報告書29-一度あることは二度ある
今日からでも住めると言われたが、宿屋にも泊まっているため俺達は一旦宿へと向かい一泊し、翌日朝から新居へと向かった。
鍵を開けて玄関を抜けると、先日見たときのまま、きちんと整えられた空間が広がった。
掃除は行き届いており、ある程度家具も揃っている。
空気も悪くなく、おそらく人が住まなくなってからそう時間は経っていないのだろう。
「……本当にすぐに住めるんだな」
思わずそんな感想が漏れたが、この世界ではこれが標準なのだろうか。
玄関のすぐ隣には来客用の客間。
無駄に広すぎず簡素すぎもなく、応接用の机と椅子が最初から置かれていた。
その奥のリビングダイニングはキッチンと一続きになった空間で窓も大きく、庭に面していて日当たりもとてもいい。
キッチンからは裏庭にも出られるようになっていた。
「広い……ですね〜」
リーネが台所に改めて立ってぽつりと呟き、エミーナも同意した。
「やっぱり凄くいいですね。火元は魔道具式。そして水も自動で出てくるなんて……まるでお貴族様のお屋敷ですね」
「便利なのは助かる」
正直に言うと火起こしや水汲みから解放されるだけで、生活難易度はだいぶ下がる。
いままで宿屋住まいしかしていなかったが、職場でそう言う話を聞くことが多く、本当に大変なんだなと考えていた。
だが俺はその苦労を知ることもなく、こうやって恵まれた居場所を手に入れてしまったわけだが。
廊下の先にある風呂と手洗いの近くに、住み込み用の小部屋が2つある。
本来はメイド用だそうだが、そんな予定もないので完全に空き部屋だ。
最初、なぜかエミーナとリーネがここが自分たちの部屋だと認識していたのに驚いたが、2階も確認して改めて決めようと説得した。
「だって……その、私はお金もありませんので……お兄ちゃんやお姉ちゃんと居られるだけで」
「シロウ、私も働きに出て最低限の生活費ぐらいは稼いできますので」
少なくとも俺は3人とも対等だと考えている。だからと言って家賃を請求したりするつもりもないし、お前も働けなどと言うつもりもなかった。
そんなことを考えていると、何かが引っ掛かったが一旦無視して2人に言い聞かせる。
「確かに俺が借りた家だけど、少なくとも2人はここを自分の家だと思ってくれた方が俺も嬉しい」
そう言った瞬間、言葉選びを間違えた事に気づいてしまったが、今更訂正するのも逆に申し訳ないかと思い流す事にした。
「そっ、そうですか……そ、そんなことより1階はほとんど揃ってますから2階の部屋に必要なものを確認しましょうか」
エミーナがやけに早口で捲し立て始め、リーネはそんなエミーナを見てニヤニヤしていた。
ともあれ、確かに2階については最低限の小さな机と椅子ぐらいしかない。
生活する上で必要な家具をいくつか追加で揃える必要がありそうだった。
2階の部屋に関しては、階段正面に一番大きな部屋。
これは主寝室として想定されているのだろう。
窓も2つあり、家具を置いても余裕がある。
その主寝室の左右に同じくらいの広さの個室が2つある。
さらに廊下の奥に、少し小ぶりだが十分な広さの部屋がもう3つあった。
「……やっぱりこの正面の部屋が一番大きいな」
独り言のつもりで言うと、リーネが隣で頷いた。
「広いですね……何人で寝る想定なんでしょうかね……」
「リーネ、主寝室は家の主人やご夫婦の寝室か、仕事室兼寝室にするのが普通ですね」
エミーナの説明を聞きながら、仕事用の書類仕事を片付けるための机も置くことを考えると、確かにこれぐらい広いほうが楽だなと思う。
「……しかし部屋、多いな」
思ったままを口にすると、リーネが楽しそうに言った。
「選び放題ですね〜」
エミーナは黙ったまま部屋の配置を見ている。
視線は落ち着いているが、どこか考え込んでいるようにも見えた。
「リーネは部屋、どこがいい?」
俺が聞くとリーネが即答した。
「ここがいいです!」
階段から少し離れた、窓の大きい部屋だ。主人室の奥隣。
「理由は?」
「空が見えるのと、お兄ちゃんの部屋の近くだから!」
それだけで十分らしい。
エミーナは少し迷ってから階段に近い部屋を選んだ。
「私はこちらの部屋でいいですか?」
「階段に近いほうがいいのか?」
「……夜、何かあったときにすぐ動けますから」
何か……とは何だろうか。
聞くほどのことでもない気がして、それ以上は触れないようにした。
俺は残りの部屋を見回す。
「空き部屋3つは……物置か、来客用か」
「増えたら使えますね」
リーネが何気なく言うが、何が増えるのかは、聞かない。
「最低限はあるけど寝具は買わないとな」
「はい」
「選びに行きましょう」
エミーナが一度だけ、言いづらそうに口を開いた。
「……シロウ」
「ん?」
「家具ですが……最初はどれぐらい揃えますか?」
「えっ? そりゃ3人分の部屋の机と椅子とクローゼットにベッドだろ? まだ何か必要ならまとめて買うぞ」
「全部……まさか3人分、新しく揃えるつもりですか」
「そのつもりだが」
何か引っかかるところがあるのだろうか。
「普通は貸し家具屋を使うか、中古を探しますし……その、お金かかりますよ」
確かに理屈は分かる。
分かるが……買うのを悩む理由が金額なら、買えという格言もある。
あと机などはまだしもベッドが中古は嫌だ。
「……中古の寝具はちょっとな」
「……」
「長く使うなら、最初からちゃんとしたほうがいい」
「お兄ちゃんの部屋の分があればいいんじゃないです?」
「リーネ、それではシロウの仕事に差し支えます」
どうやらエミーナは家具を買い揃える金銭的負担と、かと言って宿屋のように一部屋に集まって寝起きする窮屈さと天秤にかけて悩んでいるようだった。
しばらく考えた挙句、エミーナは小さくため息をついた。
「……勿体ないです」
「後で帳尻は合わせる。ただ予算の上限は決めておきたい」
具体的には金貨2枚ぐらいまでに収めたい。
俺がそう言うとエミーナはなんとか納得してくれたようだったが申し訳なさそうな表情を浮かべた。
心なしか兎耳のもちもちさも無くなった気もする。
俺としてはもっとケチるべき部分と、遠慮せず使う部分の線引きをすればいいのにと思うのだが、なるべく節約しようとするのは商人の性分なのだろうか。
俺はそんなことを思っていたのだが、家具屋に入った瞬間エミーナの様子が変わった。
「この棚は丈夫ですね」
「……引き出し、滑らかです」
「木目も悪くありません」
完全に本気の家具選びが始まった。
リーネが「これ可愛い!」と走り回っている横で、エミーナは一つ一つ、触って具合を確かめている。
「……さっきまで勿体ないって言ってなかったか?」
「言いました」
「今は?」
「……買うからには、後悔することのないものを選んでいます」
視線は逸らされたままだったが、実に女の子らしいなと微笑ましくなる。
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少々揉めたのは主寝室、つまり俺の部屋に置くためのベッドだった。
「お話いただいた部屋ですと、こちらの大きさですね」
家具屋の店員が案内してきたベッドは明らかに大きい。
「……でかくないですか?」
「主寝室用でしたら、これくらいが普通です」
俺は主寝室の広さを思い出すが、確かに置けるしまだ余裕もありそうだ。
「3人で使われるのでしたら、さらに大きい物の方が楽ですが」
「3人で……?」
言葉を反芻してから俺は今までのことを思い出す。
確かに経験上、3人で寝るならこれぐらいが最低限だろう。これ以上狭いと寝返りすら打てないので朝になると体が固まっているのだ。
「……」
「3人で寝ることを考えたら、この大きさで問題ないか?」
何気なく言ったその瞬間、エミーナの動きが止まった。
「……シロウ」
「ん?」
エミーナが何かを言いかけて止まり、床を見たまま黙り込んだ。
「部屋も広いし、これくらいあったほうが結局楽だろう」
隣ではリーネが面白そうに口元を押さえている。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「なんでもないです」
「気になるんだが」
「んー。お兄ちゃん、私とお姉ちゃんの部屋のベッドはもう買いましたよ?」
「あぁ、買ったな」
リーネが口を開く直前、店員がこちらを見て微笑んだ。
「では、こちらでよろしいですね」
「あぁ、頼む」
「……すまん、で、リーネの続きは?」
「あ〜いえ、大丈夫です〜。いま大丈夫になりましたので〜」
取引が決まった瞬間エミーナは何も言わずただ小さく頷いた。




