報告書21(補足)-独白と決意
宿の女将には「依頼された調査で明け方に村を離れる」とだけ伝えており、支払いはすでに済ませてある。
村長の依頼で攫ってきた娘――リーネ・ヴァルトは十六歳らしい。
(リーナ……じゃなくてリーネか)
着るものなどは村長から預かっていたが、それでも本格的な旅装備ではないため、慎重に夜明け前の山道を進む。
そして街道から少し外れたあたりに入り、少し休憩することとなった。
地面の枯れ葉を足で払い、小さな広場を作り火をおこした。
煙が立たない程度の小さな炎だ。
娘は……リーネは火の向こう側に腰を下ろし、しばらく黙って炎を見ていた。
さっきまでの軽口が嘘のように止んでいる。
「……あの」
不意に声がした。
「一つ聞いていいですか」
「ああ」
焚き火の火を弄りながら短く答える。
「攫われた人って、そのあと、どうなるんですか」
曖昧な問いだが、自分の未来を聞きたいのだろうと正直に答える。
「……攫われた人によるが、生き方を選び直すことになる」
「ですよね」
それから少し間を置いて、平坦な声で言った。
「私、山に食べられるって言われてたから……死ぬ準備はしてたんです」
焚き火が、ぱちっと鳴った。
「怖かったんですよ。毎年……近づくたびに……でも、それが当たり前だって言われてきたので」
エミーナは何も言わずただ耳を傾けている。
「だから……」
リーネは膝を抱えた。
「攫っていくって言われたとき……ほっとしたんです」
沈黙が落ちた。
それは喜びでも悲しみでもなく解放に近い。
「最低ですよね。生きたいって思って……安心しちゃうなんて」
「最低じゃない」
俺はそれを即座に否定したが、理由を並べる気はなかった。
リーネは焚き火を見つめたまま、ぽつりと続けた。
「じゃあ、もう少し生きてみます……夢なんて持っていなかったから、何をすればいいかわからないけど……生きてみます」
それだけで十分だった。
そしてリーネは火のそばで夜明けまでの少しの時間、眠りについた。
寝息は浅いが規則的だ。
俺は見張りに立ち、隣でエミーナが静かに言った。
「軽く振る舞っていますが……覚悟の種類は私より、ずっと現実的です」
これはエミーナなりの評価だろうか。
エミーナがリーネのほうに視線を向け、焚き火の明かりに照らされた寝顔を見て、小さく内心を漏らした。
「選択肢が歪んでいただけで、未来を選んだのは彼女自身です……だから彼女を連れて行くというお兄さんの判断は、なにも間違っていないと思います」
焚き火が静かに燃え続ける。
この山は……今夜は何も奪うこともなく、夜が明ける。




