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報告書08(補足)-エミーナ・アイゼンが見た男

 あの日の朝のことは今でもはっきり覚えている。


 あの朝、店の前――正確には冒険者ギルド前の通りがいきなり光った。

 音もなくスッと光って、空間が一瞬ずれたように見えた。


 私はちょうど店の開店準備で外に出たところで、何かを感じて反射的に顔を上げると、その光景を目撃したという感じだった。



 ……もしかして、また?



 正直、最初に浮かんだのはその程度の感想だった。



 理由については言葉にできないけれど、つまりよく似た出来事に見覚えがあったからそう思った。



 けれど、予想に反して光が消えたあとに現れたのは一人の男だった。



 しかも、普通にギルド軒下の石畳に寝ていた。

 特別な服装でもなければ危なそうな気配をまとっているわけでもない。



 目を覚ました男は落ち着いた視線で周囲を見回し『突然知らない所に居た』というような顔をしていた。



 少なくとも変わっている。



 普通の人は目が覚めた所が見知らぬ場所――この場合、違う国である可能性すらある場所に放り出されて、あそこまで冷静に状況を分析できないし、内心ではパニックになる。




 神さまの使者や英雄の生まれ変わりという感じもしない。

 そういう存在なら、出現した瞬間に誰かが気づくはずだ。



 けれど、あの男は違った。

 少なくとも見た目や雰囲気はただの普通の男性のようだ。



 大国や大貴族がスパイを魔道具を使って送り込んできた、という可能性が一番高い――そんな単純なシナリオに思い至った私は、ひとまず警戒を緩めた。


 でもすぐに目を離す気にはなれなかった。




 彼は歩き出すと通りにいる人に片っ端から声をかけ始めた。


 商人にも、冒険者にも、子どもにも、門番にも。

 少し話して、頷いて、礼を言って、また次。


 情報を集めているようで、問い詰めている感じはない。

 妙な動きだなと遠くから観察しながら思った。




 潜入捜査にしては慎重さが足りないし、ただの迷子にしては観察の仕方が落ち着きすぎている。


 しばらくするとなぜか冒険者ギルドに入っていった。

 これ以上私が深入りする必要はないと思う。

 そういう「説明のつかない人」自体は珍しくないと私は思っている。


 だからよく観察して、その対象が神の使徒でもスパイでもなさそうなら、ただの一般人もしくはそれに近い何かだろう――そう結論づけて、私は気にするのをやめることにした。


**********


 だからこそ夕方にその男が再び通りに現れたとき、私は一瞬目を疑った。


 ギルド職員の服を着ていたのだ。

 半日も経たないうちに、なぜか職を得ている。


 早すぎるし、自然すぎる。

 自然すぎて、かえって何かがおかしい。


 けれどその男は私の警戒心を裏切るように、今度は普通に店に入ってきた。




 部屋着や文房具、保存食といった実用品を選び、値段を尋ねられた。

 私が値段を伝えると、少し考えてから、


「それでお願いします」


 と言っただけだった。


 値切らない。

 威圧しない。

 こちらの反応を探るような視線もない。

 ただの人だけど、変な人確定だ。




 次の日も来た。



 その次の日も。



 気づけば毎日のように仕事が終わった後に顔を出すようになっていた。

 店を覗くだけの日もあれば、何か買っていく日もある。

 けれど買うものはどれも地味で普通なものばかりだ。



 簡単な武器にすら手を伸ばさないし、強い興味も示さない。



 ……いや、ちらちらと見ていたから、興味はあったのかもしれない。

 でもそのお兄さんは、商品よりも人を見ていることのほうが多かった気がする。



 私だけでなく他の客――冒険者や街の人たちの立ち位置や動き、外の通りの流れ。



 そして自分が今どこで、何をしているのかを、常に確認しているような目だった。

 ああいう目をしている人は、だいたい長く生きる。



 商人の……うん。商人の勘。



 逆に言えばああいう目をするようになった人は、何かを越えてきている。



 だから――だからこそ。



 お兄さんがすごい形相で店に飛び込んできたとき、私は何も聞く前に迷わずアレを放り投げるようにして渡した。




 昔使っていて、余っていたもの。




 この国に来るときに持ってきた荷物に紛れ込んでいた荷物。

 遺跡発掘に使うための魔道具だ。




 一般人が持つにはかなり過激で少し危険な代物だけど、禁制品じゃないし大丈夫でしょう。

 あとで理由を聞かれたから『たまたま在庫があったから』と答えるつもりだ。



 でも本当は違う。



 私は明確にお兄さんのことをを調べる必要があると判断していた。

 私が調べるべき対象はきっとこの人だ。

 理由はない――理由はないがそう感じてしまったので仕方がない。



 だから、だからこそ何か武器になるものを渡さないといけないと思ったから渡したのだ。


 お兄さんがこのあとどう変わっていくのか。

 どこまで行くのか。


 正直、自分でも驚くくらい気になっている。

 今日も店を開けながら通りを眺める。


 ただ――

 お兄さんが何も知らない顔で、正しいことをしているうちは、私はお兄さんを観察したいと考えてしまっている。



 理由はまだ言葉にできないけれど。

 お兄さんの行き先を、見てみたい。



 私が取引に使えるものは、自分自身しかない。

 それでお兄さんは満足してくれるだろうか。

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