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報告書31-エミーナの事情

 朝、夜明けすぐぐらいの時間に目を覚ました。

 妙に寝起きがいいのはベッドのおかげだろうか。


 そして最初に感じたのは、体の左右にある温もりだった。

 寝返りを打とうとして途中で止まる。


(……あ)


 薄く目を開けると視界の端に黒い髪と、もう一方に淡い色が映った。

 昨夜を思い出す。



 やたらと疲れていたので風呂に入って、先に寝た。


 あとは、覚えていないがいつの間に潜り込んできたのだろう。

 それぞれの部屋もある。


(……それなのに)


 俺は2人を起こさないよう、ゆっくりと身を起こすが起きる気配はない。


 寝息は静かで、緊張が抜け切ったのかやたらと深い眠りに入っているようだ。


 エミーナの耳をもにもにしたい気持ちを抑え、布団をそっと抜けて部屋を出た。


 **********


 湯を沸かしてカップを手に取る。


 そしてリビングの椅子に座りながら白湯を飲んだ。

 そうしていると朝の静けさの中でようやく頭が回り始めた。


(3人で住むことになったのは……まあ、流れだ)


 鍵を受け取り、家具を揃えて、結局昨夜も自然に同じ部屋で寝た。


(……あれ?)


 ふと引っかかる。



(そもそもエミーナって……)


 よろず屋を知り合いに任せて古巣に戻る、と言っていた。

 乗合馬車のところで『行き先が同じだから』と、そういう話だったはずだ。


 それだけのつもりだったのに、なぜか今3人で家を借りて暮らしている。



 リーネは村を追い出され……いや、山に喰われた事にしたので村を出るしか選択肢がなく、その先のことは何も決まっておらず、まずは街まではと同行してきた。



 だがエミーナは目的があるはずなのに、ここに足止めをしてしまっても問題ないのだろうか。

 カップを口に運びながら眉をひそめる。


(……確認してなかったな)


 そのとき背後で足音がした。



「おはようございます」



 振り返るとエミーナが起きてきていた。

 髪は軽くまとめられ完全に目が覚めている様子だった。


「起こしてしまいましたか」

「いや、俺が先に起きただけだ」


 エミーナは自然な動きで隣に座った。


「……どうかしましたか」


 俺が考え事をしていることに気づかれているようだが、別に隠すほどのことでもない。


「なあ、エミーナ」

「はい」


「……急にいなくなったりはしないよな?」



 言ってから自分でも少し驚いた。

 質問としては……俺にしてはずいぶん回りくどい質問の仕方をしてしまった。


 エミーナは一瞬、目をを瞬かせた。


「えーっと、どういう意味でしょうか」

「今までの話だと古巣に戻るから、行き先が同じだから一緒に行くと、期限付きの話しか聞いていなかった」


 事実を並べるだけで、別に誰かを責める話ではない。


「流れで家を借りたし、結果として3人で住んでるが、それがいつまでの話なのか、ちゃんと聞いてなかったと」



 リーネの顔がふと頭をよぎる。


「お前だけじゃなくてリーネもだな」


 エミーナは黙ったまま、俺の言葉を聞いている。


「ここが野営や仮宿なら、目的地に着いたからと、明日別れてもおかしくないが2人とも一緒に住む事になった」


 そこで言葉を切った。




「だからいなくなるなら、先に知っておきたい」




 静かな沈黙。

 エミーナはじっとテーブルに載せた指先を見つめており、すぐには答えなかった。


「突然いなくなると、心配しています?」

「ああ」


 否定しなかった。


「仕事の都合でも理由があるなら、それ自体はいい……でも何も言わずに消えられるのは……」

 困る? 悲しい? どういう単語を繋げるのが正解なのだろうか。


 一瞬悩んだ様子で、エミーナがゆっくりと息を吸った。



「心配しなくても大丈夫です……少なくとも突然いなくなることはありませんよ」



 少なくとも……という表現が引っかかった。突然ではないにしろ、いなくなる可能性が残ったままだ。


「理由を聞いても?」

「そう……ですね、今はまだ……すいません」


 だが、彼女は逃げなかった。


「少なくとも、シロウやリーネを置いて、突然いなくなることはありません。それは約束できます」



 俺は、ようやく肩の力を抜いた。

 ここまで、たまたま行き先が同じだからと旅をしてきたが、エミーナの事について踏み込んで聞いたことはなかった。その必要がなかったし、その方がいいと思っていた。


 だが今日からは……色々とあったが同じ家に住む事になった。それにリーネもいる。


 たとえそれが少しずつであっても、エミーナが話してもいいと思う範囲で構わないが、しっかりと彼女のことを知ろうと思った。



「とりあえずはそれで十分だ」


 エミーナは少しだけ目を伏せる。


「本当は……本当は最初から私のやりたいこととか……きちんと言うべきでした。ですが、シロウがこの町で落ち着いてからと思っていました」


「……分かった」


 俺の返事にエミーナはほんのわずかに安堵したように息を吐いた。


「ありがとうございます」



 そのとき上の部屋から物音がした。

 リーネが起きたようだ。

 エミーナは立ち上がると自然な調子で言った。


「起こしてきます」


 その背中を見送りながら俺は思う。


(3人でいる時間に、期限があるのかもしれない)


 だが……少なくとも今日、明日、突然いなくなったりしない。

 それがわかっただけで今は十分だった。


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