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2-3 「42」

2-3 「42」


【エキナ8階 会議室】


「逃げるなら今かも」

H2Bの研修が終わり、次の講師が来るまで休憩に入り、三弥栄は考えていた。


ただ、あの状態(半霊半物)を目の当たりにして、それを自分も経験できると説明され――H2Bのように死のリスク(本当に死んだかは不明)があるにせよ、公安が求める結果がどこにあって世界にどう影響するのか分からないにせよ――魂や精神が独立するという現象は、新たな生命観を定義づけるものかもしれない。

日常を超越するその出来事に、昂る気持ちを抑えきれなかった。


「これは特別な能力が手に入る流れだな」

三弥栄はそう都合よく解釈した。もちろん現実はそんな甘い話ではない。だが、とりあえず逃げるのはやめ、次の講義を受けてから考えることにした。



三弥栄の人生は、世間から「不正解」に分類されてきた。

賢く、周到に、己に利することを最適とし、他者を蹴落とすことを正解だと強要する競争社会の理不尽を受け入れられなかった。

勝者と敗者、持つ者と持たざる者に分ける現実から距離を置き、少年漫画やゲームの主人公に自分を重ねてそう在ろうとした結果――今日の朝、太陽の下、誰にも“うんこを踏ませない英雄”となっていた。


彼はこれを自分自身の「病状」だと理解している。

そしてまた、この理不尽に満ちた世界そのものも「病状」を抱えているのだと、どこかで自分と世界を重ねて生きてきた。

履歴書に記された短い職歴や転々とした経歴は、その不器用な道程そのものであった。


今目の前で起きている出来事――これにどう応じるかで、自分の「病状」に抗うことができるかもしれない。

そんな思いが胸に灯った。



会議室の扉が開き、2人目の講師が入ってくる。


「ということで、公安異局からエキナのセキュリティセンターに出向している所長の久慈です。講師します。よろしこ」


所長が自ら前に立った。


「婆さんのあれ見た?」

確認が入る。


「見ました。驚いてます。……大丈夫ですか?失敗じゃないんですか、あれ?」

三弥栄は率直に心配を口にする。


「俺もね、使節経験者なんだ。でも、あれをやるのは婆さんだけだ。真似すんなよ。下手すりゃあんな風に戻れなくなって死ぬ」


実際、H2Bは戻れないまま運ばれていった。大丈夫なのだろうか――。


「今、H2婆さんは身体に戻ろうと頑張ってる。祈っててくれ」

所長はそう言い、研修を始めた。H2Bはまだ完全に死んだわけではないらしい。



研修2限目 ― 所長の説明


「この研修では、これから向かう先と任務について説明する。ただ、言うも難し行うも難しで、全部を説明するには最先端の学問が要る。俺はそこまで知らん。俺の言葉で、知りうる範囲だけ説明する。多分そのくらいがちょうどいいはずだ。ご理解ご協力を願う」


そう前置きし、本題に入る。



【行き先】

「13時、使節管理部はある場所へと繋がる。繋がった先は日本だ。文化も言語もこちらと同じ。だが同じ人間はいない。似ているが役割の違う“別の日本”だ。……そしてそこでは、宇宙そのものが消滅の危機にある」


【向こうで起こっていること】

「科学技術が踏み込み先を誤り、触れてはいけない仕組みに触れて崩壊しかける。そのたびに、消滅寸前で宇宙が“最初まで巻き戻される”。それが41回繰り返されてきた」


【42回目】

「41回の使節はすべて消滅を阻止したが、その結果、宇宙は始まりから終わりの138億年をループしてきた。進めなくなり、閉じ込められた宇宙。今日が42回目だ。我々のところには年1回くらいで智川が現れるが、あちらはすでに5796億年をループに費やしている。向こうは毎回が初回。こちらは42回目ってわけだ」


【真空の消滅】

「偽の真空から真の真空への相転移――物理定数ごと光速で消える。自然発生の確率はほぼゼロ。それを引き起こしたのは、技術に見合わぬ未熟な心を持つ人間だ。責任を負えず、崩壊する宇宙を“巻き戻す”ことで逃がしてきた。今回、それを担うのがお前だ」


【使節】

「使節とは、こちらの宇宙からあちらの宇宙へ派遣される存在だ。この時空を超えた派遣そのものが、真空消滅を回避し、ループを繰り返すトリガーになっている。どういう仕組みかは正直わからんが、今回の使節はお前だ」


【天国への階段】

「使節管理部に現れる階段を“天国への階段”と呼ぶ。13時、管理室に入り扉を閉め、内側から施錠すると現れる。死ぬ気で登れ。体力が尽き、動けなくなるまで登れば向こうに着いている。ゴールに着くのではなく、“死ぬまで登れば行ける”。求められるのはド根性だ。天国への階段には法も人権もない。えげつないブラック環境だ。あちら側は毎回が初回だが、俺らは42回目。はっきり言っておく、ここから戻ってきたのは婆さんと俺を入れて8人しかいない」



所長は一息つき、初めて質疑の時間を設けた。


「ここまで何か質問はあるか?」


三弥栄は首を傾げ、視線を彷徨わせる。

「つまり……どういうこと、でありますか?」


初見で理解できる話ではなかった。

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