閑話:あの日の後日談
遅くなりましてすいません。
今回は初めて(?)の閑話です。
内容的には9.5ぐらいになるかと思います。
そうです! 梨緒がキス魔になったところですね。
純粋なヒロインについてあれはどうなのよ……と言われましたが、大丈夫!! 今回で全てがわかるでしょう。
「……暇だわ」
梨緒はそっと何度目かになる溜め息を吐いた。
この部屋で先程までの間、乙と丙、戊の三人が彼女を巡る不毛(最も彼らにとっては実に真面目なのだが)な戦いを繰り広げていたのだ。
彼らが場所を変更し、乙が部屋を出るなと釘を刺して出ていった部屋に一人残された梨緒にとって嵐が過ぎ去ってしまった後のように突然やって来た静寂はどうも実感が湧かない。
それでもどうにか彼らが部屋に来る前にやっていたことをやろうと、読みかけの本に手を伸ばした――のだが。
頭がついていかず、文字を目で追っても話が入ってこない。
「……もうっ!」
とうとう我慢が出来なくなり梨緒は本を床に投げ出し、自分もカーペットの上にごろりと転がった。
「あの人達のせいなんだから……」
そう悔しそうに呟きながらも三人の顔を思い出すとどうも怒りきれず、逆に争いの原因となったことについて思い出し、ほんのり頬を染め苦笑を漏らした。
* * *
三人の不毛な戦い。
それは梨緒が誰にキスした時間が長かったか、というものであり、梨緒にとってはどうでもよく至極下らない話題だったのだが、彼らはこれ以上ないくらいに真面目に自分が一番だったとお互いの主張を認めようとはせず、した本人である梨緒の意見なんて聞こうともしなかった。
その中に混じりながらも、どこか余裕の表情を浮かべる乙に何を感じ取ったかは定かではないが、恐らく彼ら二人は悟ったのだろう。
自分達が梨緒のキスによって骨抜き状態にいたとき、彼が彼女に“何かをしでかした”ということを。
危険な動物であればあるほどプライドが高く、テリトリーが荒らされることに敏感なのだ。
「……梨緒」
「(ビクッと肩を震わせる梨緒)……」
「……」
小動物的危険本能が何を悟らせたかは不明だが、一瞬この快適な空間で凍りつきそうな程背筋が寒くなったのだ。
これは何も言わぬ方が良いと判断し黙秘を続けようと、手元に置かれていた無色透明の甘い香りがする飲み物を手に取った……のだが。
「乙になんかされた? ……俺達が気を失ってる時にさ」
「!! ぶっ……(口内に残っていた液体が盛大に噴き出される音)ゴホッゴホッ!!」
「「……」」
涙目になりながら驚きに目を見張る梨緒の姿に二人は確信した。
(あぁ、乙が何かしたな)と。
そして……
「駄目ではないか、梨緒。“あのこと”は俺とお前だけの秘密だと……まぁ、バレてしまったものは仕方ない――そういうことだ」
フフンと鼻を鳴らし、どうだといわんばかりの乙。
「……お前」
「……コロス」
憎々しげな視線を向ける二人の姿を見てますます満足した様子の彼は、自分を見上げ口をポカンと開けている梨緒の口の端に先程噴いてしまった液体が付いているのを見てニヤリという音が聞こえそうなくらい悪い笑顔になった。
梨緒は咄嗟に身を引こうとしたのだが、既に乙によって逃げようとする腕は捕らえられており、身体が動かない。
「こんなところに付いているぞ……ほら、取ってやる」
遂に俯いていた顔まで上げさせられ、顎を固定されてしまった。
不安に目に涙が溜まっていくのが分かる。
そのまま縋るように乙を見つめれば。
「――ッ!!」
彼の耳が一気に真っ赤になった。
(良かった、止めてくれるのか)そう思った時――。
近付いてくる美しい顔。
疑問を持つ前に唇に感じる温かな感触。
「……甘いな、お前は」
唇の周りを舌で舐め、ゆっくり名残惜しそうに自分から離れていく乙が呟いた言葉を反芻する。
(甘い? 何が? というか、さっきの感触って……)
数秒たって自分の顔が真っ赤になるのが分かった。
(――キス、されたの!?)
手で真っ赤になった顔を包み込むようにしてその場に座り込む。
そんな彼女の反応を満足そうに見つめ、彼女の頭を自分の胸元に押し付けた彼は呆然としている二人に、そしてその愛らしい顔を覆ってしまった彼女にも言い聞かせるように低く、酷く色気を纏った声音で言った。
「梨緒の『初めて』を俺が貰ったあの日のことと変わらないだろう? 何をそんなに恥ずかしがるのだ?」
その瞬間、時が止まった。
「「……は?」」
「ちょっ、乙っ!! そんなに大きい声で言わないで……!!」
「何故だ。いいだろう、事実なんだし……」
顔を真っ赤にして乙の口を塞ごうと両手を振り回す梨緒と、その手を掴みながら楽しそうに笑う彼の姿を見てその場に取り残され、衝撃の告白にうちひしがれている二人は思った。
(……あぁ、コイツ殺したい)と。
そう思った彼らの行動は早かった。
まず、戊が逃げようとする梨緒に尚も手を伸ばす乙の周りの空間を固定した。
そして術を解こうと暴れる(表面的には動いているようには見えないが)彼の頚椎をすかさず丙が捕らえた。
「(声には出ていないが)……何をする」
目線だけの会話でも、乙が声を低くしているのが伝わってくる。
「何って、ねぇ……それはこっちの台詞」
「……何のことだ」
長い髪を指で弄びながら冷笑を浮かべる戊の言葉に乙は全く訳が分からない、という顔をしている。
「俺が……貰う筈だったのに」
「……は?」
後ろに彼の顔があるのでよく分からないが、そう呟くようにして言った丙の言葉には悔しみと怒りが込められていた。
「だから何の――」
「お前が梨緒の『初めて』を奪ったんだろう!!」
「ちゃんと梨緒が決めてくれるまでちゃんと待つつもりだったのに!!」
「あぁ、あれは――」
「それをお前は台無しにしたんだ!!」
「俺達――いや、梨緒の気持ちまで踏みにじって!!」
「おい、聞け――」
「梨緒! 俺はどんな君でも構わない」
「あいつのことなんて俺は別に気にしてないから」
何か言いたげに乙の目が揺れるが、二人はすぐさま向きを変え、二人の言葉に頬を上気させている彼女に声を掛けた。
梨緒は暫く口をパクパクとさせていたが、絞り出すように言った。
「……べ、別に嫌じゃなかったよ。ただ初めて口にキスなんてされたから吃驚しちゃって」
「「……は?」」
「だ、だから!! 自分から二人にキスした時は頬っぺただったでしょっ!! だから、そのあと乙にされたのに驚いたのっ!!」
「「……」」
自分ではっきりと言い切って恥ずかしそうに目を背ける彼女に二人は心の中で脱力していた。
(……何だ、そっちかーー!!)×2
ガクッと肩を落とし、それでも安堵の表情を浮かべている二人に肝心の少女は見向きもしないで一人頬に手を当てたりしている。
「だから聞けと言っていたのに」
やれやれと肩を回す乙は自力で術を解いたらしい。
だが二人はそんな彼にも、彼の言った嫌味にも反論できなかった。
彼がわざと自分達に勘違いをさせるようなことを言ったとしても、騙されたのは完全に自分達のミスである。
何も言うことができなかった。
そんな二人を見て乙は短い髪の毛をガシガシと掻きながら、後ろをむいて小さな、本当に小さな声で言った。
「……少なくとも俺は、梨緒が俺だけを望む日を待つつもりだ――お前らと同様にな」
未だ一人で悶々としている少女には届かなかった呟きは、しっかりと二人には伝わったらしい。
彼らは顔を見合わせるとお互いに笑顔になった。
が、やっぱり納得したと言っても悔しかったらしく乙に殴りかかろうとする二人と逃げながら言い訳を繰り返す彼を微笑んで見つめていた少女もいつの間にか元に戻っていた。
その後、梨緒が二人にどんな勘違いをしたのか聞いてみたが急に黙り込んでしまった二人を見て一人だけ仲間はずれにされた、とまたまた不機嫌になったのは言うまでもないことだった。
お付き合いに感謝申し上げます。
次回予告:
この次は、素直な(?)年下の彼を出そうと思っています。
無邪気な故に少々残念なところもあると思いますが、温かく見守ってやってください。
活動報告にて詳しいお話を!!




