3.静かな午後と不器用な誘い
昼下がりからブリジットは読書をしていた。
エマが家族でバカンス旅行に行っているため久しぶりにゆっくりとした時間を家で過ごしたためだ。
本を読んでいたら時間も経つのも早く窓から入る光がすこしかげってきた。
ブリジットは床に読もう読もうとためていた本、積んどくの本の2冊目を手にした。
「面白いわ。ワインの歴史って奥が深いのね。前レストランでワインを頼まなかったから次は頼んで味わってみたいわ」
新しい知識が頭に入ることにワクワクし胸を躍らせながらページをめくる。
その時、扉の外、廊下の向こうが妙にざわついていることにブリジットは気づいた。
ひそひそ声。慌てて走る足音。
なんだろう…。
ブリジットも違和感を覚えはじめた。ガサガサと衣装を出し入れする音。
外出予定はないし来客予定はないはず。
コ、コ、コココン
リズミカルなノック音のあと、了承の返事をする前にメイドのメリィが入ってきた。
「ブリジットさま、入ります」
メイドのメリィは鼻にそばかすがある元気な小柄で働き者だ。
両手いっぱいにたくさんのドレスを抱え、山盛りのドレスの隙間から顔がのぞいている。
「ブリジットお嬢様、奥様が衣装の中で一番似合う服を着て応接室に来るようにとのことです」
メリィが浮かれたように半オクターブ高い声をあげた。
「母が?」
ブリジットは眉をひそめた。母は今日は来客予定がないはずだ。午前中の食卓で聞いている。
母も今日はゆっくりすると言っていた。
しかも似合う服を着るように?めずらしい。
「急用だそうです」メリィの張り切った声。
ブリジットが着飾ることは少ないので期待に満ちためをむけている。
(急用)浮かぶ声。
嘘ね。嘘を見抜いてもあらがうことは難しい。
「そう。母が」
ブリジットは静かに立ち上がる。
疑念はあるが、無視するわけにもいかない。抗うよりさっさと終わらせよう。
急なら、ドレスを選ばせたりはしない。しかも――
メリィの腕の中にあるのは、外出用のドレスばかりだ。
「……えらく気合いが入っているわね」
メリィの肩がびくりと揺れた。
「え?」
メリィは一瞬黙り込み、ブリジットに尋ねた。
「な、なんで…」
「……何かあるの?」
「い、いえ!」
即答だった。しかも声が裏返っている。
ブリジットはため息をついた。
これは絶対なにかある。次のお茶会はお見合いかな。。今からシミュレーションするのかしら。
応接室の扉の前に立つと中に人の気配がした。母と談笑しているようだ。若い男の声だ。
え。もしかして今からお見合い?!
ブリジットは警戒したまま扉を開けた。ソファに座っていたのは、老舗で出会ったアレクだった。
ブリジットはこめかみを押さえた。
扉の外に気配がある。使用人一同聞き耳を立てているのが丸わかりだ。
母がにこやかに口を開く。
「お待たせしてすいませんね。アレク様みたいな方とうちのブリジットが……その……お話があるなんて光栄ですわ」
母はそわそわしている。
たぶんだが、私とアレクが付き合っていると思っているに違いない。
今まで娘に男の影がなかったから期待しているのだろう。
母の状態に全く気づいていないアレクは気づかず言った。
「ブリジットとは約束してたからな」
母の目が輝いた。
「まあ……約束を……!」
「ご飯です、ご飯の約束だけです」
ブリジットは急いで母に言い募る。
「まあ、謙遜して。あとは二人でごゆっくり。おほほほほ」
母は口元を扇子で隠し、隠しきれない笑い声を出しながらアレクをまじまじと見つめた。
ブリジットが言い募ったが遅かった。
誤解している。完全に違う方向に母の理解が進んでいる。
母は頬をピンク色に染め嬉しそうにしながら退出した。
母の退出したあと、ブリジットは警戒を解かずにアレクに尋ねた。
「なんのつもりですか?」
アレクは視線をまっすぐ向けた。
「前回の食事は悪かったな」
「へ?」
「詫びだ。…俺と行くのは嫌か?」
アレクは照れたようでそっぽをむく。
ブリジットは考えてみた。嫌ではない。
アレクのような美丈夫にご飯を誘われるのは悪くない。
「いいです。行きましょう」
アレクが咳払いをする。
「……勘違いするな。お前のためじゃない。予約がとりにくい絶品料理の店にたまたま取れただけだ。お前と行きたいと思ったわけではないからな」
アレクはぶっきらぼうに言う。
(お前のためじゃない)(たまたま)(思ったわけではない)
浮き上がる声。
だが、はいはいとブリジットは適当に相槌を打つ。
「……あとで全員に誤解を解かなくてわ」
アレクがブリジットに好意を持ち始めたことにブリジットだけが全くきづいてなかった。
「きゃーーー!やっぱり貴公子様はお嬢様のことすきなんだわー!」
扉から若い女性の高い声がした。
多分メリィだ。
ブリジットはゆっくりと扉を振り返った。
足音がして蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げていった。
「……誤解されているようですね」
アレクが眉をひそめた。
「放っておけ」アレクが視線を逸らす。
「……別に、困るわけでもない」
声は浮き上がらなかった。




