婚約破棄されたので不倫王子と略奪令嬢に復讐したら、隣国の最強王子に溺愛されて全部どうでもよくなりました
「レティシア・フォン・アルディア! 貴様との婚約は、この場をもって破棄する!」
――はい来ました、テンプレイベント。
私は静かに紅茶を置いて、ため息を一つだけ吐いた。
王城の大広間。貴族たちがずらりと並ぶ中で、私の婚約者――第二王子ルーカスが、得意げに顎を上げている。
その隣には、ぴったりと寄り添う女。
……ああ、あの子ね。
最近やたら王子に近づいてた子爵令嬢、エリナ。
「あなたは嫉妬深く、王子である私を束縛した! そんな女は王妃に相応しくない!」
「そうですわ! わたくし、ずっと見てましたの!」
エリナがわざとらしく涙ぐむ。
はいはい。
それで?
「つまり……不倫してたのはそっちですよね?」
「なっ……!?」
場が、凍った。
私はにっこり笑う。
「王子殿下。あなた、ここ数ヶ月、毎晩のように彼女の部屋に通っていましたよね?」
「そ、それは……!」
「証拠なら、侍女たちも、護衛騎士も、全員見ていますけど?」
ざわざわざわ――。
貴族たちが一斉にざわつく。
ルーカスの顔が、みるみる赤から青へと変わっていく。
あ、面白い。
「そもそも婚約中の不貞は重罪です。破棄されるのは――どちらでしょう?」
「黙れ!!」
王子が叫ぶ。
あーあ、完全に終わりだね。
「私は王子だぞ!! 多少のことは許される!!」
――出ました、馬鹿発言。
その瞬間、空気が完全に冷えた。
王族側の重臣たちですら、顔をしかめている。
私は肩をすくめた。
「そうですか。では、その“多少のこと”を王国法廷で説明してくださいね」
「は……?」
「もう既に、報告は上げていますので」
沈黙。
そして。
ざわっ……!!
一気に場が崩れた。
ルーカスは口をぱくぱくさせているだけ。
エリナは顔面蒼白。
うん、いい顔してる。
「それでは、失礼しますわ」
私はスカートを翻し、その場を後にした。
――復讐は、ここからが本番だ。
「面白い女だな」
背後から声。
振り返ると、そこには見覚えのない男。
いや、見覚えはある。
ただ“直接会うのは初めて”。
隣国の第一王子、アレス・ヴァルディア。
「盗み聞きは感心しませんね、殿下」
「聞かせるように喋ってただろ?」
……バレてるか。
まあいいや。
「で、何の用です?」
「気に入った。俺の国に来い」
「は?」
唐突すぎない?
「婚約破棄されたんだろ? だったら次は俺と婚約しろ」
「軽いですね」
「お前が重すぎるだけだ」
この人、だいぶおかしい。
でも――
強い。
空気が違う。
「……条件があります」
「言ってみろ」
「復讐、手伝ってください」
私がそう言うと、彼はニヤリと笑った。
「いいぜ。全部ぶっ壊してやる」
その瞬間。
なぜか少しだけ、胸が軽くなった。
それから数日。
王城は大混乱だった。
ルーカスの不倫は公になり、王族としての資質を問われている。
エリナの家も、当然ながら責任追及。
「いやぁ、見事だったな」
アレスが笑う。
なぜかもう普通に隣にいる。
距離近い。
「まだ終わってませんよ」
「充分だろ」
「甘いですね」
私は静かに言う。
「私が受けた屈辱は、こんなものでは足りません」
沈黙。
そして。
「……いい顔するな、お前」
アレスが少しだけ真面目な声になる。
「だから気に入ったんだよ」
「はぁ」
「安心しろ。全部潰してやる」
ぽん、と頭に手を置かれる。
……は?
「な、何を……」
「撫でただけだが?」
「軽い!」
この人、本当に王子?
でも。
なぜか嫌じゃない。
数週間後。
裁判は終わった。
ルーカスは王位継承権剥奪。
エリナは社交界追放。
両家は没落寸前。
――完璧。
「満足か?」
「ええ」
私は頷いた。
そして。
「もう、この国に未練はありません」
「じゃあ来るな?」
「ええ」
私は一歩、彼に近づく。
「あなたの国へ」
一瞬。
アレスが、少しだけ驚いた顔をした。
でもすぐに。
いつもの笑みに戻る。
「最初からそのつもりだろ」
「さて、どうでしょう」
ふふ、と笑う。
その瞬間。
彼がぐっと私の手を引いた。
「なら、もう逃がさねぇ」
「逃げませんよ」
むしろ――
「捕まってあげます」
そう言うと、彼は楽しそうに笑った。
そして数ヶ月後。
私は隣国で、正式にアレスの婚約者となった。
毎日が、やたらと騒がしい。
「レティシア!」
「はいはい」
「好きだ」
「急ですね」
「今思った」
……本当にこの人は。
でも。
「私もですよ」
そう答えると、彼は一瞬だけ固まって――
次の瞬間、ものすごく嬉しそうに笑った。
復讐は終わった。
過去は、もうどうでもいい。
今はただ――
この少し騒がしくて、やたらと甘い未来を。
楽しめばいいだけだから。
◆ ◆ ◆ ◆
「レティシア」
「なんですか」
「結婚しよう」
「してます」
朝一番の会話がこれである。
私はパンをちぎりながら、無表情でツッコんだ。
「いや、改めてな?」
「毎日言ってますよね、それ」
「愛は毎日更新されるものだ」
「急にそれっぽいこと言っても誤魔化されませんよ」
アレスは真顔で頷いた。
いや、なんでちょっとドヤ顔なんですか。
「レティシア」
「今度はなんですか」
「昨日より好きだ」
「昨日も聞きました」
「明日はもっと好きだ」
「未来予測までしなくていいです」
この人、放っておくとずっとこれだ。
完全に暴走機関車。
「レティシア」
「……嫌な予感しかしませんが」
「俺、いいこと考えた」
「だいたいロクでもないやつですね」
「国をあげてお前を称える祭りを開こう」
「やめなさい」
即答した。
「“レティシア様可愛い祭り”だ」
「やめなさい(二回目)」
「国民全員参加型だ」
「国政を私物化しないでください」
「優勝者にはお前と握手できる権利を――」
「中止です」
食い気味で潰した。
「レティシア」
「はい」
「今日も綺麗だな」
「知ってます」
「即答か」
「事実なので」
「そういうとこ好きだ」
「だから軽いんですよあなたは」
でもまあ。
ちょっとだけ、嬉しいのは否定しない。
そのとき。
侍女が慌てて駆け込んできた。
「殿下、大変です!」
「どうした」
「王城の庭で、殿下が用意された“巨大レティシア像”が――」
「は?」
私はゆっくりと振り向いた。
「……今、なんて?」
「えっと……高さ十メートルのレティシア様像が完成しまして……」
「誰が許可したんですか」
「俺」
即答だった。
「アレス」
「なんだ?」
「後で話があります」
「優しく頼む」
「無理です」
庭に出る。
そこには。
――とんでもないものがあった。
「……」
無言になる私。
無駄に精巧。
無駄にキラキラしてる。
無駄に神々しい。
「どうだ?」
「どうだ、じゃないです」
「完璧だろ?」
「方向性が致命的に間違ってます」
「愛を形にした」
「やりすぎです」
私は深くため息をついた。
そして。
「撤去してください」
「えー」
「えーじゃありません」
「じゃあ半分にするか」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ俺の像も作る」
「被害を増やすな」
沈黙。
そして、私は額を押さえる。
「……どうしてこうなるんですか」
「愛が溢れた」
「溢れすぎて災害レベルです」
「お前もそのうち慣れる」
「慣れません」
即答した。
でも。
そのとき。
ふと、アレスが少しだけ真面目な顔をした。
「レティシア」
「なんですか」
「お前がここにいてくれて、本当に良かったと思ってる」
「……」
「だから、形にしたくなるんだよ」
その言葉に。
一瞬だけ、言葉が詰まる。
……ずるい。
「……なら、もっと普通の形にしてください」
「例えば?」
「花とかでいいです」
「了解。明日、庭を全部花で埋める」
「極端なんですよ!!」
結局。
巨大像は撤去された。
代わりに庭は花だらけになった。
……ちょっとやりすぎだけど。
「レティシア」
「はい」
「好きだ」
「はいはい」
「雑だな」
「毎日言われてますからね」
「じゃあ、毎日更新する」
「だからそれやめてください」
でも。
その“毎日”が、少しだけ心地いい。
なんてことは――
絶対に、本人には言ってあげないけど。




