2-5 帰ってきたH2B
2-5 帰ってきたH2B
久慈所長が会議室を出てしばらくすると、扉が開き黒服SPに押し運ばれてpepper君(H2B)が入って来た。
ホワイトボードの前に設置されると勝手に電源が入った。
「誰かいます?」
起動したpepper君が喋る。
発した言語に対応して動作を行うのか、少しずれて頭部が左右する。
「います!」
手を挙げて三弥栄が答える。
「三弥栄、おるな。H2じゃ。まだ身体に戻れないでいる。久慈が手続き書類を用意している残りの時間、久慈の話しの続きとして、使節された先、別世界のことを説明する」
廃棄予定だったpepper君。故障なのか手の部品がカタカタカタカタカタと小刻みに震えている。どうやら視力もやられていて、三弥栄のことは見えないらしい。
「時間が迫ってるんでとりあえずこのままで来たけど、ちょっと待ってね、戻る準備は出来てるんじゃ」
そう言ってSPがpepper君の出力端子にAEDを接続。
「AEDの電気ショックをpepper君の動力電源から行うことで、H2の精神を電気に乗せて身体に戻す」と、足場作りと段取りしながらpepper君(H2B)が三弥栄に説明してくれた。
pepper君接続AEDの準備が整い、H2Bの肉体が運び込まれる。手際が良い。多分初めての対応ではない。
pepper君(H2B)が叫ぶ。
「もってくれよ身体、AED出力10倍!!!」
多分初めて言う台詞ではない。
「バリバリばっちーんっ!!」
電気ショック音が鳴り、肉体が大きく飛び跳ねる。
pepper君の電源が落ち、H2Bの身体が起き上がる。
「死ぬかと思ったー」
声を出してH2Bは復活した。
曰く、pepper君とAEDの接続調整に技術的トラブルが発生して戻るのに時間が掛かったらしい。仮死状態(?)での肉体保存方法については「知らん」と言っていた。有り得ないくらいに脳への酸素供給が途絶えていたが後遺症は無さそうである。
フランケンシュタインの怪物みたいな実験(おそらく、三弥栄に見せたかった茶番)を経て、復活したH2Bが雰囲気を変え三弥栄に向けた講義を始める。
【SS(進まない世界)について】
①ゼロケイ(国家公安委員会異局零号警備)では使節先の世界を「進まない世界」として、SSと呼んでいる。
②天国への階段から戻ってこない場合、何が起こっているのか不明なのだが、過去8名の帰還者の内容は合致している。
③SSにある使節管理部は、智川虎太郎博士の研究室の名称であり、博士はその代表。娘の智川龍美が使節管理部員(研究員)の内の1名である。
④これまでの帰還者8名は、いずれもこの2名に「失敗」とされている。SSがループしていることからも分かると思うが、あちらが目的とする「成功」をしたものはいない。消滅する前に逆行してループするシステムが起動されていると言うことになる。
⑤ループのエネルギーとして使節者は「使用」され、使節者の生命を消費した結果、SSは逆行してループする。そして使節者は元の位置、自分の世界へと帰る。ここでのエネルギーの使われ方が使節者の生死を左右していると考えられる。
⑥彼らから見た我々は、蠢く精神の輪郭であり、可視化されて留まるカラビ・ヤウ多様体のような高次元の幾何学空間エネルギー体として観測されるだけである。観測される中、我々には意識があり、彼らを見て、会話を聴くことができるが、我々の声は彼らに届かない。そうやって観察して情報を持ち帰ってきた8名から、SSが真空消滅から逃れる為に逆行のループに嵌った宇宙であると理解することができたのである。
H2Bの講義が終わった。
こう言った話の内容を挿絵、似顔絵、相対図、用語解説などを含め説明があり、三弥栄にとって大変分かりやすい内容であった。
こうして三弥栄は、身体を取り戻したH2BからかなりシビアなSS世界の状況について講義を受けた。三弥栄の世界とはトーンが違う。SSは根本解決に至れない可能性の閉じた世界。自分に出来ることはループを継続させることだけと思うと気持ちは複雑である。
書類を携えた久慈が会議室に入ってきた。この任に着くため、三弥栄は複数枚の書類へとサインを行う。報酬、社会保障、年金、税金、住宅、仕事、全てが賄われる。もちろん生きて帰ってこれればだが。例え三弥栄に何かあったとしても、身辺、何人かの幸せになって貰いたい方々へ纏まった物を残せる。
ただ、三弥栄はH2Bと久慈の話を聞き切ったこの段階、そういうのはどうでもよくなっていた。
落ち着いて俯瞰すれば、今、三弥栄が置かれた状況は、かなり特殊で「スペシャル」なことだ。これは、普通に生きてたらお目にかかれないレベルのプライスレス。三弥栄の心は着地した。
準備が整った。
三弥栄、H2B、久慈は地下4階、使節管理部へと向かう。