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報告書04-仕事後の食事はどうしてこんなにも美味しいのでしょう

新人研修を終えた女子二人の晩御飯回です

 ギルド裏にある『赤い鍋亭(ツムローテン)』は、穏やかな静けさが広がっていた。


 昼の顔とは違う、静かな夜の食堂。

 その空気に包まれて、ようやく仕事の時間から少しだけ解放された気分だ。


 ここは商業ギルドに関係している店で、冒険者ギルドの職員も少ない費用で食事ができるため、出社初日の昨日と今日、2日連続でお邪魔してしまっている。


 意外にも客の姿はまばらだ。

 どの卓も長居をする気配が漂っており、時間の流れが少し緩やかになったように感じられる。


 今日の夜定食のメニューは『腸詰の炭火焼きと夜芋の盛り合わせ』。

 赤豆入りの煮込みと、野菜スープ、黒パンが付いてくる。


 すこし前なら絶対に食べきれない量だけど、今日はペロリと完食できる自信があった。




「……つかれたぁ」


 ミレイと二人分の定食を注文し、席に着くなり椅子の背もたれに体を預けると、ぐでっとした姿勢のまま天井を見上げてしまう。


 頭の中がボーッとする。


 猫耳も力が抜けたように垂れ下がり、やっと落ち着いたと実感できる。



 向かいに座っている同僚のミレイも普段のきっちりとした所作とは違い、珍しくテーブルに軽くもたれかかっていた。


 背筋はまだ伸びているものの肩の力は明らかに抜けており、長い一日を終えた疲れが隠しきれていない。



 そんなミレイの様子を見て小さく苦笑する。

 どうしてこう同じ年頃なのに、身体の成長具合に違いがあるんだろう。



 背の高さや手足の長さ、姿勢の安定感――そして女性らしさ。

 そんな差を改めて目の当たりにしてしまうと、普段は気にしないのに今日はなぜかどこか気恥ずかくなってしまった。



「なんか、今日は変な疲れ……」

「分かります」


 私の言葉にミレイは小さく頷きながら、目の前に置かれた湯気の立つ皿を見つめていた。


「体より頭がずっと動いてた感じ」


 昼間の研修を思い返す。

 今日はいくつか細かい間違いをしてしまった。


 しかし怒鳴られたわけでもないし、失敗を責められたわけでもない。

 それなのにミスに対してどのように対応をしていったかが不思議とはっきりと記憶に残っている。


「ねえ」


 腸詰にフォークを指しながらミレイに視線を向け、少し恥ずかしさを感じる質問をしてみた。


「先輩さ……すごく優しいよね?」

「……はい」


 ミレイは顔が少しだけ紅潮しているようで、慎重に言葉を選ぶような素振りを見せたが、結局その一言で黙ってしまい、視線は皿に盛られた夜芋に向けられている。


「でも、甘くもないけどね」


 それが、私たちにとっては不思議な体験だった。

 今まで接してきた大人――家族や親戚、それから学校の先生も含めて、自分を守ってはくれるけれど、先に答えを決めてしまう人たちばかりだった。


『こうしなさい』

『これはダメ』

『あなたは、こっち』


 そう言われるのが当たり前だった。

 けれど、今日出会った先輩は違った。


「……失敗したときも怒られなかったよね」

「うん……そもそも失敗したって言われませんでした」


 代わりに返ってきたのは「配置が合っていなかっただけだ」という言葉だった。

 その一言が、妙に胸に残っている。


「先輩さ……」


 少しだけ声を落とすと、頭の上の猫耳も勝手にペタンと垂れてしまう。こういうとき感情が耳や尻尾に現れてしまう事についてだけはつくづく人間が羨ましいと思う。


「ちゃんと私たちのこと見てくれてたよね」


 それに対してミレイははっきりと答えた。


「はい、見てくれていました」

「だよね! 私が何で迷ってたかも、あのとき何でミスをしちゃったかも全部分かってたよね」


 今度は耳がピクピクと動き、尻尾も勝手にゆらゆらと揺れ始めてしまう。


「……あれが『できる大人』ってやつかぁ」

「そうですね」


 尊敬と戸惑いが入り混じった感情だった。

 怒鳴られない。

 押し付けられない。

 けれど、逃げ道も用意されていない。


 答えが間違えていても怒られない。

 なぜ間違えたかを説明してくれて『答えを踏まえて、次はどう動くべきかを考えるんだ』と言われた。



「ねえ、明日も頑張ろうね」

「……はい?」

「先輩のために!」


 ミレイは一瞬驚いた顔をしたあと、少し困ったように笑った。


「そうですね。ちゃんと生き方を教えてくれる人がいなくなると困りますし」


 ミレイの言い方が、妙に現実的だった。


「……正直、期待されるのは怖いですけど……でも、ちゃんと応えたいって思いました」

「先輩ってさ……この国の人じゃないって言ってたけどさ」


「はい」

「たぶん、すごい人だよね」



 私の予測にミレイは少しだけ笑った。



「すごい、というよりちゃんとした大人ですね」


 私たちは顔を見合わせ、同時に頷いた。


 明日もちゃんと行こう。

 ちゃんと考えよう。

 ちゃんと働こう。



 ――あの先輩の下なら、そう思えた。

 それが、今日一番の収穫だった。


『仕事中の食事は燃料だ。

 カロリーを入れ次の業務に戻るための準備。

 だが晩飯は違う。

 生き延びた証拠だ。

 美味いに決まっている』


引用

仕事ができるようになる前に消されない方法9~昇給イベ発生条件は未実装~

(著:宇佐木九郎)

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