第6話「王都への道、裁きの予告」
王都への街道は、思った以上に荒れていた。疫病の噂により、往来は減り、宿場の店は戸を閉ざしている。馬の蹄の音だけが乾いた大地に響いた。
殿下は馬車に揺られながらも、背をまっすぐに保っていた。熱は引き、顔色も戻ってきている。けれどまだ完治ではない。わたくしは窓越しに彼の様子を見守りながら、薬草袋を抱き締めた。
「王都に着けば、わたしの立場は問われるでしょうね」
口に出すと、レオンが手綱を引きながら振り返った。
「問われる? むしろ示す時だ。お前が救った命を、王都の真ん中で突きつければいい」
「けれど、婚約破棄された令嬢に耳を貸すかどうか……」
言葉を濁すと、殿下が低い声で遮った。
「私が証人だ。王家の血が、この目で見た真実を語る。誰が否定できよう」
短い沈黙のあと、わたくしはわずかに笑った。
「心強いですわ、殿下」
日が傾く頃、隊列は小さな宿場町に入った。だが町は病を恐れて人影も少なく、唯一開いていた宿の主は震えながら言った。
「……“薬草師”というのは、本当か? 村で疫病を止めたと……」
「止めたのではありません。封じ、遅らせ、命を繋いだだけですわ」
わたくしの答えに、主はしばらく黙し、やがて深く頭を下げた。
「……どうか、うちの子も見てください。熱が三日続いて」
その瞳に、かつて王都で浴びた“嘲笑”とは正反対の光を見た。恐れと希望が入り混じった必死の色。
「もちろんです。布と清潔な水、火を貸してください」
鍋に火をかけ、補水液を作りながら、わたくしは小さく息を吐いた。
――ここでもまた、草と鍋が役に立つ。王都の裁きより、この瞬間こそ真実だ。
夜更け。宿の一室で、レオンが剣の手入れをしていた。焚き火の赤が刃に映え、彼の横顔を照らす。
「……レオン。あなたは、ただの護衛ではないのでしょう?」
問いかけると、レオンの手が止まる。沈黙が少し続いたのち、低い声が落ちた。
「……俺は王都近衛の一員だ。王弟殿下の密命を受けて、君を見張っていた」
やはり――と胸の奥で納得が広がる。
「見張り、というより……今は助けてくださっているように思えますが?」
レオンは刃を鞘に納め、わずかに笑った。
「最初は“危うい娘”と聞かされていた。だが違った。危ういのは、王都の方だ」
その言葉に、わたくしは思わず息を呑んだ。
翌朝。王都からの使者が、羊皮紙を携えて馬車に近づいてきた。
「リリアーナ・フォン・グレイス。王都に入れば、公開の場にて“婚約破棄の真偽と、功罪”を裁く審問が行われる。覚悟しておけ」
民衆の前で裁き……つまり見世物。王太子にとっては“ざまぁ”の舞台のつもりだろう。
けれど、わたくしの胸に恐れはなかった。
「ならば望むところですわ。――真実を語る場があるのなら」
殿下が窓越しに告げる。
「その場には私も立つ。君を嘲笑した王都が、どれほど愚かだったか――必ず示そう」
街道の先に、王都の尖塔が霞の向こうに見え始めた。
わたくしは薬草袋を抱き締め、深く息を吸った。
――裁きの舞台こそ、薬草令嬢の本当の“逆転”の始まり。




