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異世界インスペクション~組織で評価されるための考え方~  作者: 宇佐木四郎


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3/4

報告書02-報連相は責任分界のためにある

報連相――

報告とは『知ってしまった事について自分が怒られないための保険』である

連絡とは『聞いていないと言われたときのための逃げ道』である

相談とは『勝手にやったと言われないための免罪符』である


引用

仕事ができるようになる前に消されない方法

(著:宇佐木九郎)

 現地視察の対応を終わらせ、突然新人教育を任された翌朝。


 ギルドの二階に設けられた小さな会議室にて、俺は机を挟みながら二人の新人職員と向かい合っていた。


 一人は頭に猫のような耳が生えた少女。

 子猫のような可愛らしい耳は淡い色合いの毛に覆われており、時折ぴくりと動く。体格は小さく顔立ちも幼いため、正直なところ小学生にしか見えない。


 落ち着きはあまりなく、椅子に座ってはいるものの背中が少し浮いているような姿勢で、視線が室内を忙しなく行き来していた。


 こちらの様子をうかがっているというより、単純に気になるものが多いといった印象だ。

 手元の資料には『リーナ・フェルティア(12)/猫人族(フェリス)(女)』と記されている。



 もう一人は、人間の少女。

 こちらは先ほどの猫人族の少女よりも、わずかに年上に見える。

 資料にも『ミレイ・クロノ(13)/人族(フォルク)(女)』と記載されていた。


 姿勢がよく、椅子に座っていても背筋が妙に真っ直ぐ伸びている。服装や身なりもきちんとしており、育ちの良さを自然と感じさせる佇まいだった。


 相手の顔色をうかがう癖があるのか、俺と視線が合うたびにすぐ目を伏せるのが印象に残る。



 二人とも女性……むしろ女児である。



 だが二人とも健康で、文字が読めて、書くことができる。

 この世界においてはそれだけで十分に『使える優秀な人材』と見なされる条件を満たしている。



 しかし年齢が若すぎるのではないか。



 俺が未だに引きずっている()()な感覚だと、児童の義務教育終了前の労働は原則アウトだ。労働基準法に引っかかる。引っかかりすぎだ。場合によっては刑事罰まで付いてくる。



 ついでに『児童福祉法』や『労働安全衛生法』にも違反している。

 これは親もしょっぴかれる。

 そう感じてしまうのは、まだ俺がこの世界に染まりきっていないからだろうか。



 だが現実問題――今の俺が置かれている現実における社会では、12歳を過ぎれば働き始めるのが当たり前であり、すぐに結婚し家庭を持つことも、決して珍しい話ではない。

 特に女性に関しては推奨されている節もある。


 俺がいまさら現代日本の感覚を、そのまま当てはめて考えるのは間違いだ。


 それくらいは弁えている。

 郷に入っては郷に従え。


 新しい組織やチームに参加する時、今までの常識や当たり前をリセットし一旦ゼロに戻し、自分の中に新たな”常識の棚”を作る必要がある。


**********


「よし、まずは簡単な確認からいこう」


 お互いの自己紹介を簡単に終わらせると、俺は二人の少女――リーナとミレイに向かって言った。


「学校と同じかもしれないが『遅刻』はなぜダメだと思う?」


 これは新社会人には少し意地の悪い質問だ。

 だが、反応や思考を確認するにはちょうどいい。


「はい!」


 猫耳の少女リーナがすぐに挙手をし、発言を求めた。


「怒られるからです」

「自分の信用がなくなるからです」


 人間の少女――ミレイに視線を向け発言を促すと、少し考えてそう続けた。

 なるほど。どちらも間違ってはいない。




「じゃあ、報告や連絡、相談はなんのためにする?」


「助けを呼ぶため?」

「今の状況を伝えるためだと思います」


 これも正しい。この世界なら、なおさらだ。

 魔物相手に黙って動けば、死ぬということがセンセーショナルな事件ではなく、日常のすぐ隣にある事件……もはや事件ですらなく出来事である。


 攫われて奴隷として売られることも珍しいことではないらしい。

 そんなことを思い出しながら、俺は頷いた。


「その答えは正解かもしれないし間違いかもしれない」


 俺の答えにリーナとミレイが少し首を傾げる。


「こう考えよう。君たちはギルド職員だ。ギルド職員として考えるならば、どういう答えが正解だろうか?」


 二人の反応を伺いながら俺は続ける。


「遅刻が問題になるのは『()()()()()()の判断材料を奪い、自分に対する安心感を失ってしまう』からだ」


 リーナは少し理解していなさそうだが、ミレイはじっと俺の顔を見つめながら黙って聞いている。


「報告が大事なのは『次に何をさせるべきかという判断材料を相手に渡す』行為、

 連絡は責任の所在――つまり『責任というボールを相手に投げ渡す行為』、

 そして相談は『自分から先に相手を案件に巻き込むための手段』だ」


 真面目に聞いており言葉は理解しているようだが、本質は理解はできていないようだ。

 少し難しかったかもしれない。

 だが、今はそれでいい。




「次は、これをやってもらう」


 そう言って、俺は用意していた紙を二枚、それぞれの机の上に静かに置いた。


 内容は難しいものではない。

 ごく基本的な読み書きの確認に始まり、数字を一定の規則に従って並び替える問題、そして最後に明確な正解が用意されていない問いが複数。


 解答自体に意味はない。


 重要なのはどの答えを選んだかではなく、どういう考え方を経てその答えにたどり着いたか。


 つまりこれらの問題は知識量を見るものではなく、当人の思考の癖や物事への向き合い方を確かめるためのものだ。


 二人がそれぞれ紙に向き合ったのを確認してから、俺は何も言わず様子を観察することにした。


 口を挟む必要はない。

 むしろ、余計な指示は判断を歪める。




 リーナは、鉛筆を持つとすぐに書き始めた。

 途中で何度も手を止め、書いた文字を消しては書き直しているが、迷いながらも前に進んでいるのが分かる。


 直感で選び、違和感があれば引き返す。その繰り返しだ。

 考えてはいるが、立ち止まらない。




 一方で、ミレイの様子は違った。

 紙を前にしたまま、しばらく鉛筆を動かさず、じっと問題文を見つめ続けている。


 答えを書こうとしていないのではない。

 おそらく、頭の中で『正解』を探しているのだろう。

 間違えないことを、何よりも優先している。

 その慎重さは美点でもあるが、同時に、行動に移るまでの重さでもあった。


**********


 やがて二人が顔を上げ、俺は答案用紙を回収し目を通す。


「この第9問にある『()()()()()とは、どういう行動を指すと思うか』という問題……


 1、規則を守ること

 2、成果を出すこと

 3、問題を起こさないこと

 4、責任を取れる方法を選ぶこと


 どれが正解でどれが間違いだろう?」


 リーナの猫耳が、ぴくりと動いた。


「例えばリーナは2の『成果を出すこと』を選んでいる」


 俺は答案から視線を上げ、リーナを見る。



「これは堅実な仕事=成果という考え方だな。実際、現場では結果が出なければ評価されない。だから間違いじゃない」


 リーナの回答は否定はしない。

 次に、もう一枚の紙へ目を落とす。



「ミレイは1の『規則を守ること』を選んでいる。規則を守っていれば自分も守られるからで、管理寄りの人間はこれを選ぶことが多い印象だ。これも組織においては重要なことだ。これも間違いじゃない」



 俺は二枚の答案を重ね、机の上に置いた。

 続けて、淡々と言う。


「3の『問題を起こさないこと』を選ぶ人間もいる。仕事に問題が起きなければ責任を問われない。安定した日々を過ごし、平穏な気持ちで仕事を続けることができる。上に行くほどこの選択肢を選ぶ人が多くいる印象を受けている」


 おそらくギルド長はこれを選ぶだろうと内心で考えながら二人を見ると、その表情が少し引き締まった。



「で、4だ」


 俺は一度、言葉を切った。


「俺なら4の『責任を取ることができる行動』を選ぶ。理由は単純で『堅実』っていう言葉は失敗した時にしか本当の意味を持たないからだ」



 紙を指で押さえながら、なるべく丁寧に続ける。


「結果が出なかった時。規則が役に立たなかった時。問題が起きてしまった時。その問題を引き受けて、関係者に説明して後始末をする。それを最後までやり切る」




 リーナが、少し不安そうに首を傾げた。


「でも……それって、一番大変じゃないですか」

「大変だ」


 即答だ。

 そんなの最初から分かりきっている。


「だから、Dを選ぶ人間はだいたい損をする。仕事は増えるし、評価は遅れる。場合によっては責任というペナルティ……罰を課されるかもしれない。だがそのおかげで現場は回ることができる。だから次も任される」



 二人とも、黙って聞いている。


「新人のうちは、AやBでいい。まずは規律を守り、成果を出すことを覚えろ」


 そう言ってから、少しだけ声を落とした。



「ただし、いずれDを選ばざるを得ないときがやってくる。その時、自分が引き受けたものが何なのか――それをに選ぶときが来る前に、その理不尽さを理解していれば完璧だ」


**********


「最後に、一つだけ追加で聞いておきたいことがある」


 そう前置きしてから、俺は言葉を切り、二人の顔を順に見渡した。


 すぐに続けることもできたが、あえて間を置く。

 視線を向けられる側が、次に来る問いを意識するための時間だ。




「この先の人生で、一番大事なことは何だと思う?」


 問い自体は、難しいものではない。

 だが、答えの幅が広く、正解も存在しない類の質問だ。



 最初に反応したのはリーナだった。

 猫耳がぴくりと動き、彼女は迷いなく手を上げた。その動作に躊躇はなく、考えるよりも先に言葉が口をついた、という様子だった。


「死なないことです」


 短く、はっきりとした答え。余計な修飾も、言い訳もない。

 この世界で生きてきた者にとって、それはあまりにも自然で、あまりにも現実的な答えだった。危険が日常にあり、命が簡単に失われる環境では『生き延びること』そのものが最優先事項になる。



 それに続いて、ミレイが静かに姿勢を正す。

 背筋を伸ばして言葉を選ぶために一瞬だけ視線を落とし、落ち着いた口調で答えた。


「攫われないように注意することです。それから、ちゃんと稼いで、家族を養って、子供を産んで育てることだと思います」


 一文一文が、現実に根差している。

 生活と安全、将来と役割――この世界で『普通』とされている人生設計を、そのまま言葉にしたような答えだった。



 こちらも否定しようのない内容だ。

 二人の答えはどちらもこの世界では正しい。

 少なくとも、間違ってはいない。




「じゃあ、少し言葉を変えて聞こう」


 俺はそう言ってから、声の調子をほんのわずかに落とした。

 同じ問いを続けるのではなく、視点を切り替えるための合図だ。




「ギルド職員として働いていく中で、一番大事なことは何だ?」



 会議室に、短い沈黙が落ちる。

 さきほどとは違い、今度は二人ともすぐには答えなかった。


 表情が引き締まり、思考に入ったことが分かる。


 個人としての人生ではなく、組織の一員としての立場に、意識を切り替えようとしている。

 少し考えたあとで、ミレイが慎重に言葉を選びながら口を開いた。



「……挨拶、でしょうか」


 自信は控えめだが、誠実な答えだ。

 それを聞いて、リーナも小さく頷き、後に続く。


「あとは礼儀ですか?」


 新人がまず思いつくのは、そのあたりだろう。

 俺は、すぐには答えず、ゆっくりと首を振った。




「それも大事だ。間違ってはいない。でも一番じゃない」


 その言葉に、二人の視線が一斉にこちらへ集まる。

 空気が、わずかに張り詰めた。


「一番大事なのは――」


 わざと、少しだけ間を取る。

 答えを急がせないための間だ。




「『同僚や上司、冒険者が安心できるように、自分から立ち回ること』だ」



 言っていることが飲み込めていない表情をしている。

 意味は聞き取れているが、実感には至っていない。

 今は、言葉として耳に残れば十分だ。



「誰が決定するのか。誰が責任を持つのか。色々なことに対し、相手が安心して『それでいい』と判断できる材料を先に揃えて提示する」



 俺は、淡々と、しかし区切るように言葉を重ねた。


「それができれば、だいたい()()()()()()()()



 そこで話を締めくくる。理解は途中でいい。

 だが、この考え方だけは、早いうちに植え付けておく必要があった。



 新人教育とは、スキルを教えることじゃない。



 組織において『どういう考えでそれを行うのか?』『どういう立ち位置を確保すればいいのか?』という視座を渡すことだ。



「じゃあ、そろそろ昼にしようか」



 そう言って午前の研修を切り上げると、二人は露骨にほっとした顔をした。

 集中していた分、腹も減っているのだろう。

潤滑油を必要としている組織は、すでにどこかが壊れている。

健全な組織が欲しがっているのは、静かに回る歯車である。


引用

仕事ができるようになる前に消されない方法2~詰んだと思ったら仕様だった~

(著:宇佐木九郎)

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