報告書32-エミーナの正体
シロウが家を借りて、家具が届き、シロウに色々と質問をされた朝。
翌日は食器や保存食を買い揃え、その次の日は庭弄りの道具を買いに行った。
そしてこの家を借りてからあっという間に一週間が経った。
当初心配していたベッドの問題は有効活用しているとだけ。
私が自分の部屋で寝ることもあるし、リーネが自分の部屋で寝ることもある。
3人で目を覚ます朝もある。
この時期はまだ朝も寒くなく、寒さに弱い私にはありがたい季節だ。
ともあれ、3人仲良く毎日過ごせている。
**********
でも……まるでこの時を待っていたかのように、それは唐突に届いた。
金の縁取りがされた真っ白い封筒を1人の老紳士が届けにきた。
一瞬、シロウ宛にギルドの人が来たのかと思ったが、小さく自分の名が書かれていた。
老紳士は封筒を手渡すと何も言わずに去っていった。
私は差出人の紋章を見た瞬間、呼吸が止まった。
――中央。
指先が急に冷たくなるのがわかった。
受け取った瞬間からこれはいつか来ると思っていたものだと、封を切る前から内容も理解していた。
それでも開けないわけにはいかなかった。
**********
【アイゼンヴァルト王国中央監査局・暫定措置命令書】
発令番号:第七監-臨-三二一号
対象調査官:エミーナ・アイゼン(登録番号:E-04)
一、
下記対象に関し、遺物因子の関与が疑われるため暫定措置として監視及び安全確保を命ずる。
対象名:シロウ・ウサギ(現:プロイセニア王国冒険者ギルド所属職員)
二、
対象の安全を確保した上で、速やかに本局管理区域へ移送し、精査を行うこと。
三、
当該命令は暫定措置であり、調査官は状況に応じた最適判断を許可される。ただし、報告義務を怠ってはならない。
四、
正当な理由なく命令を履行しない場合、担当一族に対する監督責任を問う。
発令日:第8星環1週1日目
中央監査局・第二審議官 ヴァルター・エルンスト
**********
読み終えたとき世界が少しだけ遠くなった。
「……お姉ちゃん? どうしました?」
裏庭から戻ってきたリーネが声をかけてきた。
私はすぐに封筒を折り畳むと、スカートのポケットへ滑り込ませた。
「なんでもありません」
声が少しだけ固かったかもしれない。
「顔色悪いですよ?」
「気のせです」
うまく笑えたかどうかは分からない。
その日一日、私はどう過ごしていたかあまり記憶にない。
シロウが買い出しから帰ってきたときも、いつものように迎えたつもりだった。
だけど……。
「エミーナ」
夕食後、リーネが風呂に入っている時間にシロウが静かに声をかけてきた。
「はい」
「何があった?」
その問いに私は即答できなかった。
「何も」
「嘘だ」
いつもは踏み込んでこないシロウなのに、柔らかい声で逃げ場をなくすことをいう。
「俺が帰ってきたとき、すこし右手が震えてた。リーネも今日はエミーナの様子がおかしいと言っていたし、俺もそう思う」
その言葉に胸が詰まる。
「ちゃんと仲間のことは見ているつもりだ」
その一言で堪えていた堤防が崩れた。
「……顔……見ないで……ください」
声が震える。
「見ているし、仲間は守る……何があった」
シロウが……縋りたくなるような言葉を落とすが、私は首を振った。これは私の問題なのだ。
「これはっ……これは……私の問題です……」
「違う」
間髪入れず私の言葉を否定するシロウ。
「お前が泣いているのは、俺の問題でもあるんだろ? 相談してくれ。一緒に悩もう」
その瞬間全てが決壊した。
涙も、気持ちも、本音も……留めておくつもりだったのに、こぼれ出してしまった。
「……命令書が……来ました」
シロウの目がわずかに細くなった。
「全く事情がわからんが、内容は……?」
「あなたを……シロウを隣国のアイゼンヴァルトに連れてこい……と」
空気が止まった。
「……連れてこい? どういうことだ?」
「遺物因子……の疑いで……、百年前にも事件になって……だから……」
うまく説明したいのに、うまく説明できない。言葉がうまく紡げない。
シロウが隣に来て私の頭に手を回すと、その胸元に抱きかかえてくれた。
私の居場所……すっかりそんな不遜な考えを持つようになってしまった私の頭が急激に落ち着いてきました。
「私は……遺跡から発掘される危険な遺物の監視が仕事でした……そこにシロウが現れて……私の監視対象がシロウに変わったのです……あなたが危険でないか確認するために」
ここまで言えたのに、喉が詰まる。
「でも……」
涙が止まらない。
「途中からはっ……違いました……」
顔を上げられない。
「私はシロウと……離れたくありません……」
沈黙。
しばらくして私の頭を撫でながらシロウが言った。
「封筒はどこだ」
私は一瞬迷ったが、スカートのポケットから折り畳まれた羊皮紙を取り出しシロウへ渡した。
彼はそれを受け取るとゆっくりと目を通し始めた。
眉を寄せながら、二度目を読み……そして三度読みおわった。
「……これを書いたやつは分かってる人物か」
「……分かってる……というのは?」
シロウが羊皮紙を私へ示しながら文章を指で文をなぞる。
「まずこの“安全を確保した上で移送”、それとこの“正当な理由なく履行しない場合”……命令書だとすればこれは穴だらけだ」
その意図があまり理解できず私は顔を上げた。
「エミーナに何かをさせるための命令書なら、もっと明確に書かくはずだ」
彼は羊皮紙を机に置いた。
「これはただの様子見だ。しかも“正当な理由なく”と書かれている」
そして自信満々にはっきりと言い切った。
「理由はどうとでも作れるし、今の生活がなくなることはない」
私はその言葉でどれだけ安心したのだろうか、はらはらとこぼれ落ちる涙が止まる様子がない
「少なくとも、今すぐ消える必要はない」
私は両手で顔を覆った。
怖かった。
シロウに迷惑をかけないためには、この家からいなくなるしかないと思っていた。
突然何も言わずに消える覚悟を、すでにそうなる前提で考えてしまっていた。
「……助けて、ください」
私は……初めて……初めて縋った。
シロウは一瞬だけ目を閉じ、それから静かに頷いた。
「当たり前だ。その前に前提を全て教えてくれ」」
「全部?」
「お前の家のことと、職場のこと、ここに書かれている昔の事件とか。それらを聞いてから一番良いように動く」
隠していた仕事のこと一族のことも、今の気持ちも全て包み隠さず……全部、話したい。
わたしはこの生活を失いたくない。




