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1990-2010

 何時だろうと朝は眠いし、空までの距離がどう変わろうと、曇天と言うのは人をうんざりした気分にさせる。

 目覚まし代わりの光化学スモッグ警報に目をこすりながら、昨日の疲れを勢いのないシャワーで洗い流す。

「昨日?おれは昨日なにをしてた?」

 覚えていないし、昨日に意味は無い。今日もそうやって始まる。昨日みたいに。


 錆の浮いた遊歩道は産まれた時から工事中で、たぶんおれが死んだ後も終わる事が無いだろう。

 世界は拡張も停滞もやめてしまった。同じところをぐるぐると回っているだけだ。

 官営自販機の缶コーヒーはやたら酸味が強く、味の安定しない闇タバコが神経を逆撫でする。

 舌打ちをして火が付いたままの吸い殻を指で弾くと、くるくると煙を回しながら四半世紀前に廃棄された第五丸ノ内区画に向かって落ちていった。


「勿体ねぇことしやがる」

 声の方を振り向くと壁際にうずくまっていた国籍不明のホームレスが小さな声で「捨てるならよこせよ」と言うようなことを言った。

 おれもいつかああなるのか。

 こんなはずじゃなかったとすら思わなくなるのか。

「やるよ」

 残った闇タバコをそいつに放り投げたが、ホームレスは鼻を鳴らして顎をしゃくっただけだった。

 腹が立ったので射殺した。

 粗悪なサイレンサーは音の後ろ半分を盛大に鳴らしたが、誰もこちらに興味を持たなかった。


 手配師から受けた仕事は地方の現場だった。

 シン東京駅の修正八重洲口第八高速バス乗り場で乗客の列に並んで立っていると、素肌にツイードスーツの上下を来た女がクリップボードを持って並ぶ乗客たちに何かを訊いて回っていた。

 おれは女の視線誘導に従って夢を見る。

 女の素肌なんて最後に触れたのはいつだったか思い出せない。

 早くも闇タバコを棄てたことを後悔しながら檳榔を噛む。


 クリップボードの女が目の前に立って訊いた。

「お時間よろしいでしょうか」

 おれは女の谷間から顔に目を移す。左右対称の顔面は流行りの造形をしている。

「檳榔なら間に合ってるぜ」

「いえ、簡単なアンケートです」

 女は出版社の名刺を出して説明を始めた。

「現在、これだけ情報が溢れている世の中で市井の皆様がどの様な情報をお持ちでそこにどうやってアクセスしているかをお聞きしています」


 たしかに女のクリップボードにはそれらしい質問が書き連ねられた紙が挟まれていた。

「いくらだ?」

 なんならアンタの身体でもいい。

 そう言いかけてやめた。もうセックスの仕方なんか覚えてなかった。

 女が提示した取っ払いの報酬で買える酒とメシと檳榔の数を計算しながら質問の欄を埋めていく。

 経済関連、スポーツ、最新の皇室動向。


「よくご存知ですね」

 女はおれの記入を見ながら小声でコメントを挟む。

「そりゃそうだ、リモコンが壊れて消さなくなったテレビから四六時中タレ流されてるニュースを見てるからな」

 おれの答えに女が曖昧に微笑む。

「ここは?」

 個人情報の欄を指で叩きながら訊く。

「お客さまにお任せしております」

 追加で報酬や景品でも当たるのかな、そう笑うと女も少し笑って

「そうかも知れまん」

 と答えた。


 笑った女の眼球にバーコードを認めたので、何も無いことを悟り幼い頃に住んでいた旧新豪徳寺の住所と電話番号を書いた。

「いまはない住所と電話番号ですね」

 案の定、記入した側から女が言う。

「やかましいわ」

 粗悪なサイレンサーは再び音の後ろ半分を盛大に漏らしながら派手な音で鳴いた。

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