表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

第一部 第一巻 第三章:入学試験

試験当日の朝は、霧が深かった。

まだ暗いうちに起きて、身支度を整える。古びた道着に袖を通し、懐に最適化した符を数枚忍ばせる。昨日、小太郎と作った分だ。


「行ってくるぞ」

父の部屋の前で声をかける。返事はない。ただ、微かに咳き込む音が聞こえた。


外に出ると、冷たい朝露が草履を濡らす。霧の向こうから、誰かの足音が近づいてきた。


「おはよう、黎明!」

小太郎だった。緊張した顔つきだが、いつもの明るさは失われていない。


「早いな」


「眠れなくてさ。それより、これ見ろよ」

小太郎が空を指差す。霧の上に、薄く赤い靄が漂っている。昨日よりも濃い。


ERROR


解析眼に、また警告が現れた。


【異常な霊気の集積】

原因:不明

危険度:高

推奨行動:警戒最大


「......急ごう」


--------------------------------------------------------------------------

陰陽寮は、町の東端にあった。

普段は寂れた印象の建物だが、今日は違う。門の前に、五十人近い受験生が集まっている。皆、緊張した面持ちで、誰も口を開かない。


受付で木札を見せ、中庭に案内される。

そこには、既に試験官が待っていた。


「時間だ」

痩せた中年の陰陽師が、受験生を見回す。安倍家の紋が入った狩衣を着ている。


「私は試験官の安倍清正。まず、第一試験を行う」

清正が手を挙げると、中庭の四隅に立てられた柱が光り始めた。そして、その間に薄い結界が張られる。


「この結界の中で、指定された術を使ってもらう。成功すれば次に進める。失敗すれば、その場で不合格だ」


受験生たちがざわめく。


「最初は、火炎符。威力は問わない。とにかく火を出せ」


火炎符か。教本で見た基礎術式だ。でも、なぜ結界の中で? プログラミングなら、テスト環境を作る理由は......制御? それとも......


----------------------------------------------------------------------------------------------------

一人ずつ、結界の中に入っていく。


最初の受験生が、震える手で符を描く。霊力を込めるが、何も起こらない。


「不合格。次」

清正の声は冷たい。


二人目、三人目。誰も成功しない。皆、緊張で手が震えている。


いや、待て。みんな同じように失敗している。まるで、何かが術式を妨害しているような......


ERROR


解析眼が反応した。結界を見つめると、情報が表示される。


【試験用結界】

効果:霊力を撹乱

強度:中

弱点:北東の柱


なるほど、結界が霊力を撹乱している。これはバグなのか、それとも意図的な仕様なのか。


「次、番号四十二」

小太郎の番だ。


「......行ってくる」

小太郎が結界に入る。深呼吸をして、符を描き始める。


昨日練習した、最適化版の術式。線の数は少ないが、それでも丁寧に、慎重に描いていく。


最後の一筆。


ボッ、と小さな火が灯った。


「......合格」

清正の声に、驚きが混じっている。周りの受験生もざわめく。最適化版は、霊力消費が少ないから、撹乱の影響も少なかったのか。


--------------------------------------------------------------------------

「次、番号四十三」

黎明の番だ。


結界に入ると、空気が重い。確かに、何かが霊力の流れを乱している。

普通なら、これは不利な条件だ。でも、プログラマーとして考えれば......


バグがあるシステムは、逆に利用できることもある。


解析眼が示した「弱点:北東の柱」。そこに向けて術式を展開すれば、もしかして......

黎明は、北東の方向に体を向けた。そして、最適化した火炎符を描く。ただし、通常とは逆回りに。


これは賭けだ。もし失敗したら、ただの間違った描き方になる。


霊力を込める。すると、予想以上の反応が起きた。


轟、と音を立てて、人の背丈ほどの炎が立ち上がった。


「なっ......!」

清正が目を見開く。他の受験生もざわめく。


まずい。目立ちすぎた。


--------------------------------------------------------------------------

「......合格」

清正が、じっと黎明を見つめながら言った。その目に、警戒の色がある。


結界から出ると、小太郎が駆け寄ってきた。

「すげぇな! あんな大きな火、どうやって」


「たまたまだよ」


残りの受験生も次々と挑戦するが、合格者は少ない。五十人中、十二人だけが第一試験を通過した。


「第二試験は、式神の作成だ」

清正が、紙を配る。


「この紙で、動く式神を作れ。形は問わない。ただし、私の命令に従うものでなければならない」


式神? 黎明は記憶を探る。紙に霊を宿して使い魔にする術......でも、他人の命令に従わせる? それって、プログラミングで言えば、アクセス権限を他人に渡すようなもの。セキュリティ的にありえない。


ERROR


また、エラー表示。何かがおかしい。


--------------------------------------------------------------------------

黎明は、配られた紙を手に取った。

普通の和紙に見える。しかし、解析眼で見ると......


【仕込み済み和紙】

効果:術者の霊力を吸収

目的:受験生の霊力測定


ああ、そういうことか。これは試験じゃなくて、測定なのか。霊力の量を調べるために、わざと霊力を吸い取る紙を使っている。


プログラムで言えば、メモリ使用量のベンチマークテスト。

なら、霊力を最小限に抑えて、紙自体の仕組みを利用すれば......


黎明は、紙に簡単な術式を描いた。鼠の形の輪郭と、その中に動作を司る基本的な文様。黎明の記憶にある、最も単純な式神の形だ。


次に、「命令受付」の術式を追加する。ここが問題だ。通常なら、術者本人にしか従わないようにセキュリティをかける。でも、今回は逆。誰の命令でも受け付けるように......


プログラミングで言えば、パブリックアクセスを許可するようなものか。セキュリティ的には最悪だが、試験ではこれが求められている。

霊力を込める。ほんの少しだけ。すると、紙の表面が微かに震えた。


まだ動かない。紙は、ただ震えているだけだ。


「......起きろ」

黎明が小声で命じると、紙の端がゆっくりと持ち上がった。そして、不格好ながら、四本足で立つ形になる。鼠というより、紙を折り曲げただけの何かだ。


清正が近づいてきた。他の受験生の式神を見て回っているようだ。


「ふむ、これは......」

清正が黎明の式神を見て、眉をひそめる。


「前へ進め」

清正が命令する。


紙鼠は、一瞬震えた後、よたよたと前に進み始めた。紙の足が、ぎこちなく交互に動く。まるで、生まれたての子鼠のようだ。


「止まれ」

紙鼠が止まる。正確には、バランスを崩して倒れそうになりながら、なんとか静止した。


「......合格」

清正の顔が曇る。きっと、霊力測定の数値が異常に低かったのだろう。


--------------------------------------------------------------------------

第二試験の合格者は、七人。

黎明、小太郎、そして五人の受験生。その中に、一人だけ異彩を放つ者がいた。


長い黒髪を後ろで結んだ、細身の少年。品のある顔立ち。着ている道着も、明らかに高級品だ。


【月読静夜】

HP: 95/95

MP: 156/156

Status: 冷静


MPが、黎明の十倍以上。これが、本物の才能か。


「最終試験は、実戦だ」

清正が、不気味な笑みを浮かべた。


「今から、下級妖怪を放つ。それを倒すか、あるいは一定時間生き残れば合格だ」

受験生たちが青ざめる。


「ちょっと待て! 妖怪と戦うなんて聞いてない!」

一人が抗議する。黎明も同感だ。いくらなんでも、これは......


「陰陽師になるということは、命を賭けるということだ。怖いなら、今すぐ帰れ」

誰も動かない。ここで帰れば、全てが無駄になる。


でも、本当にこれが普通の試験なのか? 黎明には分からない。ただ、ERRORの表示が激しくなっていることだけは確かだ。


--------------------------------------------------------------------------

檻が運ばれてきた。

中には、犬ほどの大きさの黒い影。形が定まらず、うごめいている。


【下級妖怪・陰獣】

HP: 200/200

MP: 30/30

弱点:光属性


初めて見る、本物の妖怪。

黎明の記憶にも、こんなものと戦った経験はない。父から聞いた話でも、妖怪退治は熟練の陰陽師の仕事だと......


ERROR

ERROR

ERROR


解析眼が、激しく警告を発する。空の赤い靄が、急速に濃くなっていく。


檻が開く。

陰獣が飛び出し、最も近い受験生に襲いかかった。


悲鳴が上がる。


「散れ! 固まるな!」

誰かが叫ぶ。その声の主は、月読静夜だった。


彼は、素早く明かり符を取り出し、投げる。光が陰獣を照らすと、動きが鈍った。


「光が弱点だ! 明かり符を使え!」


解析眼の表示と同じだ。彼も、何らかの方法で弱点を見抜いたのか。


--------------------------------------------------------------------------

しかし、明かり符を作れる者は少ない。


黎明は、懐から最適化版の明かり符を取り出した。そして、小太郎に一枚渡す。


「これを使え」


「でも、お前の分が」


「大丈夫だ」

黎明は、残りの符を構えた。三枚。これで、どこまで持つか。


陰獣が、こちらに向かってくる。


明かり符を投げる。光が陰獣を包むが、効果は薄い。最適化版は、光量が七割しかない。


「くそっ!」

小太郎が木刀を抜いた。いつの間に持ってきたのか。


「光で怯ませて、物理で殴る!」

理論的にはめちゃくちゃだが、プログラミングでも時には力技が有効だ。


二人で協力して、陰獣と対峙する。黎明が光で攪乱し、小太郎が打ち込む。


しかし、ダメージは少ない。HPが200もある相手に、これでは......


--------------------------------------------------------------------------

その時、月読静夜が動いた。

彼は、複雑な術式を空中に描く。黎明には、何をしているのか分からない。ただ、膨大な霊力が集まっているのは感じる。


「月光掌」

静夜が陰獣に掌を向けると、強烈な光が放たれた。

陰獣が悲鳴を上げ、形が崩れ始める。そして、黒い霧となって消えた。


一瞬の静寂。


これが、本物の陰陽師の力か。圧倒的だ。


「時間だ」

清正が手を叩いた。


黎明は周りを見回す。小太郎は無事だ。月読静夜も立っている。他には......三人。一人は気絶して倒れている。もう一人は、恐怖のあまり結界の外に逃げ出したようだ。


「倒れている者は失格。逃げた者も失格」

清正が冷たく言い放つ。


「合格者は、最後まで戦い続けた五名だ。明日から、陰陽寮での授業が始まる」

五人。黎明、小太郎、月読静夜、そして名前も知らない受験生が二人。


「たった五人か......」

誰かが呟いた。五十人から始まって、五人。合格率一割。


清正は、それ以上何も言わずに去っていった。


--------------------------------------------------------------------------

「大丈夫か?」

月読静夜が、黎明に声をかけてきた。


「ああ、なんとか」


「君の符、興味深いな。見たことのない術式だ」

静夜の目が、鋭く光る。


「ちょっと工夫しただけだよ」


「工夫、か。いや、これは......最適化?」

静夜が、ボソッと呟いた。


「私は月読静夜。君は?」


「結城黎明」


「結城......」

静夜は、何か言いかけて止めた。そして、手を差し出してきた。


「よろしく、黎明」


この世界の身分制度は、黎明の記憶にもあまり詳しくない。でも、高級な道着を着た静夜が、ボロを着た自分に握手を求めるのは、きっと普通じゃないのだろう。


黎明は、その手を握った。


--------------------------------------------------------------------------

試験が終わり、帰路につく。

小太郎は、興奮冷めやらぬ様子だ。


「俺たち、合格したんだぜ! 信じられねぇ!」


「ああ」


しかし、黎明の心は晴れない。


あの試験は、絶対におかしかった。ERRORの連発、異常な霊気、そして妖怪との実戦。


これが、この世界の「普通」なのか? それとも、何か異常事態が起きているのか?


転生してまだ三日。分からないことだらけだ。


ERROR


解析眼が、まだ警告を発している。


空を見上げる。赤い靄は、まだ消えていない。むしろ、濃くなっている。


明日から、陰陽寮での生活が始まる。そこで、もっとこの世界のことを学べるだろうか。


そして、このERRORの正体も。


黎明は、不安と期待を抱きながら、家路を急いだ。


次回、第一部 第一巻 第四章:陰陽寮(上)。

妹系キャラ、登場。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ