報告書30-初めて迎える夜
翌日。
昨夜はベットもない主寝室で3人川の字で寝たのだが、板張りの床に外套で寝転がると言うのは山小屋と同じなのに、なぜか起きたときの気分が全然違っていた。これが我が家というやつだろうか。
そんな感じで全員で家の中を簡単に掃除して昼過ぎ。
「家具のお届けに参りましたー」
思っていたよりも早く家具が届いたようで、扉を開けると荷馬車が二台。
屈強そうな男たちが何人も並んでいた。
「……馬車、多くないか?」
「主寝室用の寝台と、2階の家具一式ですので」
「……ああ、はい」
返事をしながらも、中に運び込まれていく家具を見て思った。
でかい。
主寝室に運び込まれたベッドは店で見たときよりも、さらに大きく見える。
「……」
「すご……」
リーネが小さく呟いた隣を、木材を手にした男たちが荷を次々と運び入れ、手際よく組み立てていく。
木の軋む音、金具のはまる音。
そして完成したそれは完全に三人が余裕で横になれるサイズだった。
「……」
俺は腕を組んでベッドを眺める。
「部屋に置くと結構ちょうどいいですね」
リーネが無邪気に言うがエミーナは何も言わず視線をベッドから動かさなかった。
「……エミーナ?」
声をかけると、はっとしたように顔を上げる。
「いえ、問題ありませんし、動線も……確保されていますし」
そう言いながらベッドの周囲をぐるりと回って確認している。
「……動線?」
「夜に移動しやすいかどうかです」
なるほど。
それなエミーナ的には重要らしい。
次に運び込まれたのは個室用の家具だ。
リーネの部屋には、少し小ぶりなベッドと机、棚。
エミーナの部屋にも同じようなサイズのベットに、実用性重視の収納と簡素な机。
「これ、本当に私のですか?」
リーネが嬉しそうに聞く。
「そうだ」
「……いいんですか?」
「必要だろ」
リーネは一瞬きょとんとしてから、
にこっと笑った。
「ありがとうございます、お兄ちゃん」
それだけでなぜか胸の奥が少し軽くなった。
エミーナの部屋にも家具が収まる。
「エミーナも問題なさそうか?」
「はい。十分です」
そう言いながら、指で棚の角をなぞっている。
「……気に入らないか?」
「いえ。もうずっと使うと決めました……大事に使います」
**********
一通り設置が終わり、男たちが帰っていく。
静かになった家の中を見回す。
ベッド、机、棚と、やっと人が暮らす部屋になった。
「……本当に、ここに住むんですね〜」
リーネがぽつりと言った。
「そうだな」
**********
家具の搬入が終わり、ひと段落ついた俺たちは、ご近所への挨拶に回ることにした。
貴族街に近い区画だけあって、家並みは整っており道にゴミも見当たらない。
通りすがりの人たちもこちらを一目見てすぐに察したような顔で挨拶を交わしてくる。
「まあまあ、新しく越してきたのね」
年配の女性がにこやかに言う。
「冒険者ギルドにお勤めなんですね」
「はい」
「そのお年で奥さんが二人もいるなんて、素晴らしいわねぇ」
「……奥さん?」
反射的に聞き返すと、女性は不思議そうに首を傾げる。
「違うのかい?」
「ええと……」
どう返事をしようかと言葉に詰まる俺の横で、リーネがぺこりと頭を下げた。
「これからです〜」
「まあ!」
女性は楽しそうに笑った。
「そのうちすぐ増えるよ。うちもそうだったのよ!」
そしてエミーナを見て続けた。
「追加の子が来るなら、ちゃんと二人で見てあげるんだよ」
エミーナは一瞬固まったが、深く一礼した。
「……心得ています」
何を心得ているのかは分からないし、何が増えるのか考えないようにした。
**********
一通りご近所さんに挨拶をし、ほぼ全てのご家庭に妻2人だと勘違いされた。
否定するのも違うし肯定するのも違うのだが、2人はその都度話をいい感じに合わせていた。
合わせていたが、もはや否定ができない領域に踏み込んでしまった気がする。
家に戻るころには、空はすっかり暗くなっていた。
「じゃあ、俺は風呂行ってくる」
荷解きと片付け、挨拶回りで一日使い切った体には、もう余計なことを考える余力がなかった。
そう告げて浴室へ向かい、湯に浸かる。
便利な道具のおかげで安定した温度の風呂に入れることの幸せを噛み締めながらも、寝落ちしてしまいそうで、長居する気にはならなかった。
身体を拭いて戻ると、二人はまだ居間にいた。
「エミーナとリーネも風呂入るといい。俺はすまんが先に部屋戻ってるから」
そう言って、少し言葉を足す。
「今日はもう……寝よう」
こんなに疲れたのは久しぶりだ。旅の時とはまた違う疲れに襲われていた。
それ以上でも以下でもない。
主寝室に戻り新しいベッドに横になると、意識は驚くほどあっさり落ちた。
**********
「……お姉ちゃん、お風呂でました~気持ちよかったです」
湯上がりのリーネが、声を落として言う。
居間の明かりはまだ点いているが、家全体は静かだ。
「ええ」
先に風呂を済ませたエミーナはまだ濡れている髪と耳を布で抑えながら短く答えた。
二人はテーブルを挟んで顔を見合わせる。
二人揃って髪も身体もこれでもかというぐらい綺麗に洗ってきた。
「……お姉ちゃん」
「はい」
リーネは少しだけ迷ってから、小さく息を吸った。
「あの……どうしましょう」
エミーナは一拍置いて現実逃避気味に今日一日の出来事を頭の中で思い出した。
新しい家に家具。
気持ちのいいお風呂と彼が先に向かった寝室とそこにある大きなベッド。
「……最初ですし……一緒に行きましょう……か」
リーネは一瞬目を丸くしたが、すぐに頷いた。
「はい」
「リーネは嫌じゃないですか?」
「嬉しいですし、お姉ちゃんと一緒なら安心します!」
「そうですか……その……実は私もです」
そんな会話をしながら、二人で廊下を進む。
足音は自然と小さくなる。
主寝室の扉をそっと開けると、すでに彼は眠っていた。
規則正しい寝息。
深い眠りに落ちているようだった。
「……」
「…………」
リーネは少しほっとしたように肩の力を抜いた。
「疲れていたんですね」
「ええ」
呆れと安心が同時にやってきて、二人は視線を交わすと、音を立てないように寝台へ近づいた。
エミーナが先に、そしてリーネが続いて反対側から静かに潜り込んだ。
布団の中は温かい。
その中心で何も知らずに眠っているシロウに両側から身を寄せる。
リーネは小さく息を吐いた。
「ふふっ、こうなる気はしてました」
エミーナは答えない。
ただ布団を少しだけ整え間を詰める。
「……今日のところは寝ましょうか」
囁くような声。
返事はなく、代わりにシロウの寝息だけが続いている。
こうしてこの家での最初の夜は、何事もなかったように静かに更けていった。




