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報告書05-無断欠勤になる場合とならない場合

『無断の不在は、サボりか死亡か区別がつかない。

 区別がつかない者は、手配の対象外とする』

 (冒険者ギルド・ヒルトレア支部 冒険者統括監督官)


 研修を始めてあっという間に一週間が経過した。

 短いようで振り返ればそれなりに密度のある日々だった。


 二人とも予想を良い意味で裏切るほど真面目で、与えられた課題にはきちんと向き合い、分からない点はそのままにせず必ず確認してから次に進む。


 何より勤務態度に一切の緩みがない。

 遅刻は一度もなく出社時間は常にきっちり同じ。鐘の音に慌てて飛び込んでくることもなければ、必要以上に早く来て所在なさげに待つこともない。


 新人としては理想的と言っていいペースだ。だからこそ自然と『いつも通り』を基準にしてしまっていた。


**********


 だがその日は様子が違った。


 始業時刻を過ぎても二人の姿が見えない。最初は気に留めるほどのことでもないと思ったのだ。たまたま少し遅れているだけだろうと。


 体感で5分。

 さらに10分と時間が経過してもリーナとミレイは現れなかった。



 油紙が張られた窓からは、いつも通り淡い光が差し込んでおり、朝の光は穏やかで、その様子はいつもと何も変わらないはずだった。


 しかし入口へ歩み寄り外の様子をうかがうと、細かい雨が途切れることなく降り続き、通りの石畳をしっとりと濡らしていた。


 すこし風も出てきたのか、雨粒はまっすぐ落ちず斜めに流れていた。


 嫌な予感というほど大げさなものではないが『いつもと違う』という感覚だけが胸の奥に引っかかっていた。


 二人とも理由もなく遅れるタイプではない。

 それを知っているからこそ、妙な不安にかられた。


 **********


「……おかしいな」


 独り言のつもりだったが、声に出ていた。


「今朝、リーナとミレイのこと見ました?」


 同僚に軽く確認すると首を横に振った。

 裏口の従業員用出入り口にも入室記録がない。

 最後の名前は昨夜帰宅時の記録だった。


 俺は事務所に向かうと、給与計算をしていた人事担当の女性に問い合わせた。


「リーナとミレイから欠勤連絡とか来てませんか?」

「いえ、何も来ていません」


 即答だった。


「……念のため、二人の住所を教えてもらえますか」


 これはダメ元だった。

 新人の個人情報に踏み込むのは本来なら避けるべきだ。

 年頃の女性ならなおさらだが、そんな考えとは裏腹に人事担当はあっさりと答えた。



「ええ、大丈夫ですよ。書類ごとお渡しいたしますね」



 ――軽い。

 軽すぎて一瞬聞き間違えたのかと思った。



 封筒を差し出され、思わず言葉に詰まる。

 非常にありがたいが個人情報の扱いとしては雑だ。


 この世界では個人情報とは『守るべきもの』ではなく『仕事を円滑に進めるための付箋』くらいの扱いらしい。



 必要とあらば、氏名・年齢・住所・家族構成まで、まとめて手渡される。そこに悪意はなく、あるのは『困る前に渡しておく』という善意だけだ。



 こういう何気ない場面で、自分の感覚がこの世界と微妙にズレていることを嫌でも意識させられる。



 便利だが怖い。

 怖いが今は助かる。



 ()()()()という概念がこの世界では産声すら上げていないのだと改めて考える。その制度ができる原因となる炎上事件は果たしていつ起こるのだろうか。



「……住所だけ教えてくれれば十分です」



 他の書類を返し、俺は外套を手に取りギルドを出たのだった。


 **********


 雨は思ったより強くなっていた。

 舗装の甘い石畳に水が溜まり、靴の中まで冷えていく。


 示された住所に辿り着いて俺は立ち止まった。


 そこにあったのは巨大な屋敷だった。

 門構えからして明らかに一般的な家ではない。



 高い塀。

 手入れの行き届いた庭。

 家紋が刻まれた門扉。



「……なるほど豪邸だ」



 理解と困惑が同時に来る。

 俺は門番に名乗ると、何故か疑われることもなくすぐ玄関まで通された。



 そして玄関に現れたのは落ち着いた年配の男――家令だった。



 家令。

 つまり貴族の家ならば、屋敷や使用人など全般の管理を任された、会社でいうと管理責任者のようなものだ。

 ちなみに執事はその下に仕える使用人で、こちらは実務責任者といえばわかりやすいだろうか。




 雨を吸って重くなった外套を脱ぐと、ほのかに油と湿った布の匂いがした。

 家令は何も言わず濡れた外套を受け取ると、いつの間にか家令の背後に控えていたメイドへと手渡した。



「冒険者ギルドのシロウ・ウサギ様ですね。いつもお嬢様とリーナがお世話になっております」



 着ている制服で判断したのだろう。

 フルネームで呼ばれるのは相変わらず慣れないなと思いながらも、家令に改めて所属と名前を名乗る。



 ミレイとリーナが俺のことを伝えているのか、突然訪ねてきたギルド職員である俺に対して警戒は感じられなかった。






 だが彼から話を聞いて、状況はさらに奇妙になった。

 ミレイがクロノ男爵家の三女というのは書類で知ったが、学友と教えられていたリーナは幼い頃からミレイに仕えているクロノ男爵家のメイドとのことだった。


 そして今日もいつも通りの時間に二人で出発したそうだ。


「屋敷の者が途中まで馬車でお送りし、ギルドの建物裏口から入るのを確かに見届けたとの報告を受けております」



 そこまでは問題がない。



「それなのにミレイお嬢様とリーナを誰も見かけていない……と?」


 家令の問いに俺は首を縦に振った。

 誰も見ていない。受付にも、裏口にも、記録はない。

 家令はわずかに眉をひそめた。


「……消えた、ということですか」



 俺は答えなかった。

 断定できる材料はまだない。



 確かなのは二人は『()()()()()』のではなく『()()()()』だということだ。

 嫌な想像が頭をよぎる。




 新人教育は終わりかけていた。

 だがこれは新人教育の……俺の職責の範疇を超えている。




「……すぐにギルドに戻ります」



 そう告げて俺は急ぎギルドへと走り始めた。


 二人はどこへ消えたのか。

 それを突き止めるのは、教育係の仕事ではないかもしれない。




 だが――


「見過ごす、という選択肢はないな」


 雨の中、屋敷を後にしながら、俺は静かにそう判断していた。



『無断欠勤とは、来ないという事実より、状況不明の状態を発生させ、

 その解消を同僚と上司の裁量と善意に委ねる行為である』


引用

仕事ができるようになる前に消されない方法7~ミスは上書き保存されます~

(著:宇佐木九郎)

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