報告書27-家を借りるときの条件は
ハンブレクスに着いて二日目の朝。
昨日は到着して馬車乗り場近くにある宿へ泊まり、到着の喜びもそこそこに長旅の疲れを回復させることに専念した。
そして今日、まずこの街についてからやらなければならない重要なことである、家を探すという重要ミッションから取り掛かろうと考えた。
これから――どれだけ住むかはわからない。
だが宿屋暮らしというのも、これからの自分の立場を考えると少し気が引けることもある。
そのためついに俺もこの世界で家を借りようと決意したのだった。
「今日はまず、冒険者ギルド本部の場所を中心に街並みを見て、借りれそうな家を見て回りたいと思ってるんだが、2人ともなにか予定はあるか?」
「特にありません。シロウにご一緒しますよ」
「私も大丈夫です~」
俺がそう言うとエミーナは素直に頷き、リーネも嬉しそうに荷物を背負い直した。
「ついでに観光していいかもな」
「観光“も”ですよシロウ。まず重要なところから済ませましょう」
そう言われながら、俺は借りる家で譲れないものを優先順位をつけて列挙していた。
立地と安全、食料の買い出しの距離は重要だ。
これが不自由だと安心ができるはずの我が家が一気に安心ができないものになってしまう。
それから水場関連。
洗濯に洗い物に風呂……何れにおいても重要な水回りは、整っているのは必須だろう。
水関連がこの世界でどうなっているのかというと、町や村などは共同井戸から組み上げて水瓶に貯水することが多い。
ある程度大きな街になると、共同水槽から各家庭に水を引くという上水道のようなものが整備されている。
下水道についても同様だ。
街を作るタイミングでそういう思想で作られているらしい。
巨大な街や貴族街になると、やはり魔道具による恩恵が大きいと聞く。
聞けば水関連だけでなく、コンロや給湯もできるらしいと聞いた。
色々と条件はあるが、結局は俺達3人が困らないことが第一優先である。
住むところを想像しながら条件を列挙していると、何かを忘れている気がしたのだが、思い出そうとしたところで、仕事場になる予定のハンブレクス冒険者ギルド本部に到着した。
ハンブレクスの冒険者ギルド本部は街の中心から少し外れた高台にあった。
他の支部は丁度街の東西南北の方向に散らばっているらしい。
冒険者ギルドの建物は石造りの大きな建物で、朝から人が冒険者や依頼者、関連業者がひっきりなしに出入りしている。
「ここが冒険者ギルドの本部……」
リーネが目を丸くしている横でエミーナは周囲を見回し、道幅や人の流れを調べていた。
「こっち側は商業区ですね。宿屋と飲食が多いですし、あっちは貴族街ですか……静かですがあちら側は高そうですね」
エミーナがさらっと言う。
その手際がやたらと慣れていて、俺は少しだけ助かった気分になった。
「さすがよろず屋の店主は、街を見る目が違うな」
「仕事ですから」
淡々と言いながらエミーナはリーネの襟をつまみ、通り過ぎる荷車から引き寄せた。
リーネは「は~い」と素直に従い、なぜか俺のほうを見てにこにこしていた。
「……なんだ」
「いえ、なんでも」
なんでもと言うのが一番面倒なのだが……勝ち誇っているような表情だし気にしない事にした。
ギルド本部を中心に周りの町並みを見学し、昼時に宿へ戻るついでに市場を覗いた。
乾物、肉、野菜、布、道具、香料と何でもある。
値段も旅の途中に立ち寄った街とは比べものにならないが。
「お兄ちゃん、これ! とっても甘いらしいですよ〜」
リーネがいつの間に買ったのか、串に刺さった焼き菓子のようなものを差し出してくるので、素直に一口頂くとリーネは満足そうに頷いた。
エミーナは何も言わないが、口元がほんの少しだけ柔らかい。
どうやらリーネが欲しがってエミーナが買ってあげたようだ。
それをノータイムで俺に差し出してくるのはどうかと思うのだが、エミーナの様子を見ると最初からリーネの行動を予測した上で買ったのだろうか。
その様子は完全に姉妹だった。
髪も目も種族も違うのに、会話や行動のテンポは本当に似ている。
しかも最近、二人の会話の間に俺が割って入る隙が減ってきたような気もする。
悪いことではない……はずだ。
**********
宿屋に戻ると、おかみさんが帳場で手を動かしていた。
俺たちを見るなり、目だけで察してくれた。
「もしかして家探しかい?」
「ええ。ギルド本部に近いところで」
「なら、あんた、ギルドの北側はやめときな。貴族街に近いが、東側に比べると高いし、回り道も多い。住むのが大変だよ」
おかみさんは親切だが、言い方が容赦ない。
「で、どんな家がいいんだい?」
「職場に近くて、安全で、生活が便利なところで……」
「はいはい。つまり便利で静かで安くて広い、ってやつね」
俺が言葉に詰まると、おかみさんは勝手に話を進めた。
「ここの通りを曲がったところにある不動産屋がこの辺じゃ親切だよ。ギルド勤めなら保証人もいらないはずだから話が早いと思うよ」
「ありがとうございます。助かります」
「奥さん、しっかりしてるね」
おかみさんがそう言いながら視線をエミーナに向ける。
エミーナは一瞬だけ固まったが、会話の流れを優先したのか否定せずに軽く会釈した。
「……ありがとうございます」
俺は聞こえないふりをした。
こういうときは聞こえなかったことにするのが一番楽だ。
**********
午後は早速教えられた不動産屋へ向かった。
看板には商業ギルドの印があり、営業許可の看板も見えるところに貼られていた。
ここなら変な話にはならないだろう。
俺は二人に目配せをして早速店内へ入った。
「いらっしゃい。本日はお探しで?」
応対に出た男だが、年齢は中年……少なくとも俺よりは年上だ。人の良さそうな顔だが目が早い。
「家を借りたい。冒険者ギルド本部の近くがいいんだが」
「ほう。冒険者ギルドの方ですか?」
俺が頷くと男は背後の二人をちらりと見た。
その視線が妙に柔らかい。
そして男は「なるほど」とだけ呟いた。
何がどう「なるほど」なのか分からない。
「ご希望の条件を伺っても?」
「立地は冒険時ギルド本部の近くで、治安がよくて、買い出しがしやすくて。あと……」
俺が口を開く前に、ふと思った。
家の条件を決めるのは俺の意見だけというのも問題かと思い2人の話も聞く事にする。
「エミーナ、リーネ。借りる家について希望ってのはあるか?」
二人は同時に俺を見ると、エミーナは一瞬だけ、何かを想像するような目をした。
「……私とリーネで住むなら」
エミーナはそう前置きをしてから意見を並べ始めた。
「日当たりがいいこと。水場が近いこと。洗濯がしやすいこと。あと、裏手が暗すぎないこと。夜は人通りがあるほうがいいです」
「なるほど、防犯か」
「はい。窓の多い家は避けたいです。鍵がしっかりしていること。玄関が通りに面していること。あと……台所が広いと助かります」
「あれ、料理するのか?」
「最低限は」
リーネが横から手を挙げた。
「私はなんでもいいですが、希望を言っていいなら、自分の部屋が狭くてもいいのでほしいです。あ、あと、窓から空が見えると嬉しいです」
「空?」
「はい。空を眺めていると落ち着くんです」
エミーナがその頭を軽く撫でる。
「確かに新しい場所というのは、慣れるまでは狭くても落ち着くことができる場所は必要ですからね」
「うん」
もう完全に姉妹だ。
俺はそのまま不動産屋の男に向き直った。
「今の条件で。日当たり、水場、治安、鍵、玄関、台所。あと個室が一つ……いや、3つは必要か……?」
「そんなに必要ですか?」
「来客とか……気にしなくてもいいか?」
俺たちのやりとりを聞き、男は「承知しました」と深く頷き、少し嬉しそうに目を細めたのだった。




