報告書04(補足)-ベッドはなぜこんなに落ち着くのだろう
今回は宇佐木史郎の閑話です。
宿に戻ると、部屋は昼間の喧騒が嘘だったかのように静まり返っており、裏通りに面しているはずの木窓の外からも、今はほとんど音らしい音が聞こえてこない。
人の気配が引いた夜の街は、昼間とはまるで別の場所のようで、こうしてランプの明かりに照らされた部屋で一人になると、否応なく思考が内側へと向いていく。
簡素な木机と椅子が一組、壁際に寄せられたベッドと、身の回りの最低限の荷物だけが置かれた室内は、意識して選んだわけではないが、結果として、いつでも動けるような身軽さを保った空間になっている。
この世界に来てからというもの、余計なものを持たず、必要なものだけで生活することが、いつの間にか当たり前になっていた。
この世界では子供が大人に混じって働いていることは、特別なことではない。
今日一日を振り返るだけでも、その事実を改めて実感として理解させられた。
そもそも、この街では……この世界は慢性的に男手が足りていない。
理由は単純で個人の努力でどうにかできるようなものではなかった。
魔族との戦争、魔獣の被害、そして冒険者という職業が、常に一定数の人間を前線で消費し続ける構造になっていること。それに加え奴隷制度が底層の人間を消費する構造になっている。
優秀な人材ほど、より危険な場所へと送られるか、王都や本部といった中央へ引き抜かれ、この街のような地方には残りにくい。
結果として残るのは、まだ経験の浅い若者か、第一線を退かざるを得なくなった年配者。身分でいうと貴族層と一般層、そして統計にすら上がらないスラム住人のピラミッド。
そういう社会では各々の役割分担は自ずと固定されていく。
子供に人生経験を説くのは、生き延びてきた大人や老人の仕事になる。
この世界ではそれがごく自然な社会の循環なのだろう。
日本でも、かつては似たような構造だったのかもしれない。
子供の頃、近所にいた年寄りたちの顔がふと脳裏に浮かぶ。
学校では教わらないこと、世の中の暗黙のルールや人との距離の取り方を、特別な言葉も使わずに教えてくれた大人たち
いつの間にかそういう存在は減り、教育は制度に委ねられ、経験は個人の責任として切り離されていった。
気づけば誰かが若者の面倒を見て育てるという前提そのものが、社会から後退していた。
この世界に来てまだ2ヶ月。
数字にすれば短い期間だが、振り返ってみると、環境が変わるということが人間に与える影響の大きさを、嫌というほど思い知らされる時間でもあった。
こうして今も生きていられるのは、単に運が良かったからではない。
はっきりと周囲に支えられてきた結果だ。
ギルドの職員たち。
宿の主人。
顔見知りになり、言葉を交わすようになった冒険者たちや街の人達。
そのうちの誰か1人でも欠けていれば、今の俺はここにはいなかっただろう。
それほどこの街は……この世界は個人が単独で生き延びられる場所ではない。
だからこそ、だ。
若手がきちんと育つように手ほどきをする。
この街で働き、この街で生き残れる人材にする。
それが自分に割り当てられた役目なのだと、いつの間にか納得してしまっている。
今日配属された新人のリーナとミレイは、年齢だけを見ればまだ幼いが、仕事に必要な素質は確かに持っている。
あの二人がこの街で働き続け、やがて誰かを支える側に回れるようになれば、この場所はほんの少しだが、確実に強くなる。
それが今の俺のミッションだ。
……もっとも。
そんなふうに考えながらも、ふと別の思いが頭をよぎることがある。
せっかく異世界に来たのだから『異世界らしいこと』も経験してみたいのではないか、と。
武具は街のあちこちで売られているし、日々の仕事相手でもあるため、もはや珍しい存在ではない。
魔法というものも遠目でなら何度も目にしてきたが、自分が使えるのかどうかについては、これまで一度も確かめていない。正確には、確かめようとしていないだけだが。
冒険者ギルドには『冒険者教官』という役職もあり、若手の見習いを引き連れて現場に出て、生き残るための判断や知識を実地で叩き込む仕事が存在している。
いわばサバイバルのOJTだ。
……正直に言えば、少しだけ興味はある。
でも今は目の前の仕事が最優先だ。
小さくそう呟き、俺は日記を閉じた。
まずは今日来た新人二人を、この街で働ける人材として育てること。
それができたら次のことを考えればいい。
ベッドに横になり目を閉じる。
明日もやることは多い。
それでも不思議と悪い気分ではなかった。
そう考えながら俺は静かに眠りについた。
『疲れすぎているとき
一瞬で眠りに落ちる事がある。
実際は気絶しているだけだ。
そしてそれは異世界でも同じだった』
引用
異世界インスペクション
(著:宇佐木四郎)




