6-2 無呼吸のススメ
6-2 無呼吸のススメ
問題がある。
虎太郎と龍美は顔を見合わせ、どちらが三弥栄へ告げるか牽制している。
父が折れた。
「三弥栄さん、マスターオブパペットですが……最中、息継ぎは無しでお願いします」
申し訳無さそうに言って、指で✕を作った。
「どういうことですか?」
当然、三弥栄は訳を聞く。
虎太郎「このあと、首から上も完全に蛹で覆います。そっから先は息が出来ません。この後、完全密閉密封します」
「それはそれは、また苦しそうなあれだ」
虎太郎「ええ、転移がどれくらいで完了するのかによりますが……およそ3分。3分は頑張って貰うことになります」
「身体が持つかなぁ」
3分。――ウルトラマンのカラータイマーを意識した。
虎太郎「ダンスで意識が転移すれば、身体と離れた状態になります。そうなれば痛みや苦しみは無いはず。何しろぶつけ本番なので、力を抜いて身を任せ切ることが大事でごぜます」
「うーん、力を抜けって言っても上手くいくかなぁ、リハーサルなしですか?」
窒息で苦しむ姿を想像してしまっている。
虎太郎「三弥栄さんはされるがままなので無しです」
龍美「三弥栄さんなら大丈夫。いけます」
――曖昧な根拠。だが、言い切られると弱い。
「いーっ、いけます……ここまで来たら行ける気がする。息継ぎなし、大丈夫。怖くない」
天国への階段を経験したことが、三弥栄の精神の耐久性を確実に高めていた。
龍美に背中を押され、恐怖を押し込める。
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「密封は直前で行います。先にこの外殻を着けます」
龍美が三弥栄の胴体と四肢に装具を着ける。
――装具ごと、みちゅえるの動きをトレースする。
みちゅえるの動きに合わせ、勝手に身体が動く。力は要らない。
脱力して、掛かる力に抵抗しなければ、姿勢まで保たれる。
意思せず動く身体――奇妙で、少し心地よい感覚だった。
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「最後にこれを被って貰います」
龍美がフルフェイスのヘルメットを見せる。
「被る際に大きく息を吸って下さい。装着口に蛹の膜があります。被ると頭を覆い、首の膜と接着させて完了です。そのままダンスが始まります」
三弥栄は、肺を限界まで拡げて酸素を詰め込むイメージで呼吸を整えようとした。
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「被る前にひとつ」
虎太郎が話を挟む。
「生体時間転移に成功した場合、三弥栄さんは服を着ていない状態です。誰かに見られると、不審者事案で話がややこしくなります」
「確かに」
――終わった後のことは、全く考えていなかった。
虎太郎「速やかに指示した場所に物資を置いて、しばらくこの部屋に潜んだ後、部屋の電話で内線111を掛けて下さい。私のデスクに繋がります」
「内線111」
虎太郎「そうです。そこで“真空消滅の観測を止めに来た”と事情を話して下さい」
「……信じて聞いてくれますかね?」
虎太郎「信じなければ、“私が小学校6年の時に好きだったのは福島真理子さん”と言って下さい。誰にも言ったことのない話です。私から直接聞いたと伝えれば、無視は出来ないはずです」
虎太郎は研究所の図面で位置関係を示しながら、事後処理の説明を続けた。
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突然全裸の男が目の前に現れて観測のタイミングをズラす――それも手ではある。
だが、その後の混乱を避けるなら、この作戦の方が影響は少ない。
消滅を回避した英雄が、変質者として通報されるのを避けるのも虎太郎の責任だ。
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「では、行きましょう」
龍美の声。
三弥栄は呼吸を整え、肺の奥に残る酸素量を確かめる。
大きく息を吸い、ヘルメットへ頭を入れる。
蛹の膜が頭部を覆い、首元で接着のリングが降りる――音もなく密封が完了した。
静寂。
特撮ヒーローのような姿で立つ彼は、息をしていない。
みちゅえるが、足を踏み出した。
ダンスが始まる。




