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報告書19-「直接」と、言われた瞬間、胃が痛む

 山間の村(ネーベルドルフ)に着いた日の夜、俺たちは村で唯一の宿に泊まることになった。

 建物は古いが思っていたより清潔で、山間部にある宿としては贅沢すぎるほどだった。


 そこで湯を使わせてもらい、一泊すると体調もすっかり元通りになった。

 だがそれは多すぎた分が戻ったような不思議な感覚だった。


 次の日は村の商店で食料などを買い込み、次の旅程に必要なものを揃えてからエミーナとこの先の行程について意見を出し合い修正作業を終わらせたのだった。


 そしてその夜。


 宿で簡単な食事を終えたところで、宿の女将が少し困った顔で声をかけてきた。



「お客さん……よろしいでしょうか。村長が……その、どうしてもお話をしたいと」



 嫌な予感がした。

 こういうトーンの『どうしても』はだいたい碌な話じゃない。


 一瞬逃げてしまおうかと思ったがぐっと堪えた。

 しばらくして現れたのは白髪交じりの小柄な……服装は質素だが、特に特徴もない初老の男性だった。



「お食事中失礼します。私この村の村長をしております者です……冒険者ギルドの方とお見受けしまして、お願いがあります」



 そう言って頭を下げた。

 俺は即座に返事をせず村長と視線を合わせ、先ず前提条件を確認した。




「先に確認させて頂きたいのですが……それは、冒険者ギルドに出す予定の依頼等の話でしょうか?」


「……はい」



 一瞬の間があった。


 その沈黙だけで、予想通り非常に面倒な話であるというのはわかった。

 しかしながら俺も冒険者ギルドの人間だとバレているので、とりあえず話を聞くべきだと判断した。



「なぜギルドに直接持ち込まず私へ相談を?」


 村長は苦笑いを浮かべた。


「それがギルドの支部まであまりにも遠く……」



 確かに俺たちの足でも7日……雨に降られたせいで10日掛かった。

 それを往復となると20日かかる可能性もあるし、命の危険だってある。

 しかも依頼内容によっては冒険者ギルドでは受理されない可能性もあるのだ。



 その可能性を考えると、確かに積極的にギルドへ出向いて依頼をするかどうかという判断は、依頼者にとっては難しいのだろう。


「ちなみに、どういった依頼をする予定なのですか?」


 いずれにせよ、内容も聞かずに無下に断ることはできない。


 もし俺個人で対応できることなのであれば、ボランティアとして手伝ってもいいはずだった。


 しかし意外にも村長からの『お願い』は、村の奥にある山間……水源から村へと続く水路の整備・地形調査・工事可否調査をしてほしいというものだった。



 その内容に違和感を感じつつも、返事をするには今の俺が置かれている立場について、前提条件を確認する必要があるため、村長にお待ちいただき部屋へ戻らせてもらった。



 まず、俺は冒険者ではないため、個人で依頼を受けるのは論外である。

 何かがあったときの保証がないし、迷惑をかけてしまう。



 また冒険者ギルドに提出される依頼を、冒険者ギルドを通さず受託してしまうのもアウト。普通に懲戒処分だ。



 そう分かっているからこそ俺は荷の底から書類束を取り出し、異動命令と一緒に渡された冒険者ギルド職員の規約を確認した。



 ギルド職員としての規約と業務における心構え、各役職の役割と裁量……。



「……緊急時、もしくは正規ルートが機能しない場合」



 俺は該当箇所を読み返す。

 現地判断でギルド案件として処理できる裁量……条件付きだが、確かに書いてある……。


 これはつまり白でも黒でもない……が、規約違反ではない。

 ダメとは書いていない。

 つまり問題ないと判断した。

 後で説明を求められたら、その時はその時だ。


 *****


「私個人では受けられませんが、私が冒険者ギルドとして受注処理をすることは可能です」


「本当ですか」


「ただし、私がギルドへ到着後に依頼登録となるため、冒険者などの派遣については少し先になります。それでもよろしいですか?」



 村長は深く頭を下げた。



「それで構いません」



 しかし顔を上げた村長は……覚悟をしている、という顔だ。

 明らかに話の内容と村長のテンションが釣り合っていない。


 俺はゆっくりと息を吐いた。



(……ヤバいな)



 そう思う案件ほど、放っておくともっとヤバくなる。


 村長は『水路の整備や調査』と言った。

 本当にそんな依頼であれば、手紙でも依頼できる。


 むしろ調査だけなら村人がある程度できるし、その結果を冒険者ギルドへ依頼と同時に報告し、整備だけを依頼すればいいはずだ。



 つまり……この案件には何かがある。


 俺がその場所へ調査に向かうことが必要なのだと気づいてしまったのだった。


**********


 宿の明かりが落ち、村が完全に眠りに入った頃……俺は部屋でなぜかエミーナを膝枕しながら、冒険者ギルドの規約を読んでいた。



 エミーナは小さな手帳を開き、日記をつけているようだった。

 ゆらゆらと揺れるランプの明かりが室内を照らしている。



「お兄さん、さっきの……大丈夫ですか?」


「ん? あぁ……多分、夜には本当の話を聞けるさ」



「本当の話……?」

「あれは表向きの依頼……つまり村の人が聞いても――むしろ村の人には聞き耳を立てていてほしい依頼だろうな」



 ちょうどその時、不意に控えめなノックが部屋の扉を叩いた。


 強くもなく、迷いがあるわけでもない。


 この時間に似つかわしくないほど、整った音だった。

『相談はとは同意の前払いである』


(2039年黒いサラリーマン川柳 入賞)

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