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報告書21-兎の本領は

「もしかしてお迎えですか? 思ったより早いですねぇ」


 洞穴に響くのは拍子抜けするほどはっきりした声だった。



 俺が近づくと檻の中に入れられた娘は胸元を抑えて座り直した。

 顔色は……悪くないように見えて、胸を撫で下ろした。



「……寒くないのか」



 彼女のテンションがあまりにも明るすぎて、俺は思わずそう聞いてしまった。



「んー、まあ……山ですし? それなりに寒いですが、凍えるほどじゃないです。死ぬ予定は夜明けですから」



 冗談のつもりなのだろうが、笑えない内容をさらっと口にし、エミーナがわずかに眉を寄せた。



「……怖くは?」

「怖いですよ?」



 即答だった。

 そして口元に指を当てて、彼女が不思議そうな顔で俺たちを見比べる。



「だから、あんまり考えないようにしてます。考えると寝られなくなるじゃないですか……それより……妖精さんじゃなくて盗賊さん……です?」



 警戒はしているが怯えた様子はない。



「一応、そういう“役”だ」


 俺がそう答えると、彼女は小さくため息をついた。



「あー……それは、困ります。私、生贄なので。攫うのは勘弁してください。私が消えないと、村が大変なことになりますから」



 その言い方があまりに自然で、一瞬言葉を失う。



「……分かってるんだな」

「はい。私は妖精に連れて行かれて山に食われるために育てられましたから」



 肩をすくめ、それを当然の前提として話す。



「怖いですけど、私がいなくならないと次が出るので……だから、盗賊さんには悪いんですけど……」



 少し困った顔をして言った。



「今日は帰ってもらえると助かります」


 エミーナがわずかに息を詰めたのを聞いて、俺は静かに言った。


「……違う。俺たちは盗賊じゃない。そういう役目だ」


 彼女はその言い回しにきょとんとした表情を浮かべた。


「え?」

「正確には、君の父親に依頼された」



 その瞬間だった。

 彼女の表情から軽さが消えた。


「……お父さん? どういう……ことですか」



 聞き返してくる声がわずかに揺れたが、俺は視線を逸らさずに続けた。


「このままここに居ると――消える。消えたら、生きているかどうかは分からない」


「だが村にさえ戻らなければ、村は“生贄が受理された”と判断されるそうだ」


 彼女はしばらく黙っていたが、唇を噛み……目を伏せて……小さな声をこぼした。


「……それ、ずるいです……私、捨てられたと思ってました。生きてほしいから、消えろ……ですか」


 そう言ってから、急に泣きそうな顔で笑った。


 軽口の形をしているが、中身はまっすぐ刺さる。

 そこまで黙っていたエミーナが一歩前に出た。


「あなたは、どうしたいですか」


 娘は顔を上げてエミーナと俺を交互に見つめ、しばらく考えてから言った。




「……攫ってください。それがお父さんのお願いなら……それに……盗賊さん、顔が優しすぎます。山に食べられるより、盗賊さんに連れて行かれた方がマシです」




 俺は思わず息を吐いた。



「じゃあ、決まりだ……この檻を……あれ、扉はどこだ?」


 この檻は思った以上に頑丈だった。

 丸太を組み合わせ、最後に屋根を被せた構造で隙間は少なく扉らしいものも見当たらない。




「……これ、どうやって出すんだ」



 思わず呟いてしまった。

 木斧なんて持っていないし、壊すには時間がかかりすぎる。

 娘の方は、檻の中で首を傾げていた。




「え、開ける方法がないんですか?」

「ないな……」

「……困りましたね。朝まで待ちます?」



 冗談のつもりだろうが冗談になっていない。

 床は岩ではなく踏み固められた土だった。

 柱部分の下を掘ればなんとか外れるだろうかと考えているときだった。



「私が下から行くしかないですね」



 エミーナが静かに言った。


「……下?」

「お兄さん? 私のこの耳は飾りじゃないんですよ?」



 エミーナが自身の頭についている黒いもちもちとした兎耳を指でつまみながら、淡々と言い切った瞬間、彼女は外套を外すと上着とズボンを次々と脱ぎはじめた。



「ちょ、何を」


 思わず声が出てしまう。


「いえ……服が泥だらけになるので」


 至極まっとうな理由だった。

 エミーナは上着とズボンをまとめ、靴下も脱ぎ、薄い下着姿になる。


 露出が増えた、というより作業前の身支度だ。

 それでも洞窟の狭さのせいか、一瞬だけ視線の置き場に困る。


 そしてエミーナはしゃがみ込むと、迷いなく土を掘り始めた。



 速い……指先と腕を使い、砂場に穴を掘るような速度で掘り進めていった。

 娘が檻の中から感心したように言った。



「おお……本格的ですね」

兎人族(ラピス)なので……本気でやれば、このくらいは」



 数分も経たないうちに、エミーナの上半身が土の中へと潜り、足の先まで見えなくなると、檻の内側へと穴が繋がった。



「これで……通れます」



 エミーナが檻の中の地面から顔を出した。



 額に汗。

 頬に土汚れ。

 下着もドロドロになっていた。

 俺は水袋と布を取り出しておき、すぐにエミーナを拭いてやる用意を整えておく。



「先に出て」



 エミーナが促すと娘は一瞬エミーナと俺を見比べてから、にやりと笑い、檻の中で意味ありげな声があがる。


「おやおや〜……お二人はこういうの、慣れてます?」

「違う」

「ただの作業です」


 二人して即答する。



「はいはい」



 穴を抜けて出てきた娘を引っ張り上げる。

 そのあと、エミーナが這い出てきたので同じように引っ張り上げた。


 どうやら掘った穴をある程度、埋め戻しながら戻ってきたようだ。

 俺は水を少しだけ手に取った。


「……失礼」


 そう言って、彼女の頭と耳についた泥を払う。

 確かにもちもちしている……と思いながら、次に額と頬の土を拭った。


 そして後ろを向かせて、下着の上からざっと背中についた泥を落とす。


「他は自分で拭くんだぞ」

「……ありがとうございます」


 エミーナは視線を逸らしたまま、小さく言った。

 娘が面白そうにそれを見ている。


「なんだか、仲間以上の感じがしますね!」

「静かに」


 エミーナが言いながら掘り始めた地点の穴を埋め始めた。


 土を戻しなるべく掘り始めた跡が分からないように整えているようだ。

 そして、その途中でふと気づいたように顔を上げた。


「……あの」

「?」

「すいません、お兄さん。あまり……見ないでください」


 一拍遅れて、言われた意味を理解する。



「ああ……悪い」


 俺は慌てて視線を外し、娘の方を見ると、広角を釣り上げて楽しそうに言いい放った。


「やっぱり、そういう感じじゃないですか〜」

「違う」



「じゃあ、これから、そういう感じになるんですね?」

「ならない」



 即答すると洞窟にかすかな笑いが落ち、緊張がほんの少しだけ緩んだ。

 俺は予備の外套を娘に被せて歩き出した。


 少し寒いだろうが、我慢してもらおう。

 人さらいの依頼はこれで成立だ。


 これは救出ではなく、人さらいという役割の引き受けなのだ。

 あとは父親が――村長がうまくやるだろう。

『助けた後で、問題になる。それでも自分は助ける』


(2039年黒いサラリーマン川柳 金賞)

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