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報告書09-左遷と栄転の違い

 結局、査問委員会の場では結論は出ず、正式な判断は後日という形で査問委員会は散会した。

 そして数日待って、結果だけが淡々と通達されたのは第6星環3周5日目のことだった。

 査問委員会からちょうど7日だった。



 通達によりギルド支部長は本部付として、ヒルトレア支部を離れることとなった。

 表向きは栄転だが実質は現場からの隔離である。

 あの人らしいと言えば、あの人らしい終わり方だった。




 もちろん俺も無傷というわけにはいかなかった。

 責任の一端を負わないというのはさすがに外聞が悪い。


 結果として俺は左遷という処分になった。

 もっとも行き先については正直に言えば面食らった。



 この国で第二の規模を誇るハンブレクスという都市にあるギルド。

 しかも配属先がハンブレクスにある支部ではなく、ハンブレクス冒険者ギルド本部となっていた。



 肩書きは「人事調整監察官」。

 聞いたことのない肩書だったが、おそらく読んで字の通り、ギルド内の人事関連のゴタゴタをいい感じに調整するための立場だろうと容易に想像できる。




 どう考えても、栄転だった。




 おそらくこれもミレイの親から、横槍が入ったのだろうと推測する。

 貴族の力というのはこういう時にだけやけに分かりやすく働くものだ。


 ありがたくも着任日は80日も先とされていた。

 現地での住処は自分で用意しなければならない。


 引っ越しに伴う交通費、つまり旅費はギルド持ち。

 食費の立替精算は出来ないらしいが宿代は精算ができるそうだ。



 それに加え、ありがたいことにクロノ男爵から少なくはない金子が送られてきた。ここまでの貯金と合わせれば、多少の贅沢も許される資金だった。


 旅に便利な――戦いに仕えるような魔道具がこの世界には存在しているが、流石にそういったものを購入出来るほどの余裕はない。あれは貴族以上の限られた一握りの人種の持ち物だ。


 魔法というものも試してみる機会を作ればよかった。

 もし俺自身が魔法を使えるなら――火を起こしたり、水を確保したりと、旅のハードルが確実に数段下がるはずである。

 しかし無いものをねだっても仕方がない。

 次の仕事先で落ち着いたらまた改めてて検討することにしよう。




 旅程をざっくり説明すると、ここミュンセオンから北へ乗合馬車と徒歩で約30日。

 運が悪ければ40日ほどかかる距離だそうだ。

 街道がしっかり整備されているため、そこまで危険な旅程ではないらしい。


 この世界に来てから街を離れるのはこれが初めてだ。

 しかも1ヶ月にも及ぶ一人旅。



 まだこの世界の常識も魔獣や魔族など『人が襲われる存在』に関する知識も、頭では理解していても実感が伴っていない。



 ならばできることは一つ。

 情報を集められるだけ集める。


 それがそのまま安全につながるのだ。

 俺はそう考え、まずは職場である冒険者ギルドに向かい、資料をあさり、同僚から話を聞き、顔なじみの冒険者にも声をかけた。


「世話になったし護衛を付けるなら、引き受けるが?」


 報酬次第だがまけとくぞ、と言われて少し考えたが結局は断った。



 基本は乗合馬車と整備された街道を進むだけだ。

 街道を外れなければ、危険は少ない。

 それに……1人で旅をしてみたいという気持ちもあった。


**********


 集めた話や情報を統合してしっかりと情報などを纏めてみると、ハンブレクスまでは途中に山越えがあり馬車と徒歩が半々ぐらいらしい。1日の移動距離を控えめに見積もるとして、700キロから遠くても900キロぐらいではないだろうか。



 感覚としては東京から大阪を越えて、更に西に向かうぐらいだ。



 江戸時代、ある程度舗装された街道と宿場が整っていた江戸から大坂間が徒歩で約15日から20日ほどと聞いたことがある。



 そう考えると山越えや天候による足止めが前提で30日から40日という話は妥当なところだろう。

 問題は俺の体力が持つかどうか、だが。




  身の回りに関しても、今の俺は最低限の荷物しか持っていないため、手荷物についても揃えなければならない。


 手元にのはギルドの支給品である蝋を引いた外套やギルド支給の半長靴や腰帯、ギルド職員である身分証明書。


 それに、ミュンセオン冒険者ギルド本部長の署名が入った任命書。

 これは次の異動先に提出する俺自身の辞令であり、同時に国内を移動するための通行手形のようなものだ。



 外套はすこし重いがビニールなんて便利なものがないこのご時世、仕方がない。

 野宿の時はくるまって寝るためコレぐらい分厚いほうがかえって寝やすいかも知れない。



**********



 俺はまずはよろず屋の店主であるエミーナに相談することにした。


 彼女は見た目こそ若いが、この店で長年冒険者相手に商売をしているため、助言を乞うにはちょうどいい相手だった。


 俺はエミーナに出発時期と、どのルートで向かうのかを伝え、背負い鞄と肩掛け、水袋、手ぬぐい、それに火打ち石のセットを揃えた。


 その後、乾物屋で携行食を念の為に3日分。

 さらにギルド職員の実家でもある武器屋にも立ち寄り、これも念の為ではあるが、肉厚のナイフと小刀、ついでに杖を購入した。


 その後、カトラリーや小物などをせっせと買い集めたのだった。



**********



「先輩!」

「せんぱーい!」


 その声を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていたものがスッと抜けた気がした。

 ミレイとリーナが並んで立っている。


 二人ともちゃんと自分の足で立っていて怪我の様子も見えない。

 ――ああ、よかった。


 理屈じゃない。

 姿を見て声を聞いて、ようやく実感として安心できた。


 事件の日、俺が気絶してしまったあと2人は無事に保護されたと聞いていた。

 だがそれはあくまで報告書の上の話でしかなかった。


 俺自身は目を覚ました直後から査問委員会への出席やら、事件後の後始末やらに追われ身動きが取れなかった。


 ミレイとリーナのほうも検査と治療のため自宅療養と聞いており、直接顔を合わせることは叶わなかったのだ。



 あの日から10日間。



 クロノ男爵家の家令から正式な招待を受け、こうして屋敷を訪ねて、ようやく無事に再会できたのだ。



「その……ありがとうございました」



 ミレイが少しだけ視線を伏せて言い、リーナもその隣で小さく頭を下げた。

 その言葉に中に込められている感情は、十分すぎるほど伝わってきた。


 結局、犯人は御者の男だった。

 ミレイが冒険者ギルドへの就職を決めたタイミングで雇われた人間だという。



 身元は確認されていたし経歴にも不審な点はなく、背後関係も洗われたそうだ。

 それでも――事件は起きた。



 どれだけマニュアル通りに手順を踏み、二重三重のチェックを重ねても『起きるときは起きる』のが現場というものだ。



 それを嫌というほど思い知らされた結果だった。

 俺は二人の顔を改めて見た。こうして笑って立っているだけで十分だ。


「……まずは二人とも無事でよかった」

「……先輩も、無事でよかったです」


 最初にそう口を開いたのはリーナだった。


「助けに来てくれて……正直、すごく嬉しかったです」


 その隣でリーナが大きく頷いた。

 感情の出方は相変わらず分かりやすいが、目は逸らしていない。



「うん。ほんとうに。だから、その……」



 リーナは一瞬言葉を詰まらせ、耳をぴんと立てたまま意を決したように続けた。




「あの時のあられもない姿は……忘れてください!」




 そこか、と思ったが口には出さない。

 まだまだ小学生の年齢であっても立派なレディで、俺の職場における若手だ。


「あれは忘れる」


 冗談を言う理由もないので俺は即答した。


「あれは業務上の事故だ。記録にも残らない」

「ほ、ほんとですか?」


 二人とも、目に見えて肩の力を抜いた。

 そこまで気にしていたのかと思うが、物事に対して気にするポイントは人それぞれだ。ともあれ張り詰めていたものがようやく解けたのだろう。


「よかったです……検査も終わりましたし、医師からも復帰して問題ないと言われています」


 姿勢は真っ直ぐで声も落ち着いている。

 焦りはあるが逃げの色はない。新人としては十分すぎるほどだ。


「あぁ。二人の復帰についてはギルド側と調整するが、焦る必要はないぞ」

「……でも」


 ミレイが何か言いかけて口を閉じた。

 これはミレイは事情を知っているなと思いながらも、俺はそう告げる。


「実は、この支部を離れることになった」

「……え?」



 ミレイは俯いたまま何も言わなかったが、リーナは一拍遅れて言葉を失った。



「査問委員会の結論だ。今回の件について、俺の行動は問題なしとされたが、現場での裁量が大きすぎるという理由で配置換えが決まった」


「それって……」


 リーナが、慎重に言葉を選ぶ。


「左遷……ってことですか?」

「表現としてはそう聞こえるだろうな」



 否定はしないが、伝えるべきことはきちんと伝えておこうと思う。



「実態は違う。今回は罰じゃなく、むしろ評価された結果だな」


「……評価、ですか」

「ああ」


「このままだと、また同じことが起こる。そう判断されたというだけだ」


 ミレイが唇を噛む。自分たちの存在を重ねているのが分かる。


「……私たちのせいですよね」

「違う。責任は俺。そして冒険者ギルドという組織はそれを理解してくれた。だから『これで切る』ではなく『より良く使う』を選んだ結果だ」



 二人は黙って聞いている。

 感情ではなくきちんと判断として受け止めようとしている顔だ。



「組織で仕事をする以上、評価は結果だけで決まらないし、もちろん評価者の気持ちだけで決まるものでもない」


 俺は教育担当として意識して声を落として伝える。


「どう動いたか。誰が動いたか。何が起きたか。それらを全部見た上で己の次が決められる。どこに置かれるか、どう評価されるか」



 リーナが、ゆっくりと頷いた。



「……先輩らしい考え方です」

「そうか」


 ミレイが、こちらを見上げる。


「……また、一緒に働けますか?」

「働ける。必要になれば戻る。もしくは――」


 少しだけ間を置く。


「二人が俺を支部に呼べる立場になったらだな」


 二人は顔を見合わせ、今度は迷いなく強く頷いた。


「それまでに私たち、ちゃんと強くなります」

「判断も、対応も」


「次は先輩が無茶をしなくていいように」

「無茶はできる立場の人間がやるものだ。だから二人はまず『無茶をしない現場』を作れ」



 左遷か、栄転か。

 呼び名は重要じゃない。


 重要なのは、この二人が問題なく前を向けたことだ。

 教育担当として、それ以上の成果はない。


『栄転はスポットライト。

 左遷は非常灯。

 どちらも逃げ道はない』


引用

ビジネスマンが『もうダメだ』と思ったときに開く本3

~あなたが壊れても、組織は通常運転です~

(著:宇佐木九郎)

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