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虚の機繰  作者: 浮海海月
新人戦編
7/13

7.屍達の舞踏会序幕−参−

 ー大会運営管制室


 大会運営、『ホール』管理者、各校顧問、名高いイクサビト達が一堂に会すこの部屋は、『ホール』の中を映した数々のモニターが設置されている。

 そんな数ある画面の中で一際注目の激しいものはー


「どういうことだ?」

 どの年もここの値が0になることはない。必ず年に幾つかは発生する事象だ。

「わかりません」

 運営の古株の顔があからさまにしかむ。機嫌を損ねた子供のように、怒りを露わにする顔だ。

 だが、それはこの場にいる全ての人が感じていることだろう。はっきりと言って…

「異常な数値だ。これが『わかりません』で済むと思うか?」

 これに反旗を翻す者はいなかった。これの異常性と緊張感を全員がひしひしと感じ取っていた。

 例年であれば1や2で止まるはずの数値が二桁まで伸びているこれを異常事態と呼ばずしてなんと呼ぼうか、いやない。

「わからないもんはわかりませんよ」

 二十後半程の男が口を開く。その場の視線、全てを一身に集め、語り出す。突拍子のない言葉だろうと今は無駄に出来ない。

「問題は()()()側の確認が一切出来てないこと、ドローンの監視がありながら確認が出来てない」

 男が続ける。

「もしかしたら機械のエラーかもしれない、その逆かもしれない」

 黙りきれなくなったのか女性教諭が口を開き始める。

「じゃあ一体どうやってこれを説明するんですか!「もしかしたら」では済まない可能性だってあるんですよ!」

 保護者たちから子供の命を預かっている手前、責任を感じているのだろう。

 それはこの男も同じだというのに

「だから、私たちが今の早急に始めるべきなのは『ホール』内部で何が起きていてどうしてこうなったのか、かの確認でしょう」

 部屋中の首が揃って縦に頷く。どうやら全員の意見は一致したようだ。

 方針が決まったのなら後は指示役の仕事だ。男は身を引く。


「各校顧問、イクサビト各位はB級以上の者は『ホール』の中へ!C級以下、運営は内部でモニターの確認、ドローンないしは機械の故障、エラーの確認を急げ!又!この一件はこちらの指示のない限り一切の他言を禁ずるものとする!」

 大会運営長兼元イクサビト連合(B.M.C)総監長リア・ヴィルベルムの鶴の一声で全員が一斉に持ち場に移動し始める。

「すまない、迷惑をかけたな猿川楽さるかわがく

「どうってことはないですよ。あの場なら、ああする他にありませんでしたし」

 東間高校異能部顧問S級イクサビト『猿川楽』はそう答え、自分も『ホール』の中へ入る準備に向かって行った。


『確認された死者数…13人」と映し出されたモニターに背を向けて…


―――――――――――――――――――――――――


 薙刀のリーチを活かした斬撃が一振り、二振り。そして三振り。

 まだまだ止まらない。

(意外に早いな。重量武器をこんな細い子が使ってるのに)

 普通ならあり得ないことだ。これは『重い』以外に『大きい』も加えて、より一層だ。

 大きく重量のある武器は一振りが大きく破壊力が増す分、身体に大きな負担がかかるため本来、さほど速くは振るえないのだ。

 そう()()ならの話だ。

 これは異能戦。魔力が、魔法が、能力が飛び交う戦場に『見た目』が持つ情報など無に等しい。


「『筋力増強』上手いね」

 本当にそう思った。だから口にした。自分よりも上手くできる者からの賞賛は時に人を惨めたらしめることを忘れて。

「チッ…五月蝿いな…」

 躍起にさせてしまったか、斬撃がさらに加速する。

 そのどれもが彼の身に掠りはしないかった。どれも一様にのらりくらりと躱されて行く場を失うだけ。

(反撃してこないことにすら腹が立つ!)

 西園寺力也《天才》はどこまで人を下に見れば気が済むのか、何をどうしたらこんな人間になれるのか、産まれるのか。

 分からない。

 分からないからこそ、余計に…というものだ。

「ガアァッ!」

 大きく回転して放った斬撃が一閃、戦場に迸る。

 大きく脚を開いてペタンと倒れ込むようにして刃を見送る。刃はまた彼に届かない…が、彼の視界に映る景色はしかと彼の心に届いた。

「ハッ!まさかここまでとはな!」


 彼らの後方の大きな塔が完全に切断されている。自分はまだ能力は使っていない。であればこれをしたのは今目の前にいるこの男に他ならない。


()()、武具…いや、神具かな?どうりで強いわけだな」

 神具とは、特殊な武具−能力を持った武器や防具−に魔道具のことで使用者が武具を選ぶのでなく、武具が使い手を選ぶという特性を持つ。

 神具に選ばれる者たちは決まって何か優れた者か、『制約と誓約』によって何かを失った者たちか、はたまたその両方かと相場が決まっている。

 この少年も例に漏れず、そのいずれかに当てはまる。故にこの薙刀『比比羅木之八尋矛ひひらぎのやひろほこ』に選ばれたのだ。


「ハッ!」

 薙刀で十字に斬り、その遠心力を殺さないようくるくると振り回す。振り回した刃は勢いよく頂から滑落する。

「惜しかったな」

「それでいいんだ」

 冷たい言葉は力也の声をバッサリと斬る。これが刃で出来たならどれだけ良かったことか、と唸る思考をそのままに、全身に力を込める。

 ふわりと体を浮かばせ地面を一突き、高く高く飛翔する。頂点まで上がったところで大地の彼に向かってニ度斬撃を放つ。翔んだ斬撃は彼に当たる事なく大地を抉り取っていった。

「ハッハッ!ほんとに凄いな、その神具」

 高らかに笑うな。今は戦場だ。「命のやり取りの何がそんなに可笑しい!」

 落下する。あの男に向かって。回転する。頭を確実に割れるように。

 巨岩の如き蹴りが彼の脳天へ落ちた。


「ああ、楽しいさ…」

(嘘だろ…防御もなかったはずだろ…!)

 確かに今の蹴りを喰らったはずの男はゆっくりと口を体を動かす。

 あり得ないこと、あの威力の蹴りを喰らって笑顔で立っている(無傷)なんて。あの威力なら地面が割れてもおかしくはないというのに…

(割れてない!それどころかヒビすらも!)

「自分が知らないことを知らない人を知ることが出来るからな」

 今はそんなことに反応する暇など彼にはなかった。


 振り上げた刃から平突きを放つ。

 平突きは良い技だ。最速で放たれる刃、刃の方へ避けられたなら刃を振れば当たる。どちらも避けるためには一方向、刃のない方へ誘導することが出来る。

 そうだと言うのにこの男は悉く思い通りにいかない。

「フンッ!」

 突きに対して臆する事なく突っ込んで来る獣に、瞬間、怯む。怯んでしまった。

 先刻のこともあるんだ、仕方のないことだ、とも考えながら反撃をしようと躍起になって…

(無理だ)

 疾い獣に襲われつつ反撃を入れるなど、言語道断。方針は防御に固めるに限る。


 ドッ

 放たれた拳打は迷いなく彼の顔に引き寄せられる。無駄のない、最速最短の道を通って、全てのエネルギーを相手にぶつかる。

(速っ…なんだ?この速さは?)

「もう一発…!」

 胸にいい一撃が入る。威力はその身だけでは受け止めきれず、遥か後方へと吹き飛んでいく。

(クソっ!)

 一つ二つばかりの塔を貫通し、四、五体の魔物が粉塵と化した。今の彼はキャノン砲弾。ただ吹き飛んだだけであらゆる物を貫き破壊する。

 塔にぶつかる寸前に壁を斬る。そのままの壁にぶつかるよりもクッション性は増す。なんとか傷は少なくて済んだ。

「胸は…穴は空いてない…が、肋骨はイかれたか」

 体を起こすだけでも胸が軋む音が聞こえてくる気がした。

 目立った傷はないものの、大きなアザになってしまった上に肋骨は骨折。

 誤魔化しはきくものの、痛いものは痛いし、嫌なものは嫌だ。

 それでも、もう一度あの相手に立ち向かわなければならない。勝ち筋はあるし、まだ左程大きくは逸れてない。

「修正しないと…か…」

 視界の奥にその男を映して…


―――――――――――――――――――――――――


「総員、警戒態勢!常に注意を怠るな!」

 バラバラの武器を持ったイクサビトたちが綺麗な隊列をつくり、進んでいく。

 これ以上被害者を出さないために、原因を突き止めるために。

「監視用ドローンの回収を急げ!」

 全員の耳につけられた通信装置から指示役の声が伝えられ、各人がドローンの位置を割り出すことに力を注ぐ。

 それと同時に情報の整理及び管理の装置に一切の故障は見られなかったという報告も耳に入る。

「これは…まずいかもな…」

 猿川も悪い気を感じとる。他にも熟練の者たちはこの気を感じ取っている者たちがいる。

 熟練の者たちの研ぎ澄まされた感覚が、確かに()()()を捉えた。こういった限りなく第六感に近い直感はよく当たる。それも悪い方には尚更に。

「運営長!『ホール』内に未登録の魔力の残滓を確認しました!」

 こんな具合に…

(最悪だ…!最悪の『もしかしたら』だ!)

 もしかしたら…あの結果は機械の故障か、ただのバグだったのかもしれない。もしかしたら…あの結果は誰かの手違いであんな数値はなかったのかもしれない。


 もしかしたら…悪意を持った誰かによって−


 −皆殺されてしまうかもしれない。


「嘘だろ…」「嘘…」「そんな…」

 管制室から咽ぶ声が、辺りから驚きを隠しきれない声が−




 溢れ出した。溢れ出たものが濁流となって辺りを飲み込んでいく。




「最悪だ…ちくしょう…」




 ()()を照らし合わせるように確認された残渣と同じ魔力がべっとりとこびり付いた遺体が三体確認された。




 ここは東間高校休憩所。

 戦いに疲れた者が、敗れた者が集まり、憩う場所。




 確認された死者数…16人



―――――――――――――――――――――――――


 塔がガラガラと音を立てて力也の方へと倒れてゆく。切り倒された大木よろしく、倒れこんでくるそれが木とは違うことといえば、材質が石であることと、魔力がおびていることくらいだろうか。

 流石にこれには力也も少々驚き、目を見開くものがある。

(スゴイやつだとは思ってたがまさかここまで…!)

 神具を使っているとはいえども、高さ数百はある巨大な塔を切り倒し、それに魔力を込めようなんて発想はなかなかに思いつかない。

 端的に言えば、ゾーラもまた凡人とは程遠い『天才』というものなのだ。

 だからこそ、腸が煮えくり返るというものだ。

 自分よりも遥かに上を行く才能の視界に自分が欠片も映っていないことが。


 ドンッ

 塔が完全に倒れた。力也が能力を使った様子も塔の影の外へ逃げていった様子もなかった。

 今頃この瓦礫の下だろう。

「どこにいった?」

 探す。あの男が()()()()でやれるとは思えない。

 逃げた様子も、何とかしようとする様子も見られなかったのは諦めからくるものではないことくらいゾーラにもわかっていた。

 でなければあんな眼はするはずがないのだから。

「どこだ…どこにいる!これで俺の目を誤魔化せると思っているのか!」

 誰もいない瓦礫の山に向かってただ一人叫ぶ。まだ出てくる様子はない。

 ポイント加算をしらせる通知が一つ鳴り響いた。

「こんな…」

「所詮はこんなものか…最強などただの誇張した称賛だったというまでのことか」

 あまりにもあっさりとした勝利に余韻につかるような気概も起きなかった。この程度のことに自分は何を躍起になっていたのか、それが分からなくなってしまう感覚に酔いしれているだけだった。

 それだけでいいはずだった。

「なッ!」

 瓦礫が四方八方に散っては集まり、散っては収束を繰り返し始めた。そんな異様な光景を目の当たりにして立ち去ろうとしていた足が止まる。

 ゾーラが塔にかけた魔力がより濃い()()の魔力で上書きされていく。まるでこれは自分のものだと主張するように、誇示するように、自分の領土を広げていく。

 どれだけの時間が経っただろうか、否、一瞬の出来事だったか、そんな刹那に瓦礫は一か所に収束し、一人の好青年がのらりくらりとー


「『逆式・拒絶』」

 瓦礫たちが一斉に飛び立つ。岩の魚群はゾーラを吞み込み、彼を打ち付ける。

 先刻までは己の武器だったものが己に刃を向け襲い掛かってくる。大きな倒壊物は良い武器になる。しかし、その実、それは自分に何倍にもなって帰ってくる諸刃の剣たりうること、それを忘れていた。いや、知らなかった。今まではこれで倒せないなんてことなかったのだから、知るわけがないことだった。仕方のないことだ。


「ヒントはあげたよ」

「あのときか…!」

 高所から脳天に蹴りを入れた時、彼は無傷で立っていたのだ。その直後に吹き飛ばされたことでその事まで忘れていた。確かにヒントはあった。

 ただ、収束に発散、あれはなんなのか。能力が攻撃の無力化などのものであれば瓦礫のあの動きの説明がつかない。しかし、能力が発散であれば今度は無力化の説明がつかない。

(なんなんだこの能力は?!)

 考える。刃を振るう。振るって、考えるー


 ー分からない


 斬撃が空を駆ける。我武者羅に振るった刃は力也の腕にかかった。

 我武者羅でも、乱雑でも、一撃は一撃。

(なんでも無力化できる訳じゃない…神具の能力はこいつにも通用する!)

 それが分かれば、後はひたすらに攻めあるのみ。作戦を搦め手から、神具を使った一対一(タイマン)に変える。

 思考回路を、搦め手に使っていたリソースが一対一の戦闘に回せるようになった分、一閃のキレが増す。先刻よりも磨きのかかった技が最強の首に幾度もかかる。

「君の神具の能力、『あらゆるものを斬る能力』だろ?イイもん持ってるじゃん。しかも概念とか能力まで斬っちゃうんだろ?強いわけだ」

 降りかかる刃を捌きつつ力也が語り出す。

 顔を作る必要もない、正解という顔をするだけで返す。

 この際それが知られたところで気にすることは何もない。あれ程派手に神具を使ったのだから知られて当然だと最初から割り切っていたし、バレたところでどうしようもないのだから気にするだけ無駄というものだ。

(そんなことよりもこいつの能力について考えるのが最優先、神具が通じるとしても攻撃を封じた訳じゃない)

 逆袈裟、唐竹に袈裟とドンドンと技を叩き込む。少しでも能力を使わせて分析するために止まらずひたすらに叩き込む。

 次第に捌く手に余裕が見え始めた。神具の攻撃は通じるからと少々警戒していたのに、それももう打ち止めのようだ。

 胸に胴、腰と拳打が叩き込まれていく。最速で最適な道筋を辿り着いた手足はゾーラの身体に容赦なく打ち付ける。

 とめどない動きに翻弄される。

 目の前から消えたと思えば気づけば背後にいる力也こ攻撃を一身にうけ、背負われ投げ飛ばされる。

 その間も一度か二度、斬撃を与える。それくらいしか薙刀を振らせてはくれなかった。他は手足で抵抗しようとして当たらなかった。近づくことすらできなかったのだ。

(無力化ではないな…能力の応用で自分に近づくものを止めてるって感じか?)

 依然としてゾーラの徒手空拳は彼の体に近づけない。直前でぴったりと動きを止めてしまう。

 故に神具によって能力ごと断ち切る。現状、攻略法はこれのみ。

「このッ…!」

 激しい攻防。互いに防御を捨てた攻撃特化の戦闘スタイルで、あちこちが斬られては弾け飛んでを繰り返す。外から見ればきっと怪物どうしの戦闘にでも見えるだろうか。

 ―火花は咲き乱れている。


「僕の能力、わかんないだろ?」

 攻撃の手を緩めずに口を開き出した。ゾーラも一切手は止めない。首に狙いをすましながら質問に質問で返す。

「そうだったら教えてくれるのか?」

「もちろん構わないさ。それとも、それくらいで勝てると思ってるのか?」

「どうだろうな」

 そんなこと思ってはいなかった。せいぜい、解決の糸口にはなるだろう程度にしか考えていなかった。

 相手の能力を知ること自体は大きなアドバンテージに繋がるし、それだけで能力を完封出来たりもする。だから知りたかったのだが、ほとんど意味をなさないと悟り、現状の打開くらいにしか思ってはいなかった。

「僕の能力はね、『万有引力』だよ」

「…は?」

「知ってるか?この世のありとあらゆる物質には引力があってそれの力は質量が大きくなればなるほど強くなんの」

「僕の能力はね、それを魔力で自由に操ってんの。それの応用でさっきの瓦礫を動かしたりとか、自分に近づくの拒絶できたりすんの、『逆式』くらいは知ってるだろ?」

 呆けた身体に鋭い蹴りが一発。次に肩、胸、胴、頭に拳が入る。

 一瞬の出来事に受け身をとりきれなかった。

(それが分かってもどうしようないってことぐらいしかわかんないじゃないか)

 万有引力…この世の絶対の理。それを自在に操り、利用する。

(無敵だな)

 近づけない理由もそれだと分かった。そして神具だけが通じる理由も。

 いくつか攻撃を受けてようやく刀を振るう。正直、既にボロボロで、今すぐにでも身体がどうにかなりそうだった。

「フン!」

 少し跳ねて薙刀を振り回す。激しい斬幕に近づく術はない。何せこの幕は唯一の天敵とも言えるものなのだから。

(腕が…)

 斬撃が飛ぶ。巨塔を切り倒した時のように幾千里を駆ける斬撃が最強を捉えた。

 腕は付いてる。だが、いずれは…

 斬撃が止んだ。距離を詰めようとして…止まった。首に刃がかかりそうになるのを後ろ跳びで紙一重で避ける。

(まだこんなに動けるのか!)

 柄の先端、ギリギリを持ってリーチを伸ばした一閃を放った。あとはそのまま真っ直ぐに投げる。

「ハハッ!どうした最強!手が震えてるぞ!」

 力也の胸に投擲物が深く刺さった。

 無論このくらいで逃すつもりはない。

 刃は抜かずにそのまま斬りつける。こうなれば死は免れられないだろう傷がつけられる。

 勝利は最早目前。トドメの一撃を決めさえすれば()()はもう決まったも同然。


 そんな時ほど人は油断する


「『仮想引力』」

 それをただ受けている程力也は優しくはない。反撃の手は容赦なく入れるし徹底的に潰しに行く。

 ゴリゴリと音を立てて辺りが潰されていく。仮想の引力はゾーラを逃さぬよう追いかける。

 必ず捕えられるように。逃さぬように。この男に天敵など存在しない。全て呑み込むのみだ。


 咄嗟に後退し瓦礫の山に隠れてまた考える。

 近くからは自分を探しまわる音が聴こえてくる。

(あの能力がある限り、あいつに神具以外の攻撃は不可能、その上、フィジカルまで化け物ときてる)

 完全無欠が具現化したような人間とは彼のことを言うのだろう。どこをとっても悪いところが思いつかない。強いて言うなら、完璧すぎることくらいだろうか。

 そんな相手を少しだけ顔を覗かせて様子を伺う。

(やっぱり治癒まで出来るのか…傷口、軽くふさがってやがる…)

 攻撃力、防御力も優れた相手に治療能力まで与えるとは、天は全く信用ならない。二物どころの騒ぎなんてものじゃ済まされないだろうに。

(やっぱり、あれ使うしかないか―)



「隠れんぼは終わりかな?」

「ああ、鬼倒してゲームセットだ」


 大きく足を振り上げ四股を踏む。気合は充分。いつでも出れる。

 対してゾーラは比比羅木之八尋矛を天へと突き刺すが如く、振り上げじっとこちらを見据える。

 両者、一挙一刀が決め手となるこの状況。一切の油断も許されない。どちらが動くか、どう出るのか、見逃せば、出遅れれば―


 ―勝利はない


(動かない…!)

 力也の体が硬直した。石になったように動かなくなった。

 もちろん、こんなことが今この場でできるのはこの男―ゾーラ・ルックハード―に他ならない。

()った」

 ゾーラが動く。唯、一撃。この一撃に集中し、腕を振る。そうして次の瞬間には…

「俺の勝ちだ」

 刃が振り下ろされた。


「…いない!」

 消えた。力也がいなくなった。

 虚しく振り下ろされた薙刀は空を斬り、大地を割ったと言うのに、あの男だけが、西園寺力也だけが…

「『拒絶』!!」

 パァンと弾ける音がした。弾けたのはゾーラの後頭部の空気。弾けた空気が弾丸となり彼の頭を撃ち抜いた。

「ガ…」

「アアアアアアアア!!」

 よろけ倒れそうになる身体を踏み込み一つで支え、吹き飛んで行きそうな意識を持ち直す。

 まだ、終わってはー

「君、ほんとに強いな。今までやってきた中でもトップクラスだよ」

 望んでなどいなかった賞賛。止まらずに刃を振え。そうすれば、きっとー



「誰が…お前に褒めて欲しいって言ったよ…」

 刃は落ち、咲き誇る火花は散った。



―――――――――――――――――――――――――


「被害者たちの共通点は?」

「どれも特にこれといった共通点は見られない。特定の高校生徒を狙ったものではないかと」

「それじゃあ傷は?殺し方は?」

「大きな切り傷がついた奴もいれば、四肢が断裂された奴、串刺しにされた奴、殴殺された奴、様々。強いて言うなら、大きな切り傷がついた者たちは皆休憩所や『ホール』の外に出ているものばかりで他は『ホール』ないで殺されてることくらい」

 管制室の指示役の女に対して自分たちの得た情報を猿川が伝える。あくまで概要だけ、表面上のことくらいしかまだ分かっていないが、ないよりはマシだ。伝えておいて損はないだろう。

「あと、これはもうこっちの推測でしかないんすけど、多分相手の武器、大鎌に手斧、ナックルにナイフってとこかと。活動範囲が想定より広い。複数犯によるもんだと覚悟するように伝えておいて」

 小さく了解とだけ耳に伝わった。

 捜査班に軽く指示を促し、自身も行動に移す。

 事態が事態だ。誰もがとても冷静になんていられるものじゃないだろう。


 今こうしている間にも被害は増えているのかもしれないのだからー


―――――――――――――――――――――――――


 パチパチと手を叩きながら誰かが、たった今戦闘を終えたばかりの二人に向かって歩み寄る。

 戦闘が終わったばかりのこのタイミングを見て来たのであればそれはー

「そこまで警戒することはない。何も君たちに痛い思いをしてもらおうって訳じゃないのだから」

 全身を黒のタキシードに身を包み、白のシャツに赤と黒を基調にしたネクタイをつけ、黒のハット帽の金の羽根の飾りが一際に目立つ、金糸の髪を靡かせた男が飄々と現れた。

 顔は仮面のせいで窺えないが、その風貌は貴族のようだが奇術師(マジシャン)のようでもある。

「ならどうしようってつもりだ?少なくとも高校生には見えないけど」

 力也が敵意を隠しきれなくなる程に奇術師はオーラを放っていた。穏和な顔や柔和な喋り方からはそんなものは欠片も感じられないが、力也だけがそれを確かに感じ取っていた。

「いやなに、君たちの戦を遠くから眺めていたのだが、あまりにも優美なものだから感動してね。是非とも直接賛美を贈りたいと思ったのだ」

 片手を胸の高さまで上げて奇術師が語る。立ち振る舞いはまるで貴族、紳士そのもの。依然として、その雰囲気が崩れることはない。不気味なくらいに。

「それじゃあどうやってここに来た?」

 外には警備員として警察、イクサビトの巡回がされているし、大会前には『ホール』内部の掃討が行われている。侵入者となれば何かあったと考える、そんな配置になっているはずなのだ。そして、奇術師はここにいる。

「そうコトを急くことはない。言っただろう?」

 奇術師が走り出した。

 目前の衰弱した獲物を狩る獣のように、鋭い牙を隠し近づき、狙いを覚まして。

(速い…!出だし遅れた!まずい!)


「痛い思いをさせる訳じゃない、と」


 獣の牙、大鎌は空を斬った。寸前、ゾーラを抱えるようにして避けたのだ。

「速いじゃないか。今ので()()()()トろうとしてたんだがね」

 ゾーラの首、力也の胸から鮮血が流れ出る。力也より速く動き、能力を使っていた力也を傷つけた。

 天敵は一人だけじゃなかった。

「ゾーラ、君は今すぐ棄権して逃げろ」

「こいつは僕が相手する」

 深手を負った者を逃し、己が相手をする。それはなんとも…

「格好いいねぇ、それこそが『イクサビト』の求められる美徳ってものだ。ならばこちらも…」

「全力で迎え討とうか」


「『術式結界・黄昏の舞台(トワイライトステージ)』」

西園寺力也:魔力操作 S

      能力   万有引力

      ランク  S

      所持ポイント 43点

      特記事項 今回の主役とられた気がする

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