2019-2023
換気なんてものはまだ発明されていない、そう言わんばかりに空気の悪いバスは当然サスペンションも伸び切っていた。
煙草、マリファナ、酒。あとは知らない香辛料と洗ってない獣の臭いが充満したバスが旧新首都高に乗った。
おれは相変わらず隣に座った女の乳首の色について考ええいたが、どうせ白い血のオモチャだと思うとどうでもよくなった。
それに女のTバックに催眠効果でもあったのだろうか、気がつくと闇バスは旧第八常磐道のネオ守谷SAに停まっていた。
眠っていたらしい。
既に隣に女の姿は無く、おれは慌てて荷物を確認したが何かを盗まれた形跡は無かった。
ゴミ捨て場みたいな通路を歩き、運転席に座る男にまだ休憩するのかと訊いたが返事は無かった。
英語で訊いても返事は無く、カタコトのスペイン語で訊くと酷いインド訛りのスペイン語で
「うるせぇな、落ち着けよ。いまは休憩してんだ、煙草をやる時間くらい大丈夫だ」
と言った。
「運転手じゃなけりゃ射殺してるところだ」
日本語で言うと運転手が中指を立てたのでへし折ってバスを降りた。
ネオ守谷SAの空気は東京よりいくぶんマシだが、外周の柵にそって不法移民たちがスラムを形成しつつあった。
隣にいた女もあそこに消えたんだろうか。
ションベンをしにバスの裏手に回ると、幾人かの男たちが車座になって屯しているのが見えた。
「煙草ある?」
日本語でそう訊くと、リーダーらしき男が
「ションベンしに来たんだろ、それが済んだら売ってやる」
と品のない英語で返してきた。
「バカ言え。ションベンは煙草吸いながらだってできるだろ」
ポケットのジャラ銭を渡して相場より幾ぶん高い煙草を一本買った。
皺のない紙で巻かれた煙草はギッシリと詰まっていて手触りが良い。火をつけてもバチバチと爆ぜる音がしない。
「本物か、これ」
久しぶりに旨いと思える煙を吐いた。
「闇タバコなんか肺も脳もダメにするぜ」
リーダーの男は笑った。
フィルターの根本まで煙草を堪能してから車内に戻ると、先ほどの車座に混じっていた男のひとりが隣に座った。
射殺してやろうかと思った。
「久しぶりの真煙草に免じて許してやる」
おれが男も見ずに言うと、男は洗ってない犬みたいな臭いがする声を出した。
「リーダーの煙草、旨かったろ」
「あぁ、お陰様で久しぶりに」
「もしよかったら連絡してこいよ」
男は手書きの連絡先を書いて寄越した。
クソが。
さっき買った真煙草はボられているのを知った上で値切らなかったから、良いカモでも見つけたと思ったのか?
「気が向いたらな」
適当に愛想を言って追い払おうかと思ったが、隣に座った男は「そう邪険にするなよ」と居座って何かを話し始めた。
何か、と言うのはその内容がいまいち分からない事ばかりだったからだ。
ネオ日本プロレスがどうの、旧日本相撲協会がどうのと独りで喋っていた。
適度に相槌を打ちながら、クソ以下の闇バスが新々勿来インターチェンジで新第三常磐道を降りて行く景色を眺めていた。
おれが身支度を始めると、洗ってない犬臭い男が笑った。
「降りるのか?ここがおまえの実家か」
「帰る家なんかねぇよ」
笑って手を振ったが、それで良かったのだと思う。
バスを降りたのはおれだけだった。停車場に人気は無い。
山沿いに吹き付ける潮風は錆びついた工場の煤けた臭いが混じっていた。




