報告書20-深夜の相談は大抵ろくなものではない
深夜、宿の部屋をノックされた。
俺が扉を開けると、予測通り先程食堂で会った村長が立っていた。
「遅い時間に、すいません」
「構いません」
小声でそう答え村長を部屋に通すが、村長は椅子に腰を下ろさなかった。
立ったまま、少し間を置く……言葉を選んでいるというより、どこまで言うべきかを測っている表情だ。
「昼に話した件ですが……」
そこで一度言葉を切った。
「依頼としては……ぜひ受領頂きたいのですが……もう一つお願いが……」
俺は何も言わず、分かっているという表情で耳を傾けた。
「このまま何もしなければ……”次”が出てしまいます」
村長の『次』という部分になんの感情も滲んでおらず、それがかえって話の重さを感じさせた。
そして俯いたままだった村長が顔を上げた。
「この村には……昔からの言い伝えがあるのです」
声は低く、淡々としていた。
「山は……定期的に村の娘を一人連れていきます。向こう10年の水の対価として妖精が連れて行くのだと、そう言われています」
この手の話は途中で正しさを挟むと壊れると思っているので、俺は口を挟まなかった。
「生贄の娘が消えれば……妖精との約束が成立した証です……」
村長ははっきりと言った。
「生贄の娘が戻らなければ山は満足し、しばらく水に困らなくなると皆が信じています」
その『皆が』という言葉に、村長が自分を含めていないことが分かる。
「……しかし娘が残っていれば、次が用意されてしまう」
つまり娘がいなくなる必要があるということか。
「だから……お願いがあります」
村長は土下座をする勢いで頭を下げた。
「盗賊に……攫われた形でも、いいのです……二度と、戻らない形でも……私の娘を……」
言葉の選び方が……具体的すぎる。
長い間、こうなることを想像していた人間のセリフだ。
「……生きていてほしい」
その一言が……ようやく親の声だった。
「この村の外でも構わない……生きてさえいれば……」
部屋に沈黙が落ちた。
エミーナは何も言わず村長から目を離さなかった。
俺はゆっくりと息を吐いた。
「娘さんはこの話を?」
「……生贄だと信じています」
村長は即答した。
「山に喰われ、捧げられる。そういうものだと教えてきました」
嘘ではないがが真実でもない。
そのラインを村長は何年も踏み続けてきたのだろう。
「冷酷だと思うでしょう」
村長は自嘲するように言った。
「次のときはこんな必要がなくなるように……村の中に直接水源を引いてこれれば、こんなこともしなくて済むようになります」
「……本人と話しても?」
それだけ告げると、村長は顔を上げないまま重く深く息を吐いた。
「……娘は昨日のうちに祭壇へ……」
**********
扉が閉まったあと、部屋にはしばらく音が戻らなかった。
エミーナがぽつりと零した。
「こつ然と消える……という選択肢を取る必要があると」
「ああ」
その行動が正しいとは言えない。
だが……正面から風習を否定するには、あまりにも長くそれで生き延びてきた。
村長は水源を村内に整備することで、次の儀式とやらを表側から潰そうとしている。
そして俺は裏側から潰す事を引き受ける立場にいる。
だからここで目を逸らすわけにはいかなかった。
村長は『盗賊に攫われた形でもいい』と言っていた。
大事なのは娘が消えていることではなく『娘が戻らない』ことだ。
普通に考えれば、以前まで生贄にされた娘たちは、この儀式を取り仕切る者によって「戻らない」ようにされていたのだろう。
それがどういう形なのかは知る由もない。
村長はその事実を知っているのだろうが。
**********
夜の山道は昼とは別の顔をしていた。
初夏とはいえここまで標高が高いと空気は冷え、夏の服装では十分に肌寒い。
しかも雨上がりもあり、湿り気を帯びた風が肌にまとわりつく。
「場所は……村の西側の外れでしたね」
エミーナの声もどこか急いでいるようだった。
「ああ。洞窟だって言ってたな」
山の上、岩場……そして夜。
そして一日以上、牢に入れられたままだ。
弱っていないはずがない……嫌な想像はいくらでも浮かぶ。
やがて見えてきたのは岩肌を削ったような洞穴で、入口の前には簡素な木柵があり、見張りなどは見受けられないようだ。
そしてその木柵の奥……。
「……いた」
これは牢というより、檻だ。
大きな丸太を組み合わせて作られた檻があった。
その奥に白い肌着だけを身につけ、横たわっている人影が見えた。
俺は声をかけようとして一瞬言葉を選んだ。
下手なことを言えば余計に不安にさせてしまう可能性がある。
ここは女性であるエミーナに頼むほうが、要らぬ誤解を生まず事が早く進むだろう。
一瞬でそんなことを考え、俺は隣のエミーナに声をかけようとしたのだが。
「こんばんはー」
先に檻の中から声がした。
やけに明るい……こんな夜にはおおよそ似合わない声だった。
『深夜の連絡は翌朝の火種』
(2039年黒いサラリーマン川柳 佳作)




