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報告書06-中間管理職になりたがらない理由

 雨の中、来た道を引き返して冒険者ギルドへと急ぐ。

 ギルド近くで屋敷の使用人が馬車を停め、ミレイとリーナを降ろしたとされる場所も確認した。


 その場所は偶然にも知り合いの店の近くだったため、そいつからもあとで話を聞こうと考えながらも、俺はまずはギルド支部長を訪ねることにした。


**********


「状況は分かった……では……」


 俺はこれまでに確認した内容を一通りギルド支部長に説明し終え、次に取るべき対応を頭の中で整理していた。


 おそらく冒険者への臨時依頼、場合によっては衛士団への派遣要請を今すぐにでも出したほうがいい。

 何しろ相手は貴族令嬢で、その令嬢が誘拐された可能性があるのだ。



 この世界には人を平然と誘拐し、考えたくもない状態にして奴隷で売り飛ばすような連中が、現実に存在している。



 そうした事態を想定すれば一刻の猶予もない。

 いくら仕事ができないギルド支部長であっても、これは判断を誤っていい場面ではない。


 むしろこういうときこそギルド支部長の得意技『責任分散』、つまり『丸投げ』が生きるはずだ。


 冒険者に臨時依頼を出す。

 あるいは衛士団に派遣を要請する。


 それだけでいい。

 それだけでギルド支部長としての責任は最低限果たしたことになる。


 だから俺は次に出てくるであろう言葉を待っていた。

 ところが返ってきたのは、耳を疑う一言だった。




「じゃあ早速、捜索に向かってくれたまえ」

「……?」




 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


 今、確かに『捜索に向かえ』と言われた気がする。


 俺はたっぷりと数秒、立ち尽くしてようやく口を開こうとした。

 だがその前にギルド支部長が続けて話し始める。




「大げさになっては困るし、衛士団や騎士団を呼ぶのも時間がかかる。今から君が出たほうが早い。二人のことを一番よく知っているのは君だからね」




 待ってくれ。

 いくつか確認と訂正したい点がある。



 まず『騎士団を呼ぶのに時間がかかる』という点。

 これは分かる。

 理解できる。


 騎士団というのは、普通に考えれば国や都市、領主に仕える準軍事組織だ。

 それは簡単に動かせる存在ではなく、相応の手続きが必要になるだろう。


 衛士団も騎士団ほどではないにせよ、都市全体の警備を担っているため同様だ。

 緊急時とはいえ、貴族令嬢が行方不明だというだけで即応できるとは限らない。



 次に『俺が二人のことをよく知っている』という点。

 これも否定はしない。


 研修を担当し、日々の様子を見てきたのは確かに俺だ。

 だが――。




 意味が分からないのは『俺が出たほうが早い』という部分だった。

 なぜそうなる?




 俺が混乱したままでいると、ギルド支部長は少し怪訝そうな表情を浮かべ、まるで当然のことのようにぽろりと言った。




「シロウ君? 君はこのヒルトレア支部に入社後、1ヶ月半という異例の早さで職員の業務を取り仕切る統制官に抜擢されたじゃないか。軍や騎士団なら参謀士官だよ?」




 その言葉を頭が正しく理解するまでに数秒を要した。



 士官と同じくらい?

 士官とは何だっただろうか。



 記憶をたぐり寄せるまでもなく、一般論としての定義ははっきりしている。



 士官。

 すなわち将校。

 兵ではなく、指揮官。



 現場に立ち状況を判断し、現場に命令を出して結果について責任を負う立場だ。

 現場において『物事を決めていい』人間。


 同時に『命令と結果から逃げられない』人間でもある。

 その命令とは上から降ってくる。

 降ってくる命令を避けることは許されない。


 だがその命令は往々にして、現場の実情を十分に踏まえたものではない。


 下からは悲鳴と要望と失敗の報告が上がってくる。

 それを上に投げ返すことは許されない立場だ。


 間に立って調整し、取捨選択し、都合の悪い部分を自分の判断として引き受ける。



 上の失敗は『現場判断の問題』にされ、

 下の失敗は『指揮官の統率不足』にされる。



 つまり――。

 士官とは現場における最高責任者であると同時に、責任の集積点。

 そして、失敗の最終処理装置。


 何より上にも下にも逃げ場のない立場だ。

 言い換えれば、究極の中間管理職。




 しかも、失敗すれば命や立場を失いかねない。

 戦いごとにおける士官とは極めて割に合わないポジションである。




 そしてギルド支部長は俺を『戦力』として評価したのではなく『便利な現場責任者』として見たのだ。



 判断できて動けて、結果がどうなろうと自分の名前で引き受けてくれる存在。

 なるほど確かに士官だ。

 同時に一番ブラックな中間管理職という立場でもある。



 そう理解した瞬間、あの無邪気な一言が、別の意味を持って胸に落ちてきた。




 ――余裕だろ?




 余裕なわけがあるか!


 それは『任せて大丈夫』という評価ではなく『()()()()()()()()()()()()()』という判断だ。部下の健康など勘定に入れず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。






「ところで君はどの程度の魔力行使が出来るのかね? ――シロウ君?」


 呼ばれていることには気づいていた。

 だが、頭に血が上って意識が頭がついてこない。


 今にして思えば、俺はもっと冷静になるべきだった。

 ギルド支部長の話を一つずつ整理し、自分が置かれている立場を正しく理解し、その上でどう動くべきかを熟考する時間を取るべきだったのだ。



 だが、それも後の祭りだった。



 同僚の女性が誘拐されたかもしれない。どこかで泣きながら助けを求めているかも知れない。奴隷として売られるかも知れない。


 にもかかわらず衛士団すら呼ばず、冒険者にすら依頼しない?


 冒険者ギルドが?

 大げさになるから?




 そんな非現実な状況に立たされ平常心を保てるほど、俺は出来た人間じゃない。



 完全に冷静さを失っていた。

 そしてその状態で、万全ではない精神状態のまま、踏み出してしまっていた。



 この判断が街全体を巻き込むことになるとは、この時は考えもしなかった。


『若者が中間管理職にならないのは、覚悟がないからではない。

 裁量はない・責任は無限・評価は曖昧

 という仕様を上司ですら理解しているのに

 それを改善しようとしていないからだ』


引用

仕事ができるようになる前に消されない方法2~リセマラ?なにそれ~

(著:宇佐木九郎)


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