出会い:三、四人目
暫く滞っていた次話、やっとの思いで載せることが出来ました。
「タイトルが適当になってきているんじゃないか」
そうお思いの貴方。
いえいえそんなことは一切ありません。
ご安心してお読み下さいませ。
「おい、居るか……って、何やってんだ」
部屋に入ってきた男が脱力したように言った。
だが、彼がそう言うのも至極当然のことだろう。
――大の男二人が、一人の少女を奪い合うようにして少女を挟んでいれば。
「あ、おはよう。こんな格好でごめんね」
そう言って、すまなそうに頭を下げる少女を見た彼の目が途端に優しく、愛おしい者を見る目に変わった。
こっそりと、見えないよう行われたその変化は頭を下げていた少女には見えなかった……が。
「……何の用だ」
「……忌々しい」
少女を挟んでいた二人には見えていたらしい。
否、彼らは確りと見ていた。
彼の視線の先に愛しい少女がいる、いや同じ空間に居るというだけで。
確りと見ていた。
彼の友情以上の感情が混じった視線を。
愛しい少女は、本人が自覚していない力がある。
それは、神の手助け無しで生きてはいけない脆弱な人間に唯一与えられた力。
どんなに望んでも誰も扱えるものではない、手に入らない程の――。
* * *
「おい、乙。何で最近部屋に引き込もってんだ? 丙ともよく一緒にいるらしいし……何かあったの、か――……わり、幻覚が見えた」
乙の部屋で二人の帰りを待っていると、そんなことを言いながら扉を開けて男人が入ってきた。
朝日の昇る様な東雲色の髪は少し長めで癖っ毛なのか髪の毛の先端がくるくると好きな方を向いている。
だがそこに不快感は見えず、ただただ本人に似合っているとしか言い様がない。
その綺麗な髪に負けないくらい綺麗なのが彼の瞳だった。
煌めくハニーブラウンの瞳は猫目石の様に見る者を引き寄せ取り込んでしまいそうな……そんな瞳だった。
その男は暫く何度もドアを開けたり閉めたり、入ったり出たりを繰り返しながら目を真ん丸に開き頬を抓って、存在を確認するかの様に恐る恐る慎重に梨緒に手を伸ばし――
――胸を揉んだ。
「……」
(『恐る恐る』じゃないでしょ!何で胸揉んでんの、この人!)
思わぬ出来事に、口はパクパクとするばかりで全く言葉にならない。
「うわ、俺まじ頭どうかしちまったか……? 触感まで本物みてーだ。でも、あの乙に女がいるなんて……いや、あいつはああ見えて結構な……」
そう言いながらもう片方の腕を伸ばし服を脱がせようとする男に真っ白だった頭がはっきりとしてきて、自分の置かれている状況の不味さを実感した。
「……い、いや゛ーーーー!!!」
「どうした!梨緒!今――」
「何があった!今――」
争うようにして扉を開きつつ『今すぐ行く』、そう伝えたかったであろう彼らの言葉は途切れることになった。
目の前の光景に二人の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
少しばかり目を離した隙に愛おしい少女の服装は乱れ、瞳は潤み、でもその滑らかな肌は言葉とは裏腹に薄桃色に色付き食欲をそそる香りを立てている。
そう、それはまるで可憐な花が甘い香りを撒き、虫達を集めるかの様な……
「あっ! 来てくれたのね! 乙、丙っ!!」
少女は知らない。
たった今、自分が手を伸ばした人物達こそが最も危険だということを。
自分のあられもない姿を見て興奮している自分の味方こそが、どうしようもない変態であるということに。
問い掛けに反応しないばかりか、動くこともなくなった二人を見て、流石の少女も(あれ?)と思わざるを得なかった。
「……うっわ、マジかよ。あの噂、本当だったんだなー。全然信じてなかったぜ」
そんな二人を目の当たりにして、目の前の青年が驚きの声を上げた。
けれど、その声音は園児が初めて見る玩具に面白くてしょうがないというような感情を示しているかのようで、本気には思えない。
「ちょっと、いつまでそうしてんのよ!! 離れて!」
耐えられなくなった梨緒が声を上げると競い合うようにしてドアから抜け出した二人が同時に手を伸ばし、男の魔の手から梨緒を遠ざけた。
「……何のつもりだ、辛」
「……梨緒に何かしてみろ、殺すだけじゃ済まさん」
二人のドスの効いた声に『辛』と呼ばれた男は軽く両手を上げ、ニヤニヤと笑いながら降参のポーズをとった。
「まっさかー!! お前らの女に手ぇ出そうとか、これっぽっちも考えてねぇから安心しろよ。ただ気になったんだよ、どんな女かってな……」
そう言うと男はふざけた笑みを消し、獲物を狙う蛇のような金緑石の目で梨緒を正面から捉えた。
「「!!」」
二人が咄嗟に梨緒の顔を覆う。
辛の表情は変わらない。
「あっちゃー……ちょーっと遅かったかな? ごめんねー、大事なオンナ取っちゃって」
悪びれもせずにそう言い放つ辛に溢れ出す殺気を隠そうともせずに、乙と丙の二人が飛びかかろうとした時だった。
「……誰が、『取られた』って?」
氷のように冷たい声が乙と丙の後ろから響いた。
「「……梨緒?」」
二人が恐る恐る後ろを振り返ると、恐ろしくも般若の様な顔をした梨緒が仁王立ちしていた。
「誰があんたに落ちたんだって聞いてんのよ!!」
床に座り込み驚いているのは二人だけではなかった。
何より、一番驚いていたのは辛だった。
「な、何でだっ!! 俺の魔力は『誘惑』……誰にも抗えない筈なのに!!」
そう言いながら、何度も何度も彼の目が輝く。
見せしめの為に、それも好きでもない相手に。
思い通りにさせられそうになったのは、未遂でも以前に同じようなことをされた梨緒にとって何より許しがたいことだった。
「……悪いけど、全く私には効果無いから。私は絶対に貴方を好きにはならない。貴方を許しはしない……一生ね」
驚く程冷たい目で見られ、辛は混乱していた。
今まで自分にこんな態度を取った奴がいただろうかと。
――否、いない。
(……こんな女は初めてだ)
はっきりと梨緒が拒絶を示したのにも関わらず、尚も手を伸ばす辛に我に返った二人の行動は素早かった。
彼の豊かな東雲色の髪の毛を鷲掴みにするとそのまま床に向かって顔を押し潰した。
「……ぶふぁ!!」
割れたタイル地の床からくぐもった声が漏れたが乙は気にせずその行為を繰り返す。
血に塗れた顔を引き上げられた時、一瞬だが梨緒の顔が見えた。
さっきの言葉を言ったとは思えない程の彼女の姿に愕然とする。
泣くまいと必死に涙を堪えるその姿に、初めて自分のしたことの重要さが分かった。
それと同時に、今、自分をこんな目に遭わせている乙や彼女に優しく寄り添う丙が何故彼女に固執するのかなんとなく分かった気がした。
(……ホント。何でこんなことしちゃったんだろ、俺)
彼らにとって自分が冗談でも傷つけたこの目の前の少女は彼らにとって単なる『ニンゲン』ではなかったのだ。
こんな風に感情を表すことなんて無かった。
彼らをこんな風に変えたのは、この少女だった。
(もし、謝れるなら君に――)
伸ばした手を踏みつけようとした乙の足が止まった。
静かに、驚く程静かに振り向いた乙が一層不機嫌な声を上げた。
「……どういうつもりだ、戊」
するとそこには壁に寄りかかるようにして立つミルキーブラウンの髪をした青年が佇んでいた。
「どーもこーもねぇよ。それ以上やる気か? お前は死ぬまで止めねぇって顔してるが。それ以上やんなら……こっちにも考えがあるぜ?」
静かな物言いに乙が「……くそっ!!」と吐き捨てるように言い、宙に浮いたままの足で力任せに部屋にあった家具を蹴りあげた。
ガシャン!!
グシャ!
……
次々と家具を原形の留めない姿に変えていく乙に向かって『戊』と呼ばれた男が軽く溜め息を吐いた。
「こいつには、沢山聞かなきゃならねーこともあるからな……今は我慢してくれ。その代わり、」
男は梨緒の方を軽く親指で示した。
「乙、お前……あの娘、傷付けられてキレてんだろ? ……解った。もう二度とそんなこと出来ねーようにしとく。だから今はコイツ借りるな?」
黙り込んだままの乙に男は一方的にそう言うと、床に頭がめり込んでいる辛の髪を掴むとドアに向かって歩き出した。
そして、その途中で顔を附せていた梨緒の頭を軽く撫でた。
驚いて顔を上げた梨緒を捉えたのは、乙や丙、辛に負けるとも劣らない美貌の持ち主。
「本当にごめんな。俺からも、あんたに二度と手出ししないようにコイツ半殺しにしとくから」
と、目尻を垂らして本当にすまなそうに言い、辛を引きずり部屋を後にした。
言っている内容が内容なだけに反応に困ったが、さっきまでの気持ちは随分と楽になった気がする。
(あの人、私に気を使って……?)
先程顔を上げた時、丁度目が合い見た彼の目は深い碧色をしていた。
「……あー、くそっ!!」
部屋を出た戊が乱暴に辛を放り投げ、頭を抱えて床に座り込んだ。
「……んだよ、あれが――」
彼の小さく放った言葉は、誰もいない廊下にただポツリと呟かれただけだった。
彼の言葉を知る『ニンゲン』は、いない。
すいません。
タイトルが何故あんな風になったのかというと、前回のあとがき(?)に載せていた『彼』をどうしても出したかったのに、作者の思いそっちのけでキャラの暴走……
ええ、はい。そうです。ご察しの通り、出したかったのは最初と最後の呟き担当のモブ中のモブキャラの彼です。
だって……仕方ないじゃない、作品あらすじに『10人』って書いちゃったんだから。
あの軽男君の登場は予想外でした。