報告書03-ランチMTGは労働時間を消費しない節約術
『新人教育とは、仕事を教える時間ではなく、
組織に“拒否されない動き方”を覚える期間だ』
引用
仕事ができるようになる前に消されない方法6~オートセーブはありません~
(著:宇佐木九郎)
ギルド併設の食堂は昼時ということもあって、それなりに混んでいた。
冒険者と職員が入り混じり、あちこちで雑多な会話が飛び交っている。
「ここにくるの初めてです」
ミレイが周囲をきょろきょろと見回しながら言った。
リーナはすでに配膳口に視線が釘付けだった。
「味はまあまあだ。値段の割には悪くない」
俺はそう答え、定食を3人分注文する。
新人は給料日前だから、流石に余計な出費はさせられない。
注文をするとすぐに3人分の食事が揃い、空いている卓に腰を下ろす。
さっきまでの研修室とは違い、空気は一気に緩んだ。
**********
「……あの」
ミレイが、フォークを持ったまま少し逡巡してから口を開いた。
「先輩は、どのあたりに住んでるんですか?」
上長とのランチの席での話題なんて、だいたいその辺だ。
特に隠す必要もないので、正直に言う。
「ギルドが斡旋してる宿だ。個室。歩いて十分くらい」
「宿……?」
リーナが目を丸くする。
「家は買わないんですか?」
「今のところ、その予定はないなぁ」
即答すると、リーナとミレイが顔を見合わせた。
「この国を離れるんですか?」
質問は素直だ。
男性は実家を出たら、家を買い数人の嫁をもらうのが基本的な目標らしい。
街中には10人ぐらいが住める大きな長屋のような住居もあり、前を通るたびに騒音問題は大丈夫なのだろうかと心配になる。
「確かに俺はこの国の生まれではないし、ずっとここにいる保証がないというのもある。他には職場の近くに住むと、移動時間が掛からないという理由もある。他には――」
少し間を置く。
「身軽なほうが、いざというときに判断を間違えにくい」
二人はよく分からないという顔をした。
「家や土地に縛られると『自から動いたほうがいい場面』で動けなくなる」
流石に抽象的すぎたせいか、リーナが首を傾げる。
隣のミレイも同じような表情だった。
「動く……というのはどういうことですか?」
「上に行くか、横に行くか、下に行くか。いずれにせよ選択肢がある状態にしておきたいだけだ。これは今現在の俺の状況での考えだから、状況が変わればまた考えも変わる」
隣で聞いていたミレイは少し考え込んでから言った。
「先輩の目標……というか、夢ってどういう感じなんですか?」
言葉を選びながらも核心をストレートに聞いてきたな、と思った。
『冒険者じゃないなら、俺の年齢だと家を買って結婚をするのが普通なのに、何を目的に生きているのか』という疑問が込められているのをヒシヒシと感じる。
だが、どういう状況に置かれようとも、この答えは簡単だ。
「死なないことはもちろんだが、無理をしなくていい場所に、自分を置き続けること……だろうか」
俺はなるべく理解しやすいように言葉を選んで続きを口にする。
「俺は別に出世したいわけでも、英雄になりたいわけでもない。それは目標ではなく結果だ。ただ、今日と同じ明日が来る確率を、少しでも上げ、同時に少しずつ自分の人生のステージを上げていければ御の字だ」
その答えにリーナは、少し拍子抜けしたような顔をした。
「……地味?」
「地味だな」
否定しない。
「でも、その地味さを堅実に維持できる人間は、案外少ない」
食堂の喧騒の中で、二人は黙って俺の話を聞きながら食事を続けていた。
やがて、ミレイが小さくこぼした。
「うん。なんか、変に気負わなくていい感じです」
こういう場で人生の先輩として新人に伝えるべきことは “夢を叶えろ”でも、“頑張れ”でもなく”生き続けるための現実”を先に見せておくだけで十分だ。
「そろそろ昼休みが終わるな。午後は、実地で色々と教えよう」
二人は慌てて立ち上がる。
――さて。
次は、理屈がどこまで通じるか、かな。
**********
午後の窓口は、午前中とは明らかに空気が違う。
依頼を受けに来る時間帯を過ぎ、報告と精算が中心になるこの時間は冒険者の疲労や不満がそのまま表に出やすい。
想定より報酬が少なかった者、怪我をして機嫌が悪い者、単純に今日はついていなかった者――感情の扱いを誤ると、一気に面倒になる時間帯だ。
「じゃあ、次はリーナが前に立とう。ミレイは隣で補助だ」
猫耳がピクピクと動いているリーナを窓口に立たせ、ミレイを隣に配置した。
役割としては、リーナが一次対応、ミレイが補助。
意図は別に説明をしない。
リーナは緊張したように肩をすくめたが、すぐに背筋を伸ばし窓口に視線を向けた。
「次のお待ちの方、どうぞ!」
リーナの声は少し高いが、ざわついているフロアにもよく通る。
それだけで、最初の印象は悪くない。
そして数件は問題なく処理できた。
だが、5人目に来た冒険者が、窓口に肘をついた瞬間、空気が変わった。
「……おい」
低く、含みのある声が妙に響いた。
机に置かれた依頼書を、指先で軽く叩く。
「この仕事、話が違うんだが?」
その言葉にリーナの猫耳がわずかに伏せられたが、それでも冒険者から視線を逸らすことなく見つめ返した。
「違うというのは、どのあたりが、でしょうか?」
丁寧な問い返しだ。
だが、冒険者の表情は険しいままだ。
「報酬だよ。実際の危険度の割に、安すぎる」
周囲の冒険者たちが、さりげなく距離を詰めてくる。
この手の話は、他人事ではない。
リーナはスッと書類に目を落としたが、すぐに冒険者本人へと視線を戻した。
装備の傷。
無精髭。
息の荒さ。
酒の匂い。
視覚からの情報で思考をまとめようとしているのは分かるが、どう対応すべきかの整理が追いついていない。
「えっと……」
リーナが言葉に詰まった、そのタイミングで――
「ミレイと交代しよう」
俺は静かに後ろから声をかけ、ミレイを前に出した。
ミレイは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を整えるとリーナの半歩前に出た。
「失礼します。ここからは私が対応させていただきます」
ミレイの声は落ち着いている。
感情が乗っていない分、相手に余計な刺激を与えない。
「申し訳ございませんが、もう一度依頼書を、確認させてください」
彼女は完全にマニュアル通りの動きを取った。
依頼番号。
危険度区分。
事前説明の履歴。
報酬算定基準。
一つひとつを、順番に、淡々と確認していく。
「この依頼は危険度『D』に分類されています。そのため追加で駆除対象が発生した場合については、事前報告があった場合のみ追加報酬の対応が可能で、それ以外については素材の優先買取を以て補填とする旨が記載されています」
ミレイの言葉を聞いて冒険者が舌打ちする。
「そんなの、現場じゃ――」
「承知しています」
ミレイは感情を挟まず、あえて言葉を重ねた。
「ですが、申し訳ありません。規定上、今回の状況ですとこちらに記載がある通り、追加報酬の対象外となります」
声のトーンは変わらない。
相手の感情を受け止めることも、跳ね返すこともしない。
冒険者はしばらく睨みつけていたが、やがて肩をすくめ書類を引き取った。
「……分かったよ」
その背中を見送りながら、俺は内心で評価を下す。
――ミレイは問題に対して正解を探すタイプだ。
こういう場面では、その性格が特攻となる。
感情をぶつけてくる相手には、規則と手順による防御が一番強い。
「次の方、どうぞ」
明らかにホッとした感情が乗ったミレイのセリフを聞きながら、俺は次の依頼書をチラッと確認し、リーナに視線を送るとミレイに声を掛けた。
「ミレイ、次はリーナに交代だ」
「わかりました」
次の依頼内容は、魔物の討伐依頼を受けた冒険者からの臨時パーティーメンバーの斡旋依頼だ。
窓口の仕事は冒険者から話を聞きスキルを確認、依頼内容に対してどういう人材を何人充てがうかを算出し、冒険者に提案をするのが目的だ。
提案を受け入れるかどうかは冒険者次第で、最終的な決定権は冒険者側にある。
リーナは依頼書に目を通し、一瞬だけ俺を見ると、次に今日ギルド近辺で待機している冒険者リストの書類に視線を向ける。
そして、彼女の中ではすぐに判断が終わったようだった。
「剣士の……トーマスさんと、エリックさん。あと罠師のエルドさんも参加してくれませんか!」
ギルドに待機している『案件待ち』冒険者のうち、突然指名された冒険者たちが驚いたように顔を見合わせる。
「えっ? その組み合わせに罠師の俺が入るか?」
「はい。エルドさんは斥候の経験も長いし、足は相当速いですよね? 抜け道にも詳しいですし」
リーナは窓口に来たエルドという罠師に即答した。
その根拠は書類の情報からの勘だけだろうが、状況には合っている。
俺ならば体力のある見習いを1人、荷物持ち件拠点防御要因として加えるだろうか。
リーナの判断は荒いが早い。
悪くない。
死なないことが最大目的の冒険者なら、むしろほぼ正解だ。
「……ふむ。これなら見習いの斥候を一人追加してもいいか?」
罠師のエルドが依頼書類に目を通し、この依頼を持ってきた冒険者に人員増加の依頼を申し出た。
そして指名されたメンバーで話し合いをし、最終的に頷き合うと依頼書を受け取って窓口を離れていった。
――直感型。
場数を踏ませれば、確実に化ける。
一息ついたところでリーナが小さく息を吐いた。
「……あの提案で合ってましたか?」
俺は、少し間を置いてから答える。
「ほぼな」
そして付け加える。
「理由を言葉にでき、それを聞いた相手が場面を想像できるぐらいになったら、もっと良くなる」
実際のところ、相手に何かを提案する場面において本当に重要なのは、こちらの説明が正しいかどうかよりも、相手がその内容を自分事として想像できるかどうかにある。
どれだけ理屈が通っていても、どれだけ数値や仕様が整っていても、相手の頭の中に具体的な場面が浮かばなければ、その提案はただの情報で終わってしまう。
相手が『それを使っている自分』や『それを受け入れた後の状況』を思い描けるかどうか。
その想像ができて初めて、提案は意味を持ち、判断の対象になる。
提案とは、説得ではない。
相手の頭の中に、無理なく一つの光景を描かせること。
その一点に尽きる。
「目撃場所は雨の森、しかも西側。あの辺りは獣道が入り組んでいて深いらしい。そして明日は天気が荒れるだろう。そういう理由も含めて説明できるようになれば、相手もその場面を想像しやすく、すぐに納得してくれるようになる」
リーナは俺の言葉を聞いて少し誇らしげに耳を立てた。
ミレイも、横で静かに頷いている。
この二人はいい組み合わせだ。
新人教育において正解を教えるのは通過点でしかない。
ゴールは自分の得意な立ち位置に気づき、立ち回るようになれるかどうかだ。
俺は窓口全体を見渡しながら、明日の配置を頭の中で組み立てていた。
明日はもう一段上の対応を任せてみるか。
『異世界のクレーム対応は、楽でいい。
少なくとも、分かりやすい。
不満は剣になり、要求は魔法になる。
理屈は通らなくても、決着はつくのだから』
引用
異世界インスペクション
(著:宇佐木四郎)




