報告書13-嫌な予感が当たるのは、経験値が上がった証拠
しばらくファンタジーが続きます。
乗合馬車の終点であるネーベルドルフという街は、ギルドで話を聞いていた以上に賑やかな街だった。
街道が四方に伸び荷馬車と人の流れが絶えず、この街がハブと呼ばれる理由がすぐに分かった。
到着時刻はまだ昼にも届かない午前中だ。
俺は馬車を降りると、まず食料の補充に向かった。
干し肉、乾パンに似た保存食、塩。
次からは歩いて山越えになる。7日ほど進むと山間部に集落があり、そこで食料を手に入れることが出来ると聞いたので10日分の保存食を用意した。
保存食を売る商人は、商品の保存性の話になると急に饒舌になる。
「今の時期はいいですよ。寒さも抜けて、道も乾いてる。もうすぐ雨季がやってきますからね」
その言葉に嫌な記憶が呼び起こされた。
この世界に来てもうすぐ3ヶ月になろうとしている。
ここまでの知識と実際に体感した感覚だけの判断だが、このあたりは中欧内陸部のような季節が続いている。
もし元の世界……地球と同じと考えるのなら、春から初夏のような気候……つまり柔らかい空気に伸びる青草が広がり、旅にはちょうどいい――はずの時期だ。
問題はその後のセリフだった。
「雨季ですか? まだ早くないですか?」
「えぇ、いつもならもう少し先です。最近小雨は増えてますが、本格的に降り始めると、笑えません」
商人は肩をすくめた。
「街道はぬかるむし、川は増水する。予定はだいたい、全部崩れます」
予定が崩れる……嫌な予感しかしない。
俺はそんな気持ちを抱えたまましっかりと食料を詰め直し、装備を整えた。
そして街の外れにある乗合馬車の乗り換え場へと戻り、ここまでの馬車仲間たちと別れた。
冒険者たちはそれぞれ違う道へ、違う街への乗合馬車へと向かっていく。
「世話になったな」
「照会、忘れるなよ」
そんな言葉を交わし、同じ馬車に乗ってきた面々に手を振って別れた。
……振ったのだが。
歩き出してしばらくしても背後に足音が残っていた。
一定の距離で追いつきもしないし、離れもしない。
「……」
さすがに無視できなくなったので振り返ることにした。
「エミーナ」
「はい?」
街道の先にはなだらかな丘と、これから青くなる森が見える。
徒歩移動には悪くない景色で、行ったことはないが欧州ガイドブックで見かける景色のようだ。
「そういえば目的地を聞いてなかったなと」
「聞かれるまで、言う必要はないかと思ってました。えへ」
俺がそう言うと彼女は少しだけ首を傾げた。
相変わらずだ。
「で、どこなんだ?」
「お兄さんと同じですよ?」
「……偶然か?」
「たぶん、必然です」
少し考えてからそう言ったが、それ以上の説明はなかった。
よく見れば、背負がパンパンに膨らんでおり俺と同じく山越えの食料を買い込んだのだろう。
俺の後ろを黒い兎耳をぴょこぴょこ跳ねさせながらついてくるのを見ながら、地図の上で次の街までの距離を思い出す。
ここからは徒歩での山越えだ。
日数はそれなりにかかる。
雨季が来る前に着ければいいが。
「しばらく二人旅……か」
「2人っきりですね! 嫌ですか?」
「今さらだ。ほら荷物重いだろう。少し俺の背負に入れると良い」
彼女はとても楽しそうで、ピクニックに出発する前の子供のようだった。
この世界の季節は穏やかに移り変わるはずだが、穏やかな時期ほど油断すると足を取られる。
春から初夏。
その次にやってくるものを思い浮かべながら、俺たちは歩き出した。
**********
街道を離れて山道に入ると、道は一気に細くなった。
足元は踏み固められてはいるが、ところどころ土が柔らかいのが気になる。
「ぬかるむには、まだ早いだろ……」
歩きながらそう言うと、エミーナは一瞬こちらを見てすぐに視線を前に戻した。
「雨季にはまだ入ってないかと」
エミーナは即答したが視線は足元ではなく、少し先の斜面に向いていた。
なぜか道の脇に小さな水溜まりがあったのだ。
昨夜あった小雨の名残にしてはおかしく思える……少なくとも斜面にあのレベルの水が溜まるのはおかしい。
「この辺りって最近降ったのかな?」
「まとまった雨は10日以上降っていないって聞きました」
今までの明るい口調ではなく、とても落ち着いた学者のような声だった。
ここまで約7日間ほど一緒にいたが、エミーナは普段活発な女の子という感じなのに、たまにこうやって学者のような視線や落ち着いた話し方になることがある。
ともあれ、やはり街道の様子は雨季でもないのに少し変だ。
辺りを観察しながら進むと倒木が一本、道を半分塞いでいた。
腐ってないし風で倒れたにしては根元の土が不自然に抉れていた。
「……早いですね」
倒木を観察しているとエミーナが小さく呟いた。
「何が?」
「たぶんもうすぐ雨季が始まる兆候ですね」
その言葉に二人で立ち止まり、詳しく周囲を見回してみる。
「やっぱり、地面が水を持ち過ぎてる状態です」
そのセリフは少し詩的な言い方だったが意味は分かった。
つまり地面が乾ききる前に次の雨が降り、内側だけが緩み始めている。
「雨が直接的な原因での被害じゃくて、水を溜め過ぎた地面の方が壊れ始める、ということか」
「……よく分かりますね。さすがギルド職員ですね」
「昔、聞いた覚えがあるだけだよ」
土の部分を歩いてみると靴底にわずかな重さを感じる。
踏み抜くほどではないが、引き抜くときに一拍遅れる。
「嫌な季節だな」
「ほんとそうですね」
エミーナは少し間を置いてから続けた。
「雨季は事故が増えるんですけど、本当に危ないのはその前の時期なんです」
「その理由は?」
「みんなまだ油断しているから」
率直な答えだった。
道端に積まれた石の目印がいくつか崩れているのも見かけた。
獣の仕業にしては雑で、人の手で崩された感じでもない。
「これは……街道の管理が追いついていない感じだな」
「雨季前は直しても無駄だと思われがちです。どうせまた崩れるから」
すぐに駄目になるから、なかなか対応がなされない。
でも使われ続ける。
嫌な組み合わせの言葉だなと思いながら空を見上げると、雲は高く薄い。
今すぐ雨が降る気配はないが、空気は少し重い。
「予定……ずれるよな……」
「ずれますね」
やはり即答だ。俺もそう思う。
「雨が降らなくても、人は雨をやり過ごすために動かなくなります」
雨季前というのは天候の問題ではなく判断が鈍る季節なのだ。
歩く速度を少し落とすことにした。
いまそこまで急ぐ理由はなく、急いでしまうと足元を見る時間が減る。
そのことに気づいたのか、エミーナも歩調を合わせてきた。
雨はまだ降っていないが、エミーナが言うように雨季がやってくる兆候は揃っていた。
嫌な予感というのはだいたい当たるものだ。
外れる時は準備しすぎた時だけだろう。
そういう悪いタイミングで俺たちは山越えの街道に突入していた。
『嫌な予感がした時点で、もう結果は出ている。
あとは誰がそれを引き受けるかが未定なだけ』
引用
助からなかったが、案件は完了した1
~無事で済めば、それは運がよかっただけ~
(著:宇佐木九郎)




