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婚約破棄された悪役令嬢ですが、薬草で領地改革します!  作者: しげみち みり


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第24話「影の反撃、火を継ぐ声」

 公開審問の翌日。

 王都は一見、落ち着きを取り戻していた。

 広場の〈民閲板〉には新しい札が貼られ、鍋場では子どもが匙を振り、大人たちは布を畳んでいた。

 ――だが、空気は乾いていた。

 風の中に、焦げる前の油の匂いが混じっている。

 影は、諦めていない。


 夕刻。

 園の畝を見回っていた時、レオンが駆け込んできた。

「リリアーナ! 南区の鍋場が燃やされた。布干しも、灰壺も」


 胸の奥で鐘が鳴る。

 急ぎ駆けつけると、鍋場は黒煙に包まれていた。

 だが、幸い火は小さく、兵と民が連携して消し止めていた。

 煙の中、鍋の縁に刻まれた波型が、煤に汚れながらも残っている。

 ――鍋は、まだ生きている。


「怪我人は?」

「軽傷が数名。……犯人は影の中に紛れた」


 布商会の青年が、煤だらけの顔で近づき、息を切らして叫ぶ。

「でも、鍋は残りました! 火を継げます!」


 その言葉に、わたくしは頷いた。

「――鍋を広場へ運びましょう。火を継ぐ姿を、皆に見せます」


 夜。

 広場の中央に黒く煤けた鍋が据えられた。

 群衆が集まり、ざわめき、子どもが泣き、老人が眉をひそめる。

 殿下が杖を突き、声を上げた。


「影は火を消そうとした。だが、火は継げる!」


 わたくしは煤けた鍋の縁に手を置き、ゆっくりと灰を落とした。

 火は弱く、風に揺れる。

 その時、殿下が身を屈め、自らの袖を裂いて布を差し出した。


「火を守れ」


 わたくしはその布を湿らせ、鍋の縁を覆った。

 風が遮られ、火が安定する。

 群衆の息が合わさり、やがて歓声に変わった。


「火を継げ!」「鍋を守れ!」


 声が重なり、揺れ、広場を満たす。

 火は吹き消されなかった。

 ――惰性は、声によっても守られる。


 翌朝。

 〈民閲板〉には新しい札が並んでいた。

 一枚は“鍋:一減”。だが、横に赤い印が付けられている。

 “破壊による減”。

 数字は減った。だが、それは“晒された減”だ。

 人々は札を指でなぞり、頷いた。

 ――影を晒せば、影は形を失う。


 その光景を見届けていると、黒扇の使者が現れた。

「見事だな。鍋が燃やされても、火を継いで見せるとは」

 彼は小さく笑い、囁く。

「だが、敵は次に“人”を狙うだろう。……園丁長、覚悟はあるか?」


 わたくしはまっすぐに答えた。

「覚悟は、火の横に座ることです。火が強ければ覆い、弱ければ灰を払う。――それだけです」


 使者は一瞬だけ目を細め、そして扇を閉じて背を向けた。

「……ならば、次の月でまた会おう」


 夜更け。

 園の畝に並ぶ草々の間を歩く。

 殿下が隣に立ち、声を落とした。

「君は、狙われる」

「はい。それは鍋の隣に立つ者の務めです」


 殿下は黙り、やがて短く言った。

「……務め以上に、私は君を守りたい」


 胸が熱を帯びる。

 舌の約束が、再び灯された。

 草の根が土の奥で息づくように、静かに確かに。


 その夜、園の入口に誰かが小さな灯籠を置いていった。

 紙には子どもの字でこう書かれていた。


「あしたも、なべをまもる」


 灯籠の中の火は揺れ、小さいが、決して消えなかった。

 わたくしはその光を胸に刻み、静かに呟いた。


「――明日も、鍋から始めましょう」


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