表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢ですが、薬草で領地改革します!  作者: しげみち みり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/25

第1話「婚約破棄は薬草園への招待状」

 大広間のシャンデリアは、まるで星空を切り取ったように輝いていた。貴族たちが着飾って集う夜会の場。王太子殿下の誕生を祝う舞踏会は、きらびやかな笑い声と音楽に満ちていた。

 けれど、その中心で告げられた言葉は、あまりに冷酷だった。


「――リリアーナ・フォン・グレイス。お前との婚約を破棄する!」


 音楽が止まり、笑い声が凍りついた。

 わたくしは一瞬、息が止まるような錯覚を覚えた。けれど次の瞬間には、にこりと口元を整える。


「……まあ。殿下、そのような重大なことを、この場で?」


「当然だ! お前の悪行は、もはや見過ごせぬ。舞踏会で他の令嬢を侮辱したこと、薬草ばかりにかまけて淑女の務めを怠ったこと、数え上げればきりがない!」


 ざわめきが広間を満たす。誰かが扇子で口を隠し、誰かが面白がるように視線を向ける。

 わたくしは、静かに胸に手を置いた。


「薬草を学ぶことが、悪行だと?」


「そうだ! 王太子妃となるべき者が、泥にまみれて草を摘み、平民の真似事をしてどうする! お前のような女は、王家にふさわしくない!」


 殿下の背後に立つのは、栗毛の髪を揺らす侯爵令嬢セレスティア。

 ――ああ、そういうこと。

 殿下が誰に心奪われているのか、これで誰の目にも明らかになった。


「……承知いたしました」


 わたくしは、ゆっくりと腰を折って一礼した。

 広間がどよめく。反論も、抗議も、涙も見せぬわたくしの態度に、人々は驚いたらしい。


「ちょ、ちょっと待て! なぜ何も言わぬ!」


「殿下のご決断ならば、従うのみ。――ですが」


 顔を上げ、真っ直ぐに殿下を見据える。

 その眼差しの奥に、笑みをひそめた。


「薬草は人を救います。いずれ殿下も、その意味を知る時が参りましょう」


 広間がざわめきに包まれる。殿下の顔が怒りに染まったが、もうどうでもよかった。

 わたくしはただ、自由の風を感じていた。


 数日後。

 追放処分を言い渡されたわたくしは、馬車に揺られて辺境の地へと向かっていた。


 窓の外には、果てしなく広がる荒れ地。雑草もまばらで、農作物が育つとは思えない。村々はひどく痩せ、子どもたちは栄養失調で顔色が悪い。

 けれどわたくしは、胸の奥で小さな期待が芽吹いていた。


「……ようやく、自分の薬草園が作れる」


 誰にも邪魔されず、自由に研究できる環境。

 王都では「泥臭い」と嘲笑され、父母からも見向きされなかった薬草学。けれど、わたくしにとっては人生そのものだった。


 辺境の領主館――といっても、瓦屋根の落ちかけた粗末な館だ。出迎えたのは、壮年の執事ひとり。


「リリアーナ様、ようこそお越しくださいました。……正直に申し上げます。この地は貧しい。人も病に苦しみ、医者も薬もありません」


「ふふ……でしたら、私の出番ですわね」


 わたくしは荷車から、革の鞄を抱え下ろす。その中には、乾燥させた薬草、調合器具、そして膨大なノートが詰まっている。

 王都では誰も見向きもしなかった宝物。


「さあ――この荒れ地を、薬草園に変えてみせます」


 最初の一週間。

 わたくしは村を歩き、子どもたちや病人の症状を調べ、必要な薬草を土に植えていった。


「この葉は熱冷ましに……こちらの根は咳止めに。あら、君は栄養不足ね。干した野菜と一緒に煎じて飲むといいわ」


「お、お嬢様……本当に、こんな草で病が治るんですか……?」


「ええ。草は草でも、神の与えた贈り物。正しく使えば、人の命を救いますわ」


 村人の目に、わずかな光が宿る。

 その瞬間、わたくしは確信した。――この地でなら、きっと薬草学は役立つ。


 そして二ヶ月後。

 小さな薬草園には緑が芽吹き、村人たちの頬には血色が戻り始めていた。


 だが。


「リリアーナ様! 大変です! 隣国から疫病が……!」


 駆け込んできた使者の声に、館がざわめく。

 胸が高鳴る。恐怖ではない。


「……いよいよ、私の知識を国のために役立てる時が来たのですわね」


 わたくしは薬草園を振り返り、拳を握った。

 婚約破棄? 追放? ――むしろ好機。

 これからが、本当の第二の人生。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ