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Dawn of the Bum

 世界はクソだ。

 それは古いものが綺麗に、新しくなる度に思い知らされる。

 例えば新宿西口地下の段ボール迷宮が無くなった時とか、渋谷の宮下公園が無くなった時とか。

 饐えた体臭、糞尿、埃、酒、煙草、洗っていない犬の臭いが段ボール迷宮に描かれていて、その極彩色の段ボール壁画と相まって異世界の様相を呈していた。

 それは美しいものでは無かったし、安全でも無かった。保存するべきでもなかったし、保護だってそうだ。


 新宿や渋谷の迷宮が崩壊した後、彼らがどこに行ったかは知らない。

 どの駅からも、どの駅の階段からも、どの公園からも、乞食は消えた。

 台頭した個人主義がそれぞれの裏庭を拡大した結果、彼らの領域が狭くなっただけに過ぎない。

 スーパーに肉とか魚が並んでるのと同じ理由だ。誰もその過程を見たくない、それだけだ。


 世界はクソだ。

 灰塵回収車に乗った作業着の男が、飲食店のバックヤードから廃棄物の詰まったゴミ袋をパッカーの中に投げ込んだ。

 そして再び飲食店の傍にある集積所へと走った隙を突いて、乞食が猛然とパッカーに走り寄って鉄の爪に回収されるより早くその廃棄物を持ち去って行った。

 袋からは水が滴っていた。


 都市型の採集生活は厳しくなった。

 飲食店の出す廃棄物は水をかけられてしまうか、カプサイシンを混ぜられるかしてしまう。

 それでも乞食はそれを喰うしかない。

 世界はクソだ。

 それも結局は個人主義が伸ばした裏庭のせいだ。世界が綺麗であって欲しいと言う願いのせいだ。

 新宿や渋谷の迷宮が無くなって生活は快適になった。

 それは誰の願いだ?

 みんなだ。おれたちの願いだ。

 自分ではやりたくない事を行政がやってくれた。税金万歳。納税最高。

 そしてその為に労働がある。


 昼休みになり、職場の近くにある食堂に向かった。

 センター街も綺麗になった。

 チンピラ薬剤師も偽造品売りのジンガイも居なくなった。

 ビルの隙間にある小さな神社に住んでいた老婆も再開発に伴って姿を消した。

 結局はそうやっておれたちの綺麗な裏庭が広がれば、彼らは追いやられる。


「そんなに心配なら家にあげてやれよ」

 同僚のカトーが笑った。

「冗談じゃねぇよ」

 限定30食のチキン南蛮定食を食いながら言い返す。

 窓の外をオカメインコの様な化粧をした中年女の乞食が歩く。

 伸びた裏庭から追い出された一人だ。

「心配か?」

「冗談じゃねぇよ」

 定食屋の会員証を提示すれば無料サービスになる烏龍茶を飲み干してコップを置く。

 惨めな労働者たちの小さな救い。


 冷たい烏龍茶を飲みながら、おれの人生はこんなはずじゃなかったと思う。

 いや、そんなことは無い。

 こう言うもんだ。

 乞食たちだってそう思ってるだろう。こんなはずじゃなかった、と。

 乞食たちにもその人生──それが例え、絶望と言う深夜の暗い海に向かう突堤であれ──に幸福と呼べる瞬間は少なからず存在していたはずだ。

 そしてその瞬間だけは真実であると言える。

 だからその生命に価値はあったはずだ。


 本質的にはおれと乞食たちに違いは無い。

 ──それは精神的なダークツーリズムだ。下らない憐憫と鬱屈を砂糖と生クリームで飾った下品な感情だ。

 死ね、自分にそう言い聞かせながら伝票に書かれた数字を眺めた。


 午後も労働は続く。

 税金万歳。納税最高。

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