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虚の機繰  作者: 浮海海月
新人戦編
9/12

9.屍達の舞踏会序幕−伍−

「どう責任を取るつもりだ?」

「責任って…一体何の?」

 お前こそ無責任に責任責任言ってんじゃねぇよハゲ。チーム全体の最速、全力を尽くして、俺も全力で走ってそれでも間に合わなかったんだ。お前なら間に合ったってのかよクソジジイ。


「とぼけたとて無駄だ。神具のことだ。S級ともあろうものが現場にいながら敵に逃げられた挙句、あまつには神具まで盗まれてしまう始末。どう後始末をつけるつもりだ。言い逃れはさせぬぞ」

「なんども言わせないでもらいます?一つ、まず現場に俺はいなかった。二つ、敵は逃げたかどうかはまだ明確になってない。三つ、責任を取れとしつこく言われたのでこっちで何とかする。これ以上何度も同じことを言わせないでくださいよ。ボケてるならさっさと施設に入りなよおじいちゃん」


 いい加減この何の生産性もないクソみたいな会話もそろそろ限界に近い。ちょっと気を抜いたらこのジジイ殺しそうになる。これだからイクサビトはクソなんだ。上に行けば行く程ゴミの掃き溜めが悪化していきやがる。頼むからうちの生徒たちに近づいてほしくない。近づいたら嫌な影響与えそうでならんわ。

「その『何とかする』内容を聞いているのだ。具体的にどうするのか答えろと言っている」

「どうするも何も、現状何も出来ませんよ。相手が今どこにいるのか、まず何が目的だったのか、それが分かってないうちはどうしようないでしょ。モチロン、仮にアイツが見つかれば全力で殺りにいきますよ」


 心配してるのは自分の保身と神具の所在だけ。それを奪われるまで、取り返すまでに払われた犠牲のことなんてまるで気にも留めちゃいない。こいつ相手に働けと言われて働きたいってなる奴とかいるのか?そんな奴らの気が知れねえよ。

「第一神具を盗られたっつっても向こうに繰り手が居ないなら扱えないし、しばらくは向こうも形なりを潜めてるでしょうし、今はほんとにどうしようもないんでね。ま、気長に待つしかないの」

 せめてのできることと言えばパニックになった子供たちを宥めること、これ以上の被害を出さないよう守りを固めること、次の襲撃があると想定して出撃用意をしておくことくらいだろうな。あ、関係各所への説明と謝罪についても考えておかないとか。


 神具のことは確かに大きな危険性を孕んでるとはいえまず向こうが扱えない、扱えたとしてそれへの対処法もあることにはある。すぐにでも取り返すべきではあるが、それで焦っておじゃんになれば本末転倒、それこそ一番避けたい。

 ヴィルベルグさんも「今は大々的に動くべきじゃない。捜索班は作るがその他の人材は用意を整えるまでに留めておけ」とか言ってたし、あくまで俺はそれに従う。実際正しいと思ったから。



「全く困ったじいさんだよ。怖いのは分かるけど未来ある若者たちよりそんなに自分がかわいいかね」

 央都ードラゴニア首都龍花都りゅうかまちーのそのまた中心にそびえ立つ城からそう遠くない場所に位置するB.M.C.本部から一人の教師が文句を垂れながら何食わぬ顔で帰路に着き出した。実際には家に帰るわけではなくまた別の職場に戻るだけなのだが、この場所から離れることそれが為されたのなら同じ意味を持っているようなもの、らしい。

「上に行きたくない若者が増えるのも頷けるね。あんな風にならないように教育しないと」


―――――――――――――――――――――――――


 ー八日目


「俺のせいです」


 ある病室の前のベンチに深く座り込んだ力也が、らしくもなく力無さ気にポツリと呟いた。


「一人称、直してるんじゃなかったっけ?」

 申し訳なさそうに呟いた力也の言葉を聞いて、一瞬驚き目を丸くしたがすぐに揶揄うように返した。勿論、力也もこんな返事が来るとは思っていなかっただろう、呆気に取られた顔をして溜め息混じりに言い直す。

「…僕のせいです」

「お、言い直した。律儀だね、ホント」

 この教師は本当に生徒を大切に思ってるのか?なんていう疑問が湧いて来そうになるやり取りを繰り広げるが、このお陰か二人の間にあった緊張感は和らいだ…気がした。


「別にお前は何も悪くない。今回は俺たち…大人の責任だよ。『ホール』に侵入を許したのも、その事実に気づくのに時間がかかったこと、対応が後手に回り過ぎてたこと、どれをとってもお前は何も悪くない。寧ろよくやった方だろ」

(S級とはいえまだ学生。経験値はまだ少ない方で格上相手に競り合った。よくやったよ、ほんとに)

「お前のおかげで相手の能力に戦い方、それに残渣までもが明らかになったんだ。これだけでも十分な活躍だよ。それこそ、そこら辺のやつじゃこうはいかないような、ね」

 賞賛、というよりは頑張った成果を出しきれなかった子どもを元気付けるように褒める。


 それでも他のことは何でも卒なくこなす彼であっても自分を慰め、許すことだけは力也には出来なかった。

「でも、俺…僕がもっと気を付けておけば、油断なんてしなければ… 神具を盗られることはなかったかも知れない、人死にだってあんなに出さずに済んだかも知れない…のに」

 言いかける力也の頭に少し強めに手が添えられる。強引に、それでいて優しく温かいその手は力也の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「自分の力を過信しすぎなんだよ、お前は。周りがお前をおだててもそれに応える義務なんてどこにもないだろ」

(それでも悔しいもんは悔しいだろうがな)

 力也は強い、それもすごく。だからこそかかってくるプレッシャーというのはあるだろう。そして、それに応えようとすればする程に―

「それでも僕がやらなきゃいけなかったんです」


 彼を縛っていく。


―――――――――――――――――――――――――


 ー三日目


 膨大な魔力に包まれ崩壊した都市のビル群を二人の少年が全速力で走り抜ける。

 決してここはディストピアなんてものでもなければ人類崩壊後の世界でもない、ただ災害に飲まれた都市というだけであって、ここにいるのはこの二人以外にも沢山いる。

 それでも人影一つすら見当たらないのはきっと二人の後ろから鳴り響く『足音』と舞い上がる煙の所為だろう。


「マジでどうすんのこれ?!あんなの相手してたら余裕で死んじゃうって!」

「だから今必死に考えてるって!お前こそなんか案とか出してくれ!」

「拝啓お父さんお母さん、先に逝く不幸をどうかお許しください。あと、僕の昼ごはんのお弁当を毎日パンにするのはやめてください」

「お前から先にブッ殺すぞ!?変なこと言ってないで早く頭回せ!」

「僕のパソコンはデータを開かずハードごと粉砕してください。ちょっとアレなやつが入ってますんで」

「お前のシモ事情なんか知りたくなかったよ!俺は!」

「いってぇ!叩くんならもっと優しくしてくれ!これ以上バカになったらどうすんだ!」


 かなり余裕がありそうなときの会話をしているが、人間危機が迫ってくると意外と普段よりも口がよく動いたりする。あの普段冷静沈着な透馬が焦ってしまう、そのくらい今の状況は良くないのだ。


「そんなことより『アイツ』は?!まだ追ってきてるのか?!」

「足音鳴ってるし近くには居るんじゃない…か…」

 先程までのよく動く口はどこへ行ったやら、二人はアングリと開いた口が外れなくなってしまった。


 今丁度すぐ横を通ろうとしたビルの一つがガラガラと音と煙を立てて崩壊する。その間から出てくるはサメの頭に人の身体、熊の手足をした巨大な魔物。おそらく全長10数メートルはあるだろうか、なによりその大きさが一番逃げたくなる要素のおよそ十割を占めている。

「ふざけんじゃ…ねぇえ!!うおおおお!!」

 踵を返し反対方向へと走り出す。怪物は止まる気はないようで辺りのビル群の間を地面を割りながら突っ込んでくる。

(どうする?このままじゃほんとに二人ともアリみたいに潰されちまう…)

「ああもうヤケだ!紅葉!手出せ!」

「おう!」

 差し伸べられた手を硬く掴む。その手を放さないように離れないように。

 紅葉は透馬のことを全面的に信じることにしている。無条件…とまではいかないが基本堅実で確実性の高い行動を取り、その都度成功を納めてきた透馬にはかなり厚い信頼を置いている

 透馬は紅葉を信じている。頭の回転が早く、自分にできないことをして結果上手くいっている紅葉の様子を知っている。だから、こ・う・した後は彼が何とかしてくれると、そう信じている。

「俺が跳んで緊急脱出するからその後はお前が何とかしてくれ!これが今俺たちにできる限界だ!」


 限界。自分にできることの最大値。本当なら「俺の限界はこんなもんじゃねえ!」とか「限界は越えるためにあるんだぜ」とかをいうべきシーンなのだろう。

 だが紅葉は違う。この男は既に、能力も魔力すらも使っていない一つ上の女に飽きるほどに負け続け、その中で自分にできる精一杯と、それで届く場所を知っている。そして、自身を過信することの恐怖もまたー


「OK!何とか…ノープランね。やれることなら何でもやってやるよ」

 早速覚悟を決めたか拳を固く握りしめる。

 絶体絶命の危機なのだから決めなければならないというのもあるが、それでも作戦なしで「後はおまかせ」に対処するというのだから大した肝っ玉だ。これも特訓の成果と言えようか。

「それじゃいくぞ」

 透馬の足に魔力が流れ集まっていく。

「3…」

 筋肉は膨張し、収縮する。見てくれこそ変わりはしないその脚は通常の六倍ものパワーを引き出すに至る。

「2…」

 サメ頭の大きく開けた口が、鋭い牙を二人に向かって駆けていく。

「1…」

 溜まった力を、魔力を放出するように押し出すように解放する。

「0!」

 解き放たれた力はロケットエンジンよろしく二人を空へと投げ出した。


 危機一髪でサメ頭の口の中を避けることに成功するも、今度は遥か上空。着地のことは考えてない、その場凌ぎで跳んだだけ。なんと他人任せな作戦だろうか。


 着地予想地点では魔物が大きな口を開けて待っている。すぐにでも行動に移すべきだ。


 能力を使い、目に見ることは出来ない鎖を創り、ビルへと放る。先端に鉤爪をつけた鎖はビルに刺さり、固定される。

「これさえ引きゃあとはなんとかなる!見たか!」

 アクロバティックなロープアクションをお披露目しつつこれ見よがしに威張ってみせた。

「ああ見てる見てる。助かったよ、ほんと」

 テストで満点を取った子供のような顔は「こう大人の返しをされるとこういう時は困る」なんて顔にすぐに生まれ変わった。

「なんかテキトー。もっとなんかさーあるじゃん。『俺が跳んでなきゃまずあの時でゲームオーバーだったんだぞー』とかさ。そういうのくれよ」

 かまってもらえなかった子供はあからさまに不貞腐れて文句を垂れ始めた。こんな事を言っていなければかなり格好良く見えただろうに、その機会を無駄にしたのだこの男は。

「はいはい、分かったから。いいから前見ろって。事故ったら元も子もないだろ」

 半分呆れた様子の透馬はただ一言だけそう答えた。



「君の強みは『機動力』だね」

「はい?」

 高らかにそう言い切るひばりとは対照的に地面に低く倒れた紅葉が僻んだ相槌を打つ。つい先程まで組み手をして一撃も貰わなかった人間に「武器は機動力ー」とか言われても信用など出来たものじゃない。

「わお。すごい信用できねーって顔してるね。まあそれもそっか、さっきまで私に一発も当てられなかったし一方的にボッコボコにしちゃったしね」

 理由は今ひばりが言ったことが全てだった。「自覚があるのであればやめてもらってもいいか?」と思う気持ちを飲み込んで「そんなことないっす、めちゃ信じてるっす」とは言ったが、だいぶ嘘が見え透いていた。


「んで本題なんだけど。君の武器のことなんだけどね」

 危うく本題を忘れるところだった。あと少しで目的が『紅葉の長所』から『紅葉大煽り大会』に変わるとこだった。

「別に嫌味をこめて言ったわけじゃないよ。それは間違いなく君の武器になる。私が保証する」

 あまりに真面目な顔で言うものだから信じてしまいたくなる。いや、おそらく本心で言ってるのだろうが、イマイチよく分かっていない。

「君の能力…今のところ創れるのは簡単な棒と玉くらいだけど、それを使った三次元的な動きも今の時点でも良くできてる方だと思う。それに君はまず素の足が速いでしょ?だから魔力使ってる君は部内でもかなり上の方に入ると思うし、だからこそ経験が浅いのにあの動きが出来てる」

(それこそ機動力だけで言えばすぐにでも私といい勝負出来るようになる…こんな才能、無碍にする理由がないもの)

 肝心の紅葉はまだ納得はいってなさそうな顔をしているがその様子が可笑しくてまた彼女は大きく笑った。



 数日前の自分とひばりとのやり取りを思い出し、笑みが溢れそうになる。彼女の言った通り、紅葉の武器は鈍ることなく如何なく初陣でも発揮される程に磨き上げられた。事実、遅い相手を幾度もこれを使って倒したり逃げたりしてきたのだ、一ヶ月もしない間にここまでの仕上がりは十二分に満足がいくものだろう。まさかここまで彼女の言う通りになるとは思ってもいなかったが。


 突如二人の真横の壁が崩壊し、巨大な熊の手が現れる。そこら中を暴れ回り偶然出てきたものじゃない、明確な二人への殺意を持った爪を立て、猛然と襲いかかる。

 鎖から手を離し、自由落下を始めてそれを躱わす。

 魔物はそれだけにとどまらず空を切ったその手を落ちていく二人に目掛け振り下ろす。

 空中、身動きの出来ない状況で振り下ろされた一撃を避ける術はない。

「くそっ!」

(どうする?明らかにミスった。これじゃあいつの狙いたい放題じゃねーか。どうする、考えろ、考えろ!)

 また鎖を創り脱出するか。否、近場のビルはたった今この魔物が壊してしまった。

 接地のタイミングで脱出もまた不可能。接地よりも先に接手する方が先だ。

 今からでも反撃をしたとて、それで止まる確証はない。


「ああもうしつこいなこいつ!」

 巨大な手が二人に触れるか否かという刹那の瞬間、透馬の足が魔物の手から「跳んだ」。二人と手は反対の方向に吹き飛んで行きなんとかこの危機を脱した。


「マジ助かった!さんきゅ!」

 受け身を取り、素早く身体を起こす。これもひばりに負け続けた特訓の成果だ。

「どうも。いいから早く安全な場所行くぞ、向こうが他のおもちゃ(獲物)に気取られてる隙にな」

 もう一度鎖を創り、この場を速やかに離れる。魔物の狙いはすでに定まっている。今は他の獲物を見つけ気を取られてはいるが、それもまたそう時間はもたないだろう。少しでも時間を稼ぐ必要があった。準備を整える時間が。

「紅葉」

 背中で揺られている透馬がポツリと語りかけた。

「アイツ、俺らで倒そう」


―――――――――――――――――――――――――


「…まずいな」

「ですね」

 一人の老兵と若き戦士の二人は一つのモニターに映し出された数値を見ては同じ言葉を漏らすばかり。

 そろそろ飽きないのだろうか、と周りも感じ出した頃だろうか、二人は示し合わせたように言の葉を紡ぎ出す。

「二日でこの被害者数だ。(やっこ)さんは相当ネジがトんでると見えるね」

「今すぐにでも学生たちを避難させるべきです。これ以上の被害が出ることは決して許されたことじゃない」

「『ホールの出口』を今人集りにするのはむしろ悪効果だと言っただろう?出口は限られてる中そこに人が集まれば異端者を見つけるのが困難になるともね」

 二人の会話を聞き、口を挟む者も出てきだす。状況が状況。誰もが今を打破するために躍起になっているからか、皆が積極的に動き発言をするようになっていた。

「だったら休憩所にでも入れればいい話でしょう。あそこ以上にこの『ホール』の中で安全な場所なんてないでしょう」

「いや、休憩所でも人死にが出てる以上確実に安全とは言い切れないな。それがマーク式だったのか本人がそこに行ったのかは分かんないけど」

 若い男の主張は三十路手前の男の冷静な声にかき消された。


 この『ホール』は今、襲撃を受けその対応に追われている。犯人は大会三日目となった今どこかに形なりを潜めたが今もこの中にいる。この場の全員がそう信じていた。

 モニターには種々の数値やデータ、記録が映し出される。その中には「『ホール』に出入りした人数」というものがあり、その数は初日から今の今までずっと0のままなのが良い証拠だ、と。


「とりあえず学生たちの避難を最優先で進めるべきっていうのは俺も賛成。但し、避難所は各校でまとめるんじゃなくて『全員同じ場所』に限定することはつける」

 それでどうだ?なんて言いたげな顔を浮かべ、ヴィルベルムを脇見する。

 しかし返ってきたのは「学生たちの避難は後回し。皆には悪いがこれからはイクサビトたちを『ホール』内に設置し、()()()()()()()として処理する」だった。


―――――――――――――――――――――――――


「準備できたか?」

 電話口に聞こえてきたのは彼の相棒、透馬の声。

 準備とは聞こえはいいが実際には「化け物相手に鬼ごっこをする覚悟は決まったか?」である。あまりに格好がつかない。

「ばっちし。いつでも行けるぜ」

 軽く体を動かしウォーミングアップを済ませた紅葉がクラウチングスタートの構えを取り、その時を待つ。


「それじゃはじまるぞ。せー…のっ!」

 その声と同時に紅葉の背後で大きな音とともに地鳴りが響いた。透馬が瓦礫を落とした陽動用の落石が魔物を導く。



「あの魔物多分お前を追ってるんだよ」

 突如として透馬はそう語り出した。

「え、どうやって?」

 魔力探知、それは基本として魔物は行わないとされている。血の匂い、あり得なくはないがそれならそこら中から立ち込めている。その中から特定個人を狙うのは少々考えにくい。

「それは俺にも分かんない。でもアイツは最初に出てきた時もお前に狙いをつけてたし、一度逃げた時も俺らの先回りをしてたくらいだ。なんなら今もちょっとずつお前に接近中。何かしらを使ってるんだろうよ」

 かなり重要なところをやっつけで片されてしまったが理には適っている。

 追われている本人としては三つ目はもう少し早く言って欲しかったが。

「それで『囮作戦』か。確かに、アイツのせいでオレらかなり参加者からヘイト買ってるだろうから、動けるオレが囮なのも納得だな」



 紅葉の背後からサメ頭の巨体が勢いよく飛び出した。大きな土煙を連れ、辺りのビル群を薙ぎ倒しながら突っ込んでいく。

 電話越しの透馬の合図に意識を集中させる。

「on your mark.」

 足音がさらに大きく、地鳴りが鳴り響く。

 それでも意識は電話越しの声に。

「set.」

 魔物が口を開いた。腕を上げた。喰らいつく準備は万端のようだ。

「go!」

 その合図とともに紅葉の足が大地を蹴り、駆け出した。

 速度はほぼ互角。一人と一体の隙間が開くことも狭まることもない。

 突き当たりを右へ。入射角はキツめに、差し込むカーブを入れる。デカブツは対処しきれず鉄筋のコンクリートに突っ込んだが、それも意とせず振り切り追いかける。

 ガラス張りのショーウィンドウを割り、廃デパートの中へ。お出迎えをしてくれるのはイカした服を着た店員でもアパレル商でもない、イかれた参加者たち。

 全員が各々の武器を手に『手厚いお出迎え』をしようとするのを辻斬り一閃。それだけでは退場リタイアにはならないが捌くだけなら十分。

 あとは怪物さんのご機嫌と彼らの運次第。

 崩壊仕掛けるデパートを駆け上り、上へ上へと目指す。

 四階に登ったあたりで限界。窓ガラスを割り外へ。

 崩れ行くデパートと残酷にも鳴り響くポイント加算の通知音を尻目に不可視の鎖を放り投げる。

 鎖はコンクリートの壁に突き刺さり、紅葉を連れて振り子運動を始める。

 三次元的、所謂アクロバッティックな動きを前に魔物が翻弄される。

 先程は油断していたのだ。それさえなければこのくらい、訳はない。

 カーブを今度は左へ。ガラスの窓を突き破りどこかの元オフィスを素通り。それもまた、数秒もすればなくなるのだが。

 ショッピングモールと別棟とを繋ぐ渡り廊下を下へ、無駄に高いだけのマンションを上へ駆ける。

 登る途中ですれ違ったひばりに一言挨拶を入れたらあとはポイントの確認。

 それも済んだらまた走り出す。


 紅葉は走った。昇っていく太陽よりも速く。走れ、英雄は負けないのだと。愛と正義の力は負けないのだと知らしめてやるのだ。


 辿り着いたのは行き止まり。三方を背の高い建物に、一方を巨大な魔物に囲われた袋小路。今一度、改めて両者の視線が錯綜する。


「やっぱり、お前よりもセンパイの方がよっぽど怖ーや」

 切り返し、鎖をサメの口にかけ、身体と地面の隙間を地面スレスレですり抜ける。

 勢いを殺しきれず、勢いよく行き止まりの壁へと魔物が突っ込んでいく。

 その先で待ち構えているのは―


「フカヒレ肉と熊の手か…こりゃご馳走だな」

 道路を挟んだ両の建物の放水栓を全開にしたシャワー。無論ただの水なんてことはない。

「魔法の術式はたっぷりかけた!あとは魔力流すだけだ!紅葉!」

「わーってるよ!『パキム(氷を造る魔法)』!!」

 紅葉が水に触れ、魔力を流した瞬間。一面の瓦礫の山と魔物が氷に覆われ白銀の世界を織りなす。

 魔物は自重と瓦礫の重さ、それに加えて氷による行動制限に熱を奪われるなどという散々な目に身動ぎ一つすることが出来なくなった。

 …捕獲成功である。


「よっ!」

 紅葉がゆっくりと透馬の方へ近づき、片手を軽く上げる。

 それにただ少し笑って透馬も片手を上げて見せた。

 小気味の良い乾いた手の音と爽やかな二人の笑顔が印象的だった。



「んでこいつ結局なんだったの?」

 相当気になっていたのだろう、小さな子供が親に向ける顔をして聞き始めるくらいるくらいには。

「俺たちに追加でポイントが入ったこととボーナスアイテムまで貰えてるってことはミッションかここらのエリアのボスとかだったとかじゃないか?そうじゃないとあのデカさは説明つかないだろ」

「そっか。じゃあオレらここのボス倒したってことか?!すげーじゃん!」

 分からないことを分からないなりに考えて答えてくれた透馬とは打って変わってどこまでも心配事なんてしてないような笑顔で紅葉が舞い踊る。

 どこまでも良いことしか思い付かない脳の構造でもしてるんじゃないのだろうか、という一抹の疑問符は頭の片隅へ放り投げてその様子をただ眺めることにした。

神河紅葉:魔力操作 D

     能力   虚無

     ランク  なし

     所持ポイント 49点


切頭透馬:魔力操作 D

     能力   月兎

     ランク  E 

     所持ポイント 51点

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