報告書31-エミーナの事情
朝、夜明けすぐぐらいの時間に目を覚ました。
妙に寝起きがいいのはベッドのおかげだろうか。
そして最初に感じたのは、体の左右にある温もりだった。
寝返りを打とうとして途中で止まる。
(……あ)
薄く目を開けると視界の端に黒い髪と、もう一方に淡い色が映った。
昨夜を思い出す。
やたらと疲れていたので風呂に入って、先に寝た。
あとは、覚えていないがいつの間に潜り込んできたのだろう。
それぞれの部屋もある。
(……それなのに)
俺は2人を起こさないよう、ゆっくりと身を起こすが起きる気配はない。
寝息は静かで、緊張が抜け切ったのかやたらと深い眠りに入っているようだ。
エミーナの耳をもにもにしたい気持ちを抑え、布団をそっと抜けて部屋を出た。
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湯を沸かしてカップを手に取る。
そしてリビングの椅子に座りながら白湯を飲んだ。
そうしていると朝の静けさの中でようやく頭が回り始めた。
(3人で住むことになったのは……まあ、流れだ)
鍵を受け取り、家具を揃えて、結局昨夜も自然に同じ部屋で寝た。
(……あれ?)
ふと引っかかる。
(そもそもエミーナって……)
よろず屋を知り合いに任せて古巣に戻る、と言っていた。
乗合馬車のところで『行き先が同じだから』と、そういう話だったはずだ。
それだけのつもりだったのに、なぜか今3人で家を借りて暮らしている。
リーネは村を追い出され……いや、山に喰われた事にしたので村を出るしか選択肢がなく、その先のことは何も決まっておらず、まずは街まではと同行してきた。
だがエミーナは目的があるはずなのに、ここに足止めをしてしまっても問題ないのだろうか。
カップを口に運びながら眉をひそめる。
(……確認してなかったな)
そのとき背後で足音がした。
「おはようございます」
振り返るとエミーナが起きてきていた。
髪は軽くまとめられ完全に目が覚めている様子だった。
「起こしてしまいましたか」
「いや、俺が先に起きただけだ」
エミーナは自然な動きで隣に座った。
「……どうかしましたか」
俺が考え事をしていることに気づかれているようだが、別に隠すほどのことでもない。
「なあ、エミーナ」
「はい」
「……急にいなくなったりはしないよな?」
言ってから自分でも少し驚いた。
質問としては……俺にしてはずいぶん回りくどい質問の仕方をしてしまった。
エミーナは一瞬、目をを瞬かせた。
「えーっと、どういう意味でしょうか」
「今までの話だと古巣に戻るから、行き先が同じだから一緒に行くと、期限付きの話しか聞いていなかった」
事実を並べるだけで、別に誰かを責める話ではない。
「流れで家を借りたし、結果として3人で住んでるが、それがいつまでの話なのか、ちゃんと聞いてなかったと」
リーネの顔がふと頭をよぎる。
「お前だけじゃなくてリーネもだな」
エミーナは黙ったまま、俺の言葉を聞いている。
「ここが野営や仮宿なら、目的地に着いたからと、明日別れてもおかしくないが2人とも一緒に住む事になった」
そこで言葉を切った。
「だからいなくなるなら、先に知っておきたい」
静かな沈黙。
エミーナはじっとテーブルに載せた指先を見つめており、すぐには答えなかった。
「突然いなくなると、心配しています?」
「ああ」
否定しなかった。
「仕事の都合でも理由があるなら、それ自体はいい……でも何も言わずに消えられるのは……」
困る? 悲しい? どういう単語を繋げるのが正解なのだろうか。
一瞬悩んだ様子で、エミーナがゆっくりと息を吸った。
「心配しなくても大丈夫です……少なくとも突然いなくなることはありませんよ」
少なくとも……という表現が引っかかった。突然ではないにしろ、いなくなる可能性が残ったままだ。
「理由を聞いても?」
「そう……ですね、今はまだ……すいません」
だが、彼女は逃げなかった。
「少なくとも、シロウやリーネを置いて、突然いなくなることはありません。それは約束できます」
俺は、ようやく肩の力を抜いた。
ここまで、たまたま行き先が同じだからと旅をしてきたが、エミーナの事について踏み込んで聞いたことはなかった。その必要がなかったし、その方がいいと思っていた。
だが今日からは……色々とあったが同じ家に住む事になった。それにリーネもいる。
たとえそれが少しずつであっても、エミーナが話してもいいと思う範囲で構わないが、しっかりと彼女のことを知ろうと思った。
「とりあえずはそれで十分だ」
エミーナは少しだけ目を伏せる。
「本当は……本当は最初から私のやりたいこととか……きちんと言うべきでした。ですが、シロウがこの町で落ち着いてからと思っていました」
「……分かった」
俺の返事にエミーナはほんのわずかに安堵したように息を吐いた。
「ありがとうございます」
そのとき上の部屋から物音がした。
リーネが起きたようだ。
エミーナは立ち上がると自然な調子で言った。
「起こしてきます」
その背中を見送りながら俺は思う。
(3人でいる時間に、期限があるのかもしれない)
だが……少なくとも今日、明日、突然いなくなったりしない。
それがわかっただけで今は十分だった。




