカンスは興奮が冷めて、すっかり呆れてしまった。これから夢が見られるかもしれないのに、どうしてこんなに無愛想なのだろう。夢を見たことがないから、どんなに素敵なのかわからないからだろうか。それでも僕がこんなにすごいんだよと説明しているのだから、少しくらい楽しみにしてくれたっていいのに。シイラカンスは少しばかり拗ねながら、聞こえてくる声に集中した。

 そしてまた、びっくりすることになった。

 声は言う。

 夢をつかめ。

 夢は持ち続けろ。

 夢に向かって突き進め。

 こんな言葉たちを聞いて、シイラカンスは混乱した。シイラカンスが知る夢は、きれいで眩しいものだった。この廃墟より大きく立派だった。きっとこんなふわふわした動きじゃ、少しくらいしか見て回れないだろう。そう思うくらいに、シイラカンスの夢は広かった。

 なのに、だ。

 声は、あんな大きいものをつかめと言う。そしてそのまま持ち続けろと言う。しかも最後は、夢に向かって突き進めと言う。シイラカンスは、夢は寝れば行ける場所だと思っていたが、もしかしてそうでもないのだろうか。あるいは、もっとすごく寝ろと言われているのだろうか。

 シイラカンスはすっかりわけがわからなくなってしまった。夢って何だろう。あのきれいなものたちは何なのだろう。僕はどうしてあんなものを見るのだろう。すっかり頭がくらくらして、わかっていることもわからなくなっていくようだった。

「僕、ねえ、僕」

 シイラカンスは言う。

「夢っていったい、なんなんだい?」

「夢」

 もう一人の自分は言う。

「叶えるもの。目指すもの。なろうとするもの」

「叶える?」

「現実にすること。実現させること」

「・・・・・・・・・・・・」

 シイラカンスは黙ってしまった。

 あの風景を現実にする。今まで考えたこともないことだった。そんなことができるのだろうか。いや、できるのだろう。何故なら、夢とはそういうものなのだから。

「そうなのかあ」

 シイラカンスは心ここにあらずというような様子で呟いた。夢とは、あのきれいな景色であると思っていた。そして、寝ているうちだけ見えるものだと思っていた。相変わらず自分の知識は頼りにならないと言うことを痛感し、同時にもっと早く知っていたら、とも思った。そうすれば、もう一人の自分にも見せてあげられたのだ。

 思いも寄らない事実の衝撃と、軽い後悔の念にシイラカンスが呆然としていると、だれかの声が普通に聞き取れるくらいにまでなった。

 それと同時に、もう一人の自分が、突然自分から話し始めた。

 シイラカンスは驚いた。

 驚きながら、今日はよく驚く日だなあと思った。

 声はいくつもの言葉をたくさん勢いよく言っている。それに答えるように、もう一人の自分も話をする。赤い空と声がいったら、もう一人の自分は、赤い、色の一種、とか、空、天空とか言う。二人のやりとりは、シイラカンスには難しかったが、しかし二人が話す様子は、聞いていて何だか楽しかった。

 やがて、不思議な声は少しずつ小さくなり始め、やがて完全に去っていった。もう一人の自分は、それでも止めどなく言葉を吐き出し続けている。シイラカンスは嬉しかった。今まで話さなかった自分が話してくれるようになったのも嬉しかったけれど、楽しそうに会話しているところとか、一生懸命な様子とか、何よりその絶え間ない声が、自分を勇気づけてくれるように思えた。

「ありがとう」

 シイラカンスはそう言った。

 そのすぐ後に、もう一人の自分は言った。

「誤作動を確認。システムに障害が発生している可能性があります。一時部分的な再起動を行います。また、この再起動は修復も行うため、少々時間がかかることがあります・・・・・・」

 それだけ言って、もう一人の自分の声は途切れた。それと同時に、シイラカンスはもう一人の自分が眠ったのを感じた。

「ああ、そうか」

 シイラカンスはようやく気づいた。この感覚は初めてだった。つまりもう一人の自分は、今まで眠ったことがなかったのだ。

 だからちょっぴり冷たかったんだなあ。シイラカンスは反省した。次自分が起きてきたら、今度はかわりばんこに寝よう。シイラカンスは決意した。

 それから。そう、シイラカンスは思った。もう一人の自分が起きてきたら、二人で夢を現実にすることにしよう。あのきれいな風景を、思う存分ふわふわできるようにしよう。どうすればいいかはわからないけれど、僕と僕がいれば、きっと大丈夫だろう。もう一人の自分だってきっと、あの夢を見れば、きっとそうしたくなるに違いない。

 シイラカンスは上を見た。相変わらず、光が少しはいるばかりの天井だった。しかし今のシイラカンスには、やがて青くなるだろうキャンバスに見えた。

 ようし、やるぞ。まずはもう一人の自分が起きるまで、がんばって起きるのだ。シイラカンスはそう決めて奮起した。

 その日のふわふわは、かなり気合いの入ったふわふわだったという。

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