in経堂駅1999
カラスが鳴いた。
乾いたその鳴き声は朝のホームを滑るみたいにして転がっていく。
おれは中学生になり、スーパー写真塾だとか熱烈投稿に夢中となった。
部活にも精を出した。ここは笑いどころだ。
そして乗合の電車と言う社会にも触れたし、その過程で乞食と言う存在にすっかり慣れた。
慣れたと言うのはその存在にかつて母親といた時に、地下鉄の階段で乞食を見た時のような新鮮さを感じなくなり、あの時の母親と同じく乞食に対する嫌悪感を抱くに至ったと言うだけの話だ。
それを成長だとか人生と言うのかは分からない。
裏切られた青年はどちらなのだろうか。
その過程、モラトリアムの影はまだ伸びていると言うのか。
光の射す方を向く。
それはつまり過去だ。
おれたちは暗い方向に向かって歩く。
電車が入線する。
幾人かが降りておれたちが乗り込む。乞食がホームのゴミ箱を覗いて舌打ちをした。
おれはそれを横目に電車の網棚に素早く目を走らせる。
週間マンガ雑誌の最新号があった。
おれが手を伸ばすと
「それは俺のだ」
と怒声が聞こえた。
いつの間にか乞食が目の前に立っていた。
言い掛かりだ。これはお前が買ったもんじゃないし、おれが買ったもんでもない。
奪い合いだ。
おれたちは言うなれば敵だ。
いや、こちらは趣味であるのに対して向こうは生活がかかっている。
こちらが一方的に邪魔な存在である事は間違いない。それは向こうの言い分だが。
「何を見てやがるんだ」
電車の中でホームレスは怒鳴った。
低い声だった。
その声には親の金で学校に通っている社会の何たるかめ知らない分際で、お前の三倍以上は生きてる人間を虚仮にするのかと言う怒気が込められていた。
「それはお前のものじゃねぇんだよ」
そう言って網棚から素早くマンガ雑誌をさらって行った。
通勤のサラリーマンたちや知らない学校の生徒たちがおれらを見ていた。
居た堪れなくなって電車を降りた。
別に奪われたマンガ雑誌が惜しかった訳ではない。そんなものは本屋で立ち読みすれば済む話だ。
だがあの乞食にとっては生活の糧、都市型採集生活としての狩猟であり、縄張りという領域での闘争だった。
ぼんやりと乞食を乗せた電車が出た駅の石畳に撒き散らされた吐瀉物を、真っ黒なカラスが啄むのを見ていた。
カラスが鳴いて世界が朝の光に包まれた。




