報告書24-手がかかる子ほど愛おしいらしい
市場通りは活気に満ちていた。
布、革、乾物、香辛料。
露店の呼び声が重なり、どこから見ればいいのか迷うほどだった。
「……すごい」
リーネがきょろきょろと視線を動かす。
「こんなに、店が多いんですね〜選び放題ですね」
私は足を止め、布屋の前で立ち止まり商品をいくつか手にとって見た。
「選べるというより……選ばされる……かな」
そのまま手に取っていた布を戻し、今度は丈夫そうな下着を指先で生地をつまんで、軽く引いてみた。
「たとえば……これは避けた方がいいです」
「え? どうしてですか?」
リーネが不思議そうに聞いてくる。
「夏毛羊の布です」
「涼しそうですけど……」
これから暑くなる季節、普通に考えればこれは涼しそうで良いが、今回はハズレなので、首を振る。
「これは汗を吸いません。濡れると、逆に体温を奪われます……普段はいいんですが旅には不向きなんです。つまり雨に降られたとき、一番危険なのはこう言う細かいところなんです」
下着を戻し、今度は少し緩めに織られた別の布を手に取ってみる。
「乾かす時間が取れない可能性が高いんです。だからなるべく冬毛羊のものを。多少ゆるくても、こちらのほうが安心です」
「暑くなりませんか?」
「なりますね。でも冷えるよりはいいです」
そう言って下着を二枚並べる。
「洗い替えは最低2枚、可能なら3枚用意しましょう
「そんなに……?」
「体調を崩したり、雨が続いたりで洗濯すらできない時もありますので』
私は次に胸当て用の布――胸帯を手に取った。最近のものは妙に花がらや意匠を凝らした形が多い気がする。
「これも同じですね」
「これも?」」
「ええ。なるべく締めすぎないものを。夏毛はだめです……汗を吸わないと、胸元から冷えます」
「汗……ですか」
「気づきにくい場所です」
リーネは少しだけ真剣な顔になって自分の胸元へと視線を落とし、その次に何故か私の胸元へと視線を向けてきた。
「汗……かくようになるかな〜」
「……その時のために準備はしておきましょう」
何を言わんとしてるかが分かったので、私はリーネの顔を見て淡々と伝えた。
店主と短いやり取りを交わし、必要なものだけを揃える。
値切りも、無駄な愛想もない淡々とした買い物だ。
「……お姉ちゃんって、すごくお買い物に慣れてますね」
買い物袋を抱えながらリーネがそんなことを突然言ってきた。
「これでも何年か商売人のマネごとをしていましたから」
「あれ……お姉ちゃんって私の少し上なだけですよね?」
「そうですね……2年ほどでしょうか」
「それなのにお店をやっていたんですか? 行商人ってやつですか?」
その純粋な質問を受け、個人的にどう返事しようか脳内で整理したのだが、結果として口をついて出たのは「いずれ教えてあげます」という返事だった。
**********
次に乾物などの簡単な保存食の店に寄り、ある程度買い揃えたところで、私は歩きながら袋の中身を頭の中でなぞる。
保存食、替えの下着と丈夫な布。
洗濯用の石鹸。包帯や少量の消毒薬。
嵩張るがどれも旅には必要なものだ。
「そういえば聞こうと思ったんですが、お姉ちゃんって……」
隣から少し声が寄ってきた。
「お兄ちゃんのこと……すごくよく見てますよね」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
質問のような問いではなく、何か注意されているような雰囲気でもなく、気づいたことを共有するような言い方だった。
それもあり、どの部分に意識を傾ければいいのか一瞬混乱してしまった。
「旅ではお互いを見ていないと危ないですから」
私は当たり障りのないようにそう答えたが、それは事実ではある。
旅をする以上は誰がどの程度余裕を残しているか、誰が無理をしているかを把握しないのは、怪我につながる。
特にシロウは判断が早いぶん、自分を後回しにする癖がある。
だから注意して見ている……それだけの話だ。
「ですよね〜」
私の返答に納得したのか、リーネはすぐに頷いたのだが、その仕草は妙に素直で、拍子抜けするほどだった。
「でも山を下ってるときとか、山小屋とか……街に入ってからもずっとそうですよね?」
リーネは歩調を合わせたまま、ここまでの思い出を一つずつ並べるように言葉を並べていった。
「……え?」
声が少し遅れて出た。
ずっと? 何が……だろう?
「私、村では誰かと旅したことなかったですけど」
前を向いたまま、前を歩く人の背中と、通りの奥を見ながら続けた。
「お姉ちゃんのお兄ちゃんに対する距離って、普通の距離じゃないというか……お互いを許しているような距離感ですよね〜」
胸の奥で何かがふわりとした気がした。
山道での夜番。
気づけば預かっていた彼の装備。
言葉を交わさなくても、無言で手を伸ばし受け渡しをしている。
立ち位置と歩く順番。
相手が遅れたとき、自然に距離を調整する。
視線を合わせてから次に何をするかをお互いが了承して進めること。
どれも特別なつもりはなかったし、そうするのが自然だった。
――自然?
その言葉にひっかかりが生まれる。
合理的で効率的。
共に旅をする同行者として何もおかしなことはない。
そう脳内で整理していた過去の行動がリーネの言葉でひとまとまりにされていくのがわかった。
言われてみれば「気をつけていた」を遙かに超えて「気にかけていた」形だった。
そう気づいた瞬間、なぜか頬がじんわりと熱くなる。
人に見られたくないものを見られてしまい恥ずかしいという感覚に近かった。
否定もできるし理屈も説明できる……できるが、そうするとこの穏やかな空気まで否定してしまう気がした。
「……そうですか?」
その結果、口に出たのはそれだけだった。
リーネはちらりとこちらを見て、ほんの少しだけ微笑んだ。
「はい。なんとなく」
この子はよく周りを見ているなと感心し、同時に少し誇らしくもあり、くすぐったかった。
**********
宿の部屋に戻ると、外の喧騒が嘘のように和らいだ。
私はまず荷を床に下ろし、袋の口を開いて中身を確認する。
布と下着や石鹸やら女性でなければ説明しづらい細々としたもの。
一応、気になるので扉に視線を向けるが、特にシロウが帰って来る気配もない。
「……今のうちですね」
独り言のように呟き素早く手を動かしはじめた。
買ってきた布を広げて用途ごとに分ける。
そして見えないように包み直すと、下着を背負いの一番奥へ。
洗い物用の布とそれ以外のものを分ける。
リーネは最初何をしているのか分からない様子で見ていたが、すぐに察したのか、黙って手伝い始めた。
「……さすがにお兄ちゃんの前ではやりにくいですよね」
小さな声に苦笑しながら頷いた。
「シロウは何も悪くないんですけどね」
説明する必要もなかった。
視線も言葉の選び方も、気を使わせないようにしているが、気を遣わせてしまっている。
二人で黙々と手を動かして“そういうもの”は短時間で片付いた。
袋の口を結び直して必要なものだけが目につくように整え、シロウ用の日用品もまとめておく。
これでいつシロウが戻ってきても問題はない。
「お姉ちゃん、ありがとうございます」
リーネが小さく息を吐く。
「慣れればそんなに気にならなくなります」
一息ついたところで、リーネが買い物袋の底に残っていた包みに手を伸ばした。
「あ……これ……あとで」
ついの手が止まってしまったが、その先の言葉は聞かなくても分かった。
「それ……シロウに……ですよね?」
一応聞いてみると、リーネは一瞬だけ視線を泳がせてから、観念したように笑った。
「……そ……お、ですね。美味しそうだったので……お兄ちゃんにもあげたいなぁって」
言い訳でも照れ隠しでもなく、ただそれだけだという顔をみて微笑ましくなる。
「……リーネは分かりやすいですね」
「そうかもしれませんね〜」
リーネがあっさり認めたところに丁度、扉がノックされた。
「戻ったぞ」
シロウの声だ。
「おかえりなさい」
「おかえりなさい」
返事をする声は二人同時だった。




