第14話「第二の裁き、声の波」
王都の大広間に再び人々が集められた。
だが、前回とは空気が違っていた。
前回の裁きでは、好奇と侮蔑の視線が多くを占めていたが、今回は囁きに期待が混じっている。
「薬草令嬢だ……」
「港で人を救ったらしい」
「医官よりも頼りになると聞いたぞ」
その声の一つ一つが、わたくしの背を押してくれているようだった。
けれど壇上に並ぶ王族の姿を見ると、胸の奥に冷たいものが広がる。
王の隣に座る王太子アレクシス。その顔は蒼白で、しかし唇には歪んだ笑みを浮かべていた。
王が口を開く。
「本日の審問は、薬草師リリアーナ・フォン・グレイスの行いについてである。
王弟を救ったとの噂がある一方、虚偽を広め、王都を惑わしたとの告発も届いている」
その言葉に広間がざわめく。
告発の文が読み上げられるたび、観衆の表情が揺れた。
「薬草は効力を誇張している」「王弟殿下の回復は自然治癒に過ぎない」「港の病は放っておいても収まった」……。
わたくしは唇を噛み、静かに立ち上がった。
「虚偽ではありません。私は実際に人々の手を取り、鍋を煮、補水液を与えました。その場にいた者は皆、証人です」
しかし王太子が立ち上がり、声を張り上げる。
「証人? 民の言葉などいくらでも操れる! 辺境で拾った草娘が、王都を揺るがす存在になるなど馬鹿げている! すべては偶然だ!」
彼の声は必死で、もはや威厳はなかった。
それでも権力を持つ者の言葉は広間を揺さぶり、空気を重苦しくする。
その時だった。
王弟殿下が杖を突き、ゆっくりと立ち上がった。
「兄上。偶然で救われたと、そう言うのか?」
「……!」
「ならば問おう。熱に倒れ、息も絶え絶えだった私を救ったのは誰だ? 医官か? 王太子の命令か? いいや、違う。リリアーナだ。彼女の草と鍋と知恵が、私の命を繋いだ」
殿下の声はよく通り、広間に響き渡った。
ざわめきが拍手へと変わりかけたその時――王太子がさらに声を荒らげた。
「黙れ! 病に浮かされた妄言を真実とする気か!」
その叫びをかき消すように、広間の奥から声が響いた。
「違う! リリアーナ様は本当に救ってくださった!」
振り向けば、港で助けた商人の娘が立っていた。
続いて、快復した船乗りたちが進み出る。
「俺たちは死にかけていた! 医官は何もしてくれなかった! 助けてくれたのは薬草令嬢だ!」
さらに声が連なる。
「うちの子の熱を下げてくれた!」
「井戸に灰を撒けと教えてくれた!」
「俺たちが今ここにいるのは、彼女のおかげだ!」
観衆の中から次々と証言が上がり、広間は声の波で満ちた。
わたくしは胸の奥が熱くなり、思わず両手を握りしめた。
嘲笑され続けた日々を思い出す。
泥にまみれた手を笑われ、草を摘む姿を侮られ、婚約破棄で追放されたあの日。
そのすべてが、今、この場で逆転へと繋がっている。
「……これが虚偽ですか?」
わたくしは王に向かって言葉を放った。
「この場にいる人々の声を、すべて虚言だと切り捨てるのですか? ならば王都は、誰のための国なのですか?」
広間に沈黙が走り、やがて大きな拍手が巻き起こった。
追い詰められた王太子は、震える手を伸ばした。
「父上! 母上! どうかお聞きください! この女は民を煽っているだけです! このままでは、王家の権威が失墜してしまう!」
しかし王妃が静かに立ち上がり、冷ややかな声を響かせた。
「アレクシス。権威を守るのは虚言ではなく、真実と行いです。あなたの口から出たものは、ただの恐怖と妬み。それ以上でも以下でもありません」
王太子の顔から血の気が引き、言葉を失った。
王は深くため息を吐き、椅子から立ち上がった。
「裁きは下された。――リリアーナ・フォン・グレイス、その功績は真実と認める。今後、薬草園を国の直轄とし、民のための拠点とせよ」
その言葉に広間が揺れた。
人々の拍手と歓声が重なり、声の波は天井を突き抜けるほどだった。
王は続けて、王太子を鋭く睨んだ。
「そしてアレクシス。お前の訴えは虚偽であった。王家の名を用い、民を惑わせた罪は重い。……継承権の剥奪に加え、謹慎を命じる」
王太子の目が絶望に見開かれる。
彼は叫び声を上げたが、それは歓声にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
広間を後にする時、民衆は道を開け、わたくしに向かって頭を下げた。
誰もが「ありがとう」と口にし、手を合わせ、目を潤ませていた。
王弟殿下が隣に並び、静かに囁いた。
「リリアーナ。君はもはや“追放された令嬢”ではない。……国を救った薬草師だ」
その声に、胸の奥が震えた。
婚約破棄で失ったはずの誇りが、今は確かな灯となって燃えている。
――屈辱は、もはや力に変わった。
これからの道は決して平坦ではない。だが、鍋と草を手に、わたくしは必ず歩み続けるだろう。
夜。薬草園の片隅で、レオンが剣を磨きながら言った。
「お前は今日、王都を揺るがせた。もう後戻りはできない」
「ええ。……けれど、後戻りする気もありませんわ」
わたくしは芽吹いたばかりの草を撫で、炎の揺らめきを見つめた。
民の声を背に受け、殿下とレオンの支えを得て――薬草令嬢の物語は、さらに大きなうねりへと広がっていく。




