表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

第一部 第一巻 第二章:最初の仲間

翌朝、黎明は井戸端で顔を洗いながら、昨夜の発見を反芻していた。


術式は最適化できる。

無駄を省けば、自分の貧弱な霊力でも使える。


冷たい水で顔を拭い、空を見上げる。雲一つない青空。試験まで、あと二日。


「さて、と」


今日は町に出る予定だ。試験の申込みと、もう一つ目的があった。

昨日、教本を見ていて気づいたことがある。『陰陽道基礎』の巻末に、参考文献として挙げられていた書物。その中に『術式構造論』という本があった。もし町の書店にあれば、立ち読みでもいいから内容を確認したい。


朝餉(あさがれい)を済ませ、外出の準備をする。

懐には銀貨が五枚。受験料でなくなる金額だ。


「行ってきます」


返事はない。父は部屋から出てこない。


----------------------------------------------------------------------------------------------------

町への道は、昨日の記憶――いや、黎明の記憶を頼りに歩いた。


土埃の舞う街道。すれ違う農民たちが、荷車を引いている。朝市に向かうのだろう。黎明の痩せた体を見て、憐れむような視線を向ける者もいた。


没落した陰陽師の息子。

町では、そう認識されているらしい。


陰陽寮の出張所は、町の中心部にあった。

二階建ての建物の前には、既に何人かの若者が並んでいる。皆、受験生だろう。


列に並んでいると、後ろから声をかけられた。


「おい、お前も受験か?」


振り返ると、同い年くらいの少年が立っていた。

短い黒髪、日焼けした肌。道着を着ているが、サイズが合っていない。袖が短く、手首が出ている。


【佐々木小太郎】

HP: 120/120

MP: 8/8

Status: 緊張


解析眼が、自動的に情報を表示した。


「ああ、そうだ」


「俺もだ! 佐々木小太郎っていう。東町で道場やってる佐々木の息子」


小太郎は人懐っこい笑顔を見せた。白い歯が眩しい。


「結城黎明」


「結城って、まさか、あの陰陽師の?」


「......一応」


小太郎の目が輝いた。


「すげぇ! 本物の陰陽師の息子か! 俺なんて、剣術もできねぇ落ちこぼれだぜ」


自嘲的に笑う小太郎。しかし、その笑顔に暗さはない。


----------------------------------------------------------------------------------------------------

受験手続きは、思いのほか簡単だった。


名前と住所を書き、銀貨五枚を払う。それだけ。

受験票として、小さな木札を渡された。番号は「四十三」。


「試験は明後日の朝、辰の刻に陰陽寮にて」


受付の老人は、事務的に告げた。


建物を出ると、小太郎が待っていた。


「なあ、黎明。この後、時間あるか?」


「特に用事はないが」


「じゃあさ、一緒に勉強しねぇか? 一人じゃ、さっぱり分からなくて」


小太郎は懐から、ぼろぼろの教本を取り出した。『符術入門』。表紙が半分破れている。


「古本屋で買ったんだけど、読んでも意味不明でさ」


ERROR


また、あの赤い文字が視界に現れた。今度は、小太郎の教本の上に。


「......いいよ。どこで?」


「マジか! じゃあ、うちの道場でどうだ? 誰もいないから」


----------------------------------------------------------------------------------------------------

東町の道場は、想像以上に小さかった。


十畳ほどの板の間に、木刀が数本立てかけてあるだけ。壁には「佐々木道場」と書かれた看板が掛かっているが、文字が薄れている。


「親父は出稼ぎ、お袋は内職、妹たちは寺子屋」


小太郎が説明する。


「だから昼間は俺一人。気楽なもんさ」


二人で板の間に座り、教本を広げた。


「火炎符」のページ。基礎的な攻撃符術だが、それでも複雑な文様が描かれている。


「これ、全部描かないといけないのか?」


小太郎が困った顔をする。


黎明は、術式をじっくりと観察した。プログラマーの目で、構造を分析する。


「......いや、違う」


「え?」


「この部分と、この部分。同じ動きを繰り返してる」


指で文様をなぞる。


「プログラミングで言えば、ループ処理。同じことを何度も書く必要はない。一度定義して、それを参照すればいい」


「プロ......なんだって?」


「いや、なんでもない。つまり、こう描けばいい」


黎明は、紙を取り出して簡略化した術式を描いた。

線の数は、元の三分の二。


「これで同じ効果が出るはずだ」


「マジかよ......でも、教本と違うぞ?」


「教本が正しいとは限らない」


ERROR


赤い文字が、また現れた。教本の方が、間違っている。いや、非効率なのだ。


----------------------------------------------------------------------------------------------------

小太郎は、半信半疑で簡略化した術式を描き始めた。


不器用だった。線がガタガタで、何度も描き直す。それでも、諦めない。


「くそ、また失敗だ」


「力を入れすぎだ。筆は軽く持って」


「こうか?」


「そう、その調子」


十五回目の挑戦。


小太郎が描いた符から、小さな火が灯った。


「お、おお......できた! できたぞ!」


指先ほどの炎。すぐに消えたが、確かに火炎符が発動した。


小太郎の顔が、子供のように輝いた。


「すげぇ! 本当にできた! 黎明、お前天才だな!」


「いや、ただの......」


言いかけて、止めた。「最適化」という概念を、どう説明すればいいのか。


「とにかく、ありがとう! 初めて術が使えた!」


小太郎は、黎明の手を握って激しく振った。


その手は、厚く、温かかった。


----------------------------------------------------------------------------------------------------

夕方まで、二人で練習を続けた。


明かり符、火炎符、水符。どれも簡略化して、消費霊力を抑える。小太郎のMPは8しかない。黎明より更に低い。しかし、最適化すれば、なんとか使える。


「なあ、黎明」


休憩中、小太郎が言った。


「お前、本当に落ちこぼれか?」


「......霊力は、一般人並みだ」


「でも、頭はいい。術式の無駄を見抜けるなんて、普通じゃねぇ」


小太郎は、真っ直ぐな目で黎明を見た。


「俺、お前と友達になれて良かった」


友達。


前世でも、今世でも、久しぶりに聞いた言葉だった。


「......俺もだ」


そう答えると、小太郎は嬉しそうに笑った。


----------------------------------------------------------------------------------------------------

道場を出る頃には、日が傾いていた。


「明日も練習しようぜ」


「ああ、いいよ」


「じゃあ、今度は黎明の家で。陰陽師の家って、どんなだろう」


「期待するなよ。ボロ屋敷だから」


「かまわねぇよ」


別れ際、小太郎が言った。


「なあ、黎明。俺たち、試験に合格できるかな」


「分からない。でも......」


「でも?」


「諦めなければ、可能性はある」


「......そうだな!」


小太郎は、拳を握った。


「よし、明日も頑張ろうぜ!」


そう言って、走り去っていった。


一人になって、黎明は空を見上げた。


ERROR


赤い文字が、空に浮かんでいた。いや、違う。空の向こうに、薄く赤い靄が見える。


【異常な霊気の集積】

原因:不明

危険度:上昇中

推奨行動:要警戒


解析眼が、警告を表示する。


何かが、起ころうとしている。

試験の日に、何かが。


でも、今の自分には、準備することしかできない。


黎明は、家路についた。


明日は試験前日。小太郎と、最後の追い込みをする。それが今、できる精一杯のことだった。


次回、第一部 第一巻 第三章:入学試験。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ