報告書28(補足)-すれ違いとはいとも容易に起こり得る
家を借りるという話になったとき、私は正直に言えば少しほっとしていた。
この街に来てからシロウはずっと落ち着かない様子だった。
職場である冒険者ギルド本部の位置を確認し、街の様子を見ていた。
だからこそ彼が家を借りると言い出したときは当然の流れだと思った。
「家を借りたい。冒険者ギルド本部の近くがいいんだが」
不動産屋の男がこちらを見る。
その視線で何やら勘違いされている予感がしたが、深く考えないことにした。
条件の話でシロウが一通り説明したあと、こちらに視線が向いた。
「エミーナ、リーネ。借りる家について希望はあるか?」
その瞬間、私は一度だけ考えを整理した。
シロウはこの街で仕事をするから、彼が職場に近い家を借りるのは当然。
私は少なくとも当面は彼の近くにいたいし、リーネもまだ一人で暮らす準備は整っていない。
だから彼の家が決まったら、近くで私とリーネが住める家を探す。
それが、一番現実的だと思っていた。
「……私とリーネで住むなら」
私はそう前置きをしたが、シロウが何も疑問を持たずに頷いたのが、少しだけ気になった。
私は女性2人で住む前提で要件を並べた。
日当たりや水場。
洗濯のしやすさや裏手の明るさなど。
全て実務と生活の延長線なので感情を挟まないように、できるだけ合理的に伝えた。
「防犯だな」
それに対してシロウはすぐに理解を示してくれた。
「はい。窓が多すぎないこと。鍵がしっかりしていること。玄関が通りに面していること。あと……台所が広いと助かります」
「あれ、料理するのか?」
「最低限は」
私がそう答えると、リーネが続けて手を挙げた。
「私は狭くてもいいので部屋がほしいです。あと、窓から空が見えると嬉しいです」
「環境に慣れるまでは、落ち着ける場所が必要ですからね」
そう言って私は彼女の頭を軽く撫でた。
この子はまだ居場所を作っている途中なのだ。
……だからこそ、私は一緒に住むつもりだったが、それは“近くで”の話である。
シロウは、私たちの話を一言一句、そのまま不動産屋の男に伝えた。
修正も、補足も、疑問も挟まずに伝えた。
その時点で私は気づくべきだったのかもしれない。
シロウがすでに前提を取り違えていることに。
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案内された家は広かった。
玄関、居間、台所、複数の個室。
裏庭まである。
大都会の中心部にある一軒家。
正直に言えば私の感覚では、1人で住むには大きすぎるという感想だったし、シロウのお財布事情も心配になった。
「……広くないですか?」
シロウが不動産屋の男性にそう聞いたとき、私は内心で頷いていた。
だが不動産屋は当然のように返す。
「普通ですね。冒険者ギルドの方でしたら、これくらいが多いです」
……多いというのは基準が何なのか、聞くのはやめた。不動産屋としての話術なのだろう。
だがシロウには効果的で、その言葉に納得しかけている。
周囲の基準に合わせるのは良くも悪くも彼の癖だ。
色々と頭の中で計算し始めたであろうシロウを他所に、私はリーネと共に家の中を見て回る。
自分が住むわけではないのに気になってしまう。
窓には豪華にもガラスが嵌め込まれていた。
私は恐る恐る窓を開けて風の入り具合を確かめる。
これはら十分洗濯物が乾くし、水場までの距離も悪くない。
「ここ、日が入ります」
そう口に出した瞬間、私は“住む目線”で見ていることに気づいた。
違う、これは自分で家を借りるときの参考だと自分に言い聞かせた。
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それから契約が終わるまでは驚くほど早く終わった。
条件も書類も問題なし。
家賃が想像以上に高かったがシロウとしては問題がないらしい。懐から金貨をそのまま出してきたこともあったが、それなりに貯蓄があるのだろうか。
家はなんと今日から入居可能と言われ少々驚いたが、それ以上に不動産屋の男性が最後に言った言葉が忘れられない。
「では、こちらが鍵です。3人分」
……3人分?
鍵が3つシロウの手の上に置かれる。
その瞬間私は思考が止まった。
私は鍵を見てシロウの様子を見てからもう一度鍵を見た。
リーネも同じ顔をしており、完全に同時に固まっていた。
「仲のよいご家族で何よりです。奥さま方も安心でしょう」
奥さま……方?
言葉が頭に入ってこない。
鍵の数に1人で住むには多すぎる部屋数。そして私が伝えた条件。
私は「私とリーネで住むなら」という前置きをしたはずだけど、それをそのまま伝えたシロウ。
すべてがの点がつながると言うのはこんな気分なのかと現実逃避が始まりそうになった。
(3人で住む……?)
不動産屋を出て通りに出たシロウがようやく口にした。
「……3人で住むんだっけ?」
私はどこかでボタンが食い違っている気がしていたが、それを指摘しなかった罪悪感から思わず目を逸らした。
「……確認しますが」
出した声が思ってた以上に固かった。
「さっき聞かれた条件は、私とリーネ“の家”の話ではありませんでしたか」
「……俺は、3人で住む前提で家を探してた」
その一言で理解してしまった。
彼は最初からその前提で動いていたのだ。
そこには悪意も下心も計算もなく、ただ自然にいつも通りに。
「……そうですか」
私は平静を装ってそれだけ答えた。
明日首筋が熱いことには気づかないふりをしたが、隣のリーネが勝ち誇ったように笑った。
「じゃあ、決まりですね」
「……今さら、別々に住む理由もありません」
せっかく借りたばかりなのに、ここで間違いだったと申し出るのは大家さんに申し訳ない。
商人の端くれと思えない考えだったが、そう思ったのも事実だ。
鍵を見下ろすシロウの横で私は深く息を吐いた。
この街での生活……予想していた形とは少し違うが、思ってた以上に嬉しい始まりとなった。
こんなに幸せな気持ちになってしまっていいのだろうか。
そう思ってしまった時点で私にもう逃げ場はなかった。




