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虚の機繰  作者: 浮海海月
金星のセレナーデ
33/40

33.海王星の水死体が唄うトロイメライ

 久しぶりに見たかつての自分の部屋は出て行った時のままに維持されているなんて事はなくて、知らない物が置いてあったり幾つか残して行った物が失くなっていたりしている。

 決して散らかってはいないから清掃自体はしていたんだろう。

 仮にも主人の娘の部屋というのもあってぞんざいに扱う訳にもいかないだろうからそれはそうなんだろう。

(机の上、何か置いてある)

 ふと目に留まったものをおもむろに手に取って見てみる。

 見開き一ページの薄い本は本でなく一つの台紙で中には青年の写真が貼られていて、一枚の手紙が挟まっていた。

 手紙は写真の人物からの便りであったようで、どうにも丁寧な言葉遣いで「貴方に一目惚れした」「婚姻を結べることをありがたく思う」と記されている。

 彼女の心内は一抹の安心と諦めが渦巻いている。

 一先ず十も二十も年の離れたおっさんのとこに嫁ぐことは無いと判明したし、金にモノを言わせるような人物でも無さそうだと思えたし。

 結婚することへの抵抗感も若干薄れた。

 そりゃ相手がとんでもない奴だったらでき得る限り、使える限りの力を使い尽くしてでも抵抗しただろうが、全然そんな事はなくて寧ろ想像と遥かにかけ離れた人物と来たもんだから高すぎるハードルを潜って来ちゃった。

(いっそのこととびっきりイヤな人なら良かったのに)

 もしここに写っている人物が悪い為人(ひととなり)が容易に想像できる人だったら、もしこの人の書いた手紙が私利私欲に塗れた物だったらどれだけ良かったか。

(そしたら私、アイツのとこまで走っていけたのに…)

 どんなに嘆きたくてもこの喉は音を鳴らしちゃくれない。




―――――――――――――――――――――――――




 世間一般の皆々様方はそろそろ騒ぎ立てる頃だろう。

 二週間前に出されたあの予告の日がついに近づいて来てる、と心躍っていること請け合い。

 毎度毎度彼は刺激的なショーをくれる。

 毎日を死人のように職場から家までを行ったり来たり、虚ろな顔で面白みの無い炊事洗濯をしたりする一般社会人諸君にとって実に刺激的でデンジャラスでundaily。

 十八未満のお子様にはちょいと刺激が強すぎるこのショーを今やみんなが待ち侘びてる。

 さあみんな声に出して俺の名を呼んだみナ゛ッ

「そのつまらない妄想をやめろ、田白」

 頭のてっぺんにぶつかったクリップボードは時速4kmはあった。多分絶対間違いなくそんくらいはあった。

 タンコブ出来たらどうしてくれるんですか。

「イッタ〜そんな強く殴る必要ないじゃないっすか天峯さ〜ん。こうでもしなきゃもうやってらんないっす…ょ…」

 蒸した煙草の煙が充填しヤニ臭いったらありゃしないこの部屋でたった今、この箱最後のヤニを落としたせいで気分萎えちゃった。あーあ天峯さんのせいだ。

「分かりましたよ…もう二度と犯人を勝手な妄想で変人みたいな扱いしないっす。破ったら肺をタール漬けにしたって構わないすよ」

 言いながらも差し出された21mgのタールと1.9mgのニコチンを含んだ巻き紙を一本受け取り火をつける。

「お前もう真っ黒…てか破る気満々だろ」

 とかなんとか言いながら隣の腰掛けベンチにもたれかかり指先から出した火で煙草を点ける。いつ見ても羨ましい使い方だと思うし、様になる。

 ちなみにちゃっかり人の煙草の銘柄覚えて用意してる分、肺が黒コゲなのは半分天峯(こいつ)のせいである。

「分かってないっすね〜。こういうのは約束破って吸うのが一番美味いんすよ」

 どうだ新卒年下後輩系美女の若々しい笑顔を思う存分に堪能する気分は。くそッリアクションがない。マジでホンット靡かないなこの人。

 隣でシガレットを咥えた黄色髪の先輩かつ専属の上司は眉一つ動かさぬまま一瞬後輩を覗き見た後すぐにまたクリップボードをじっと見つめ始めて。

「そんな面白いこと書いてあります?自分には全部仕事が増えるって書いてるように見えますけど」

 勝手に盗み見たそこに記されているのはオッドマウスが出した予告状が印刷された紙と予告の日付が近づいていることをこれでもかと強調した赤丸、そして天峯が責任者に抜擢された文言。これら全ては田白の脳内で仕事、またはしごと、あるいはシゴト、極めつきにはworkに変換される。

 ここに記されている内容は全て天峯さんに仕事を振るものばっかり。ここから導き出される答えは直属の部下の自分にも仕事が来るということ。何も面白くない、ていうか余計に気分落ち込む。

「面白い訳ないだろ、俺だって嫌いな言葉ランキングトップ3に『責任』がランクインしてるんだわ」

「じゃあなんで出世しちゃったんすか」と言いたくなるのをグッと堪える。「じゃ田白はなんで仕事嫌いなのに刑事になったんだ」ってカウンターパンチが来るし。

 ため息混じりに愚痴ってもしょうがないっすよ、ホント。

「でもこれ以上上層部()を好きにさせる訳にもいかないだろ。仕方ないけどやるしかないんだよ」

 あなたのせいで可愛い後輩が巻き添えくらいましたけど。あなたが感じる必要もない責任を背負い込んだせいで自分巻き込まれたんですけど。

 とは言ってもしょうがない。

 自分がこういう人だと理解った上でこの人の下に就くって決めたんだから。

「この際、地獄の果てまで着いて行きますよ」

 軽く肘突っついてもやっぱり天峯さんは靡きもしなければ軽く揺れることもないけど、髪に隠れた耳が少し赤くなっていた。



 あと二日。

 もう二日しかない。

 たったの二回寝て五、六回飯食ったら予告状が指定した日になってしまう。

「作戦とかどういう風に立ててるんすか?」

 肺にヤニ入れ直して仕事モードに切り替えて廊下歩きながら次の大仕事の話をする。

 先に言った通りこの仕事の責任者は天峯他数名であり、その対策を練るのも彼らの職務である。

「相手の実力がS級は堅いと言われてる以上量で押しても意味がない。質高いの何人か連れて、後を外の警備に回す」

 天災相手に雑兵をけしかける馬鹿はいない。

 こういうのは専門家(エキスパート)か特定の機械を探して任を担わせる方がよっぽど建設的。

 S級もまた同じように、曖昧な基準であれど『天災レベル』と評され、雑兵をけしかければその分無駄に被害が出るだけだ。

 S級・西園寺力也との二度の戦闘、二度の逃走を赦し、S級遺物『時計仕掛けの心臓(クロックワーク)」並びに神具『比々羅木之八尋矛』を奪取している。

 現状把握している公的に得られている情報から考えたくなくなるほどの脅威を感じ取れる上、天峯はそこに加えて()()()()()情報を加味している。

 こうなれば人材をいくら送っても犬死に果てるのみ。そんなことさせられる筈も無し。

「最小の人数で最小の被害に抑えつつ確保を狙う。これ以外にやれることがない。俺以外にも猿川、西園寺の二人は意地でも引っ張ってくるけど、あとのB級以上の占星術士と魔術士十人くらいの派遣申請は田白に任せる」

 目の前に差し出された書類は警察がB.M.Cに派遣を依頼する際に必要となる申請書。これがまたメンドくさい上に規定がややこしいのだ。

「またそんなややこしいところを…はぁ、了解っす」

 田白の顔が黒光りのアイツを見つけた時のあの表情と同じになるが、すぐに諦めて与えられた仕事を受け入れる。

 少しは申し訳ないとでも思ったのか天峯は申し開きを始める。

「いや、だから一番面倒なところは俺が代わりにやろうと…」

「片っぽはお友達に連絡して終わりじゃないっすか」

 痛いところを突かれ吐血しそうになる。くそぅ、あまりに事実なせいで否定ができないぞ。どうしてくれるんだ。

 拗ねた声のせいか余計に心に刺さる。

 どうにか弁明出来ないものかとわたわたしていたら隣から吹き出すような笑い声が聴こえてくる。

「あっはは、ジョーダンっすよ、半分は。天峯さんが大変なのは分かってますから」

 腹を抱えて笑うと隣で狼狽えていた男が石にでもなったかっていうくらいに固まってしまって、それが余計に面白くてまた笑ってしまう。

 笑い過ぎて溜まって来た涙を拭き、乱れた呼吸を立て直す。

「あー面白かった。で、B級以上を最低十人っすね、了解っす。じゃ余裕のある天峯さんは思う存分作戦練っといてくださあね」

 ひらりと身体を翻して田白は自身のデスクまで走る。

 あと四十八時間もないタイムリミットまでの一瞬一秒でも無駄にしないために。




―――――――――――――――――――――――――




 どちらかといえば庶民派だと思う。

 高級料理よりもファミレスに行って定番のメニューを食べたいし、一流のコックが作った高級感溢れる普通じゃ滅多にお目にかかれないような夕食よりもお義母さんが作った家庭味溢れる晩ごはんの方が好き。

 目の前に並んだ煌びやかな夜ごはんは確かに綺麗であるけれど、彼女の食指を動かすことは出来ない。

(前はそうでもなかったんだけどなぁ。味しないし、食べた気にならないって気づいちゃったからな)

 この家を出て気付いた自分の食の好み。

 まず味は濃い方が美味しい。

 豚カツソースはたっぷりかけるし、塩コショウだってこれでもかってくらいかける。お義母さんと昨架に「塩分とり過ぎじゃない」って笑われるくらいかかってるのが丁度いい。

 次は、甘いものがちょっと苦手。

 どっかのバカと初めて出掛けた先で人生初のクレープを食べた時胃がもたれるかと思った。スイーツに慣れていないひばりの胃に生クリーム過多は少々キツかったのか、すぐに残りをアイツに託した。

 そして辛いものが好き。

 辛ければ辛い程チャレンジ精神が沸いてくる。周りからは散々な言われようだったけど美味しいし楽しいんだもん。やめられないよ。


 それらの好みと現在席に着いた食卓に並んだものはまるで系列が違う。お願いだからここに塩コショウを下さい。それさえあればアレ(クソ親父)くらいなら大目に見るから。

「見合いは明日、向こうの家が指定した場所で行う。必要なものは既に揃っているから、お前は婚姻に不要な物を捨てておけ」

 さっきからずっとこの話題ばかりで正直飽き飽きしていた。

 ひばりの目すら見ずに淡々と口を開く醒次の肉を割く所作は綺麗で、口を開かない母がフォークを口へと運ぶ。

(私の結婚にいらない物なんてここにある訳ないでしょ。私の物ろくに揃ってないんだから)

 部屋を改めて思い返す。

 けれどやはり脳裏に浮かんで来るのは最低限寝室として機能するための天蓋ベッドと勉強道具どころか学校関連物の見当たらないデスク、あとクローゼットに掛かっているヒラヒラした服ばかりで、結婚するにあたって要らない物の影すら見えない。

「碌な使い道のなかったお前が()()()役に立てる機会だ。二度も私をガッカリさせてくれるなよ」

 その声は淡々とひばりの心を突き刺す。

 それでも彼女は反論することはなく、ただ咀嚼を続ける。

 喉が音を出す出さないは関係ない。

 その行為が徒労に終わることを、時に逆効果に働くことをこの身体が憶えているから。

(分かってる。私は人であるよりも女であるよりも明星の繁栄の道具だと)

 結局、どれだけ逃げてもいずれは同じ結末に辿り着くことも分かってる。



 屋敷のカメラが増えている。

 食後、自室に戻ってもやる事がないのでここで一番大きな書斎にでも行こうかと思い歩いてる最中に気付いた。

 ひばりの監視の目が思いの外薄いのもこの影響だろうか、どこで何しようとしてもすぐに分かるからわざわざ人手を割く必要がないのだろう。

 理由なんてそんなものだろう。他にひばりに思い付くものがなかった。

「お嬢様、どちらにおいでですか?」

 道中、出会したメイドに問われてちょっとびっくり。魔力探知が出来なくなったせいで背後の人を気取ることが出来なくなった弊害がこんなところで。

 そんなことはどうでもいいけど、答えるに答えられなくてどうしようかと考え込む。

 導き出された答えは『身振り手振りでどうにか切り抜ける』。

「本」

「たくさん」

「大きい」

「本棚」

「シャンデリア」

 取り敢えず思い浮かぶ限りの出来そうなジェスチャーをやってみてメイドの顔を見ると、少しの間「?」という顔をしてこてんと首を傾げていたが、理解してくれたみたいで「ああ、書斎ですね。そちらでしたら「しばらくの間改修作業をしているから近付くな」とご主人様から御触れが出ておりますよ」と20パーセントくらいの醒次の真似をしながら伝えてくれた。

(仕方ないし、部屋戻るか…)

 軽く頭を下げ礼をして踵を返してここまで来た道を辿る。足取りは重くも軽くもないけどほんの少しゆったりとしている。

(あの部屋暇なんだよな…大人しくお風呂にでも入ってくるか)



 夜のまだライトの灯いた明るい廊下に消えていく背中を眺める肌を見せない黒のロングスカートから無線機が姿を見せる。

「薬指の…はい、まだつけたままです。今夜中に回収します」

 電波越しに「了解。つつがなく続行しろ」の声を聞いたメイドの目がひばりの消えた方向を見つめている。

「はぁ…めんどくせぇなぁ」

 無線機を仕舞うロングスカートから覗く長い脚にはデザートイーグルに鋸。

「なぁんであたしがわざわざガキのお守りなんざしなきゃイケねぇんだぁ?」

 滴り、飛び散る血肉が床に壁を溶かしていく。

 それは自身の背後に気取った気配に己が脅威を知らしめるように彼女にしては珍しい静かな怒りと対して珍しくないおどろおどろしさを醸し出しながら。

「ひっ…」

 愚かにも彼女を訝しんだメイド長。

 知らず存ぜずを通しておけばお前の命だけは助かったかも知れないのに、今際の際を悟り小便流して顔を歪ませることもなかったのに、

 ねぇ。

「たず/

  /げて」

 汚い死に様晒さず、気丈にメイドの長を務め一生を終えられたかも知れなかったのに。

「いやぁ、イジメ見逃してんだからドーセカミサマも赦しちゃくれねぇかぁ。恨むんならあたしじゃなくて祈りが足りなかったオメェを恨むんだなぁ」

 そう、彼女は日々欠かさず神へ祈りを捧げるために()まで用意しているのだ。

 毎日飯を寄越してくる奴と都合のいい時だけ頼ってくる奴の対比ができりゃ必然的に前者が選ばれるに決まっている。

 鮮血に魔力を流し術式を回転させると屍肉だけに飽き足らず脳髄も骨も残さず蝕み尽くして跡形残さず飲み込み尽くす。

 無線機から聴こえてくる聴き慣れた声がスカートからキャンキャンと吠える。それを嫌だ嫌だと思いつつ取り出し右から左へ小言を通らせる。

「チッうっせーなぁ。あーハイハィ、悪かったよぉ次はちゃんとやるからよぉ」

 想像よりも耳に響く声に咄嗟に無線機を放り投げそうになる衝動をギリギリで抑え、手放さず限界まで腕を伸ばすだけで耐え、さながらヒステリックが止まったところで悪態を吐く。

「あんのクソ奇術師ィ…ワガママお姫サンの機嫌取りと箱入りバカ女のお守りダブルブッキングしやがってよぉ、いつかゼッテェブッ殺してやらねぇと気が済まねぇなぁ」

 赤い血の《修道女》。

 必要とあれば仕える相手だって乗り換える破戒修道女。

 血肉湧き上がるショーをゴシュジンサマにご覧にいれましょう。













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