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虚の機繰  作者: 浮海海月
金星のセレナーデ
31/40

31.天王星より愛を込めたラプソディを

 ベッドの上で小さくなって気配を殺す。腐ってもA級なもんで怖いとかはまるで感じてはいないが、今の自分が戦ってもロクなことにならないと理解ってしまう。

(喋れないってだけでも厄介なのに、魔力も使えないんじゃなあ…手も足も出る前にどうにかされちゃう。大人しく力也を待つしかないか)

 SOSを送って早三分。時間も時間なのでそりゃメッセージを見るや否や飛んで来るとはまぁ思ってはいるけど、そんなに早いとは思ってない。まぁこのくらいはかかって当然だと思う。

(不気味だな)

 魔力は占星術士や魔術師にとっての資本だ。皆これを元手に戦うのだ。裏を返せば、魔力がなければ彼らは何も出来ない。能力や魔術はさながら、結界術や魔力探知といったことも不可能になる。この中でとりわけひばりに支障をきたしていたのは魔力探知だった。入院中なのだからそういった技術は全くもって扱う理由がないのだが、魔力探知は日常的に扱っているもののせいか、何も感じないことがいやに心地悪く感じさせる。

 そういったことを扉の向こうの何者かは知ってか知らずかまるで動かない。


 一応考えられるケースは二つ。

 一つはストーカーとかそういった類の人種。こっちはまだいい。余裕で一人で撃退できる。問題はバイタルに繋がれてる以上、派手に動いたらまあバレる。そして怒られる、いい歳した高校生が医者の言うことを聞かず暴れて怒られる。

 もう一つは何かしらの目的でひばりを狙っている人物。心当たりがあるかないかで言われたらある。占星術士としても明星家の長女としても狙われる理由はたっぷりだろう。こちらの場合、今の彼女ではどうにも出来ない可能性が高い。相手はまず間違いなく戦闘の心得があるはずだし、下調べも抜かりないと思われる。

 要するに以上二つのケースにおいても、『信頼がおけてかつ、ある程度の戦闘ができる人間』が必要なのだ。そして条件を問答無用で満たし、余裕でクリアしている力也に白羽の矢が立ちSOSを飛ばすことにした。

(一番はナースコールしてどうにかしてもらうことだったんだけど、誰もいなかったって言われちゃったからなぁ)

 こうなってしまったもんだからまあなんとでも出来る人間を呼んだわけだが、到着まで時間にしてあと少なくても三分はかかるだろう。

(まだかな)



 チクタクチクタク、ひばりの心臓の裏拍を刻み続ける時計の針が六十回は鳴ったくらいか、扉の外で「そろそろかな」と呟く。

 スライドドアに手が掛かる。

 ガラリと音が鳴って、次の瞬間に騒音に変わる。

「やぁ、久しぶリッ…!」

「人の女に何してんだコラァ!」

 カーテンがぬるい風に煽られ舞う。窓の鍵を開けておいて良かった、危うく弁償しなくちゃいけないとこだ。

(あ、そう言えば結局誰か確認してないや。ちゃんと確認しとかない…と…)

 窓辺にかけた手を放して振り返ろうとしたその瞬間、背後で大きな音がして無意識に肩を窄めてしまう。恐る恐る視線を音のした方へと向けるとそこには廊下に空いた穴の前に夕焼けにも似た髪をした彼が一人で佇んでいるだけで―

「ひばり」

 優しい声色。彼女がどんな状況でいようと怖がってしまうことのないように、安心していられるように作られた声で彼は呟く。

「ちょっとだけ、待っててくれ」

 微笑みながらそう言い残して彼もまた穴の中に飛び込んでいってしまった。





―――――――――――――――――――――――――




 ドアノブに手を掛ける。

 これを少しの力も使わず捻って、ちょっとの力で押してやればこの扉は開くはずだったのにそれが出来なかった。

 既にここで全うしなくてはならない仕事も果たすべき目的も全て成し遂げたと思っていたのに。

「鴨が葱背負って来たか」

 次の瞬間天井が抜け、眩い光が差す。その中心にいるのは姿を隠す気を失ったのかいつも通りの格好になっている慶猯がいた。

「悪い、ちょいと遅れた」

 後光を背に受け舞い降りる彼の視野に惨状。

 言葉に応える人はおらず、忌むべき人間がそこに立つ。

 たったの一瞬で脳内をバラバラの情報が駆け巡って綺麗に並んでいく。倒れた本棚、書類の燃え滓、無惨にも切り刻まれた本の数々、割れた硝子と落ちたフレーム、魔力に満ち満ちている部屋。

 そして、全身を赤に染めた仲間たち。

「成程、な」

 普段、滅多に見せない触腕は出しっ放しで血は垂れ流し。呼吸は浅く遅い。焦点は定まらず、一点を見つめる虚ろな目。

 自身の刀は手の内になく、見えない何かを握り続ける手。十五の少年のそれとは思えない生傷ばかりで血塗られた肌。目を閉じ、浅い呼吸をする。

 深く息を吸う。

 全て理解した。

 肺に酸素を取り込み、心臓から全身に回す。

 正面のあれがそうなのだと。

「仇打ちなんて柄でもねぇが…こいつらのリベンジマッチ、勝手にさせてもらうで」

 眼前にて握り込んだメリケン、赤い月を叩き割れ。気迫、魔力、闘気ともに満タン。ゴングを鳴らせ。

「三日月にまた一つ、墓標を増やそうか」

 そして一思いに砕け散り、天の遥かを知れ。




―――――――――――――――――――――――――




「で、ここに何の用だよ」

 不気味な魔力を帯びた彼のすぐ隣に控える禍々しいまでのそれが煌めく。

 外はめっきり夏の夜といった感じで、深夜の公園を照らす電柱に縋る蛾が番を探して飛び回る。

「オッドマウス…!」

 直前吹き飛ばした男に睨みを効かせる。のらりくらりと土を払ってる姿を見る限り何とも思っちゃいないのだろうが。

「ひっどいねぇ。私も出会い頭に跳び蹴りをされた挙句ぶっ飛ばされたのはこれが初めてだよ」

 冗談めいた手振りと口振りで笑って見せられると何故だろう、無性に腹が立つ。

「あんたに言われるレベルじゃないだろ。自分のやったこと箇条書きにしてまとめて読み上げてみろよ」

 構えた右手が、オレンジ色の瞳が奇術師に的を絞る。次の瞬間にはあの顔を弾き飛ばせるように感覚を研ぎ澄まして。

「それもそうだね。次の機会があればやってみようか、悪行読み上げ大会。その時には君の彼女にも参戦してもらいたいね」

 手持ち無沙汰の左手が大鎌をクルクル回して弄び、仮面の下で目が泳ぐ。そうして語り終えるとぴたりと止まって、彼を見据えて言い放つ。

「ああ。彼女、喋れないんだったね。君がしっかり守ってないせいで」

 瞬間、力也の目に力が入る。


 視界の端で木が高速で動いている。そのすぐ隣に一列にひどい土煙。空気が爆ぜるような強い衝撃とともに生まれたそれは百メートルくらい連なっている。

 土煙から突如として姿を見せたピアノ線に繋がれたナイフ。四つ並んで力也を狙うが直前で弾かれるようにして傷つけることなく終わってしまう。

「どうした?随分と焦っているじゃないか、最強」

 首筋にヒヤリとした感触が伝う。

 凶刃が首にかかりそうになったところを後ろに吸い寄せて回避して、余裕の狙い高めの後方背足蹴り。

「あんたこそ、な。裏の取り方、雑になってんぞ」

 ニヤリと笑った顔に一筋の切り傷と、それを覆うように鷲掴む一回り大きな手。

 近くの池に水柱が立った。





 埃が舞い、その中からメリケンが飛び出す。

 本棚を挟んで真正面、一本の剣を振るい攻撃を続行するオッドマウスに対抗するのは一貫、メリケン握った慶猯。

「私はね、君たちのことを勧誘したかったんだよ」

 コツコツと足音を立てながら向こう側を歩くオッドマウスに耳を傾ける。鳴らす音は依然として重たくならず軽やか、語る彼は夢見る子供に見えた。

「残念ながら片っぽにはフラれてしまったがね、君ならきっと私に共感してくれるんじゃないかと、ね」

 隙間から覗く仮面は瞳を隠しているのに不思議と吸い寄せられる。語りかけるオッドマウスの話を聞いてしまったのはそのせいか、と考えながらも取り敢えず聞き出せることは全部聞き出してやる。

「ワシが?お前に?そいつはさぞオモロい話聞かせてくれんやろな?」

 木屑が飛び散って拳が一発。両刃がそれを受け止め拳が引く。

「この世のバランスを正すのさ、善人と悪人のね。善人が辛酸を受容し悪人が我が物顔で日の下を闊歩している現状()を正すんだ。君にも分かるだろう?」

 ここまで言われてはっきり言って面食らったし、面食らわせてやろうかと思った。とんだお花畑の住民がいたもんだ、と。

 輝く魔力の塊が本棚を貫く。

「つまらん話聞かせやがって、耳が腐るわアホ」

 残念だ。

 残念だよ、天王山(てんのうざん)慶猯。




「君には期待してるんだけどなぁ〜。まあしょうがないか、別に善悪とかどーでもいいし」

 池の中に立つ人影が一人の人物を捉える。真っ黒なタキシードは夜に紛れて分かりにくいが、不気味なまでの魔力が隠しきれていない。

 だが、あれは一体…

「…何の話だ?」

 足と水の間に生まれた隙間で水草が靡き、鯉が口を動かして近寄ってくる。

 文脈が分からない。ぶっ飛ばしたかと思えば善悪?というか自分に話しているようにも、独り言のようにも聞こえない。

 だから当然のように生まれた疑問を当然のように投げつける。

 しかし、返答は求めていたものではなくて―

「ん?あぁ、気にしなくていい。寧ろ君は自分のことを考えておくべきじゃないか?負けた時の言い訳とかさ」

 池のほとりに立つ奇術師の姿が消えた。水面に波紋が広がって、また戻って、柱となる。

「『逆式』」

 空気が爆ぜてまた水面が揺れる。それを避けるように波紋が広がって左半身に迫る危険を察知。然らばもう一回爆ぜましょう。

「で?一発喰らってソレのお前こそ用意しとかなくていいの?遺言とか」

 仮面から血が流れる彼の声はまだ笑っている。

「詰めが甘いよ、クソガキ」

 上を指差す手と違和感。

 咄嗟に身の守りを頭に固める。案の定空から三日月が堕ちては彼の脳を貫かんとする。

 舌打ちながら目の前の奇術師とも殴り合う。目を離さずにいられたのは僥倖、このまま潰す。

 彼の背後には大鎌が、敵の武器が落ちている。

 無論、それを拾おうと動きを作っているのか、少しずつそちらの方へとにじり寄せられている。

 左の掌底を肋骨へ、瞬間綻びが生じるも能力を『常式』で引き寄せる。

(取らせねぇよ!)

(要らねえよ!)

 池から姿を現したのは柄の長い槌が三丁と両刃の剣が二振り。これらが力也を襲うが、どうにもこうにもならない内に躱す。

 宙を駆ける槌を一丁、剣を一振り手の内に納め振るう。奇術師を隠すように水柱が立ち、水底の砂利が舞い上がって濁る。

 視界を塞がれれば守りを固める。魔力探知は距離が近くなればなるほど役に立たない。動きを読むのはどこまで行こうと己の視覚情報に頼り切り。

 しかし、彼の下した判決は異なる。

(こいつはどうやってか僕の能力を無効化する術を持ってる。能力頼りの防御じゃ足元掬われる、なら―)


 己の全力を以って迎撃する――




 大鎌は回転して金属製の外付けの骨格を弾いては斬撃を繰り返す。

(やはり、強いな)

 おそらく彼の一撃を一発モロに受けてしまえば形勢逆転もありえるだろうし、狙いも悪くない。的確に隙を突いてくる。こうして形勢が変わってない以上、悉く潰している訳だが。

(瞬間最大風速で言えば私と互角かそれ以上。これを的確にかつ120%の力で打ち出せる才能もある。やはりこの男は…!)

「流石だね、鬼の一族ってやつは」

 その名に恥じぬ強靭な肉体と特徴的な角を持ち、その中に強い魔力を宿していると謂われるこの世界において竜人、巨人に並んで三大種族と呼ばれている種族、それが『鬼』。

 彼らが放つ一撃は地を割り、獲物を地獄の果てまで追いやる。

「分かっとんのなら早うくたばれや」

 振るった拳がオッドの胸を掠める。

 鈍い感覚が彼を揺らす。掠っただけでこの威力、まともに喰らうとこなんて想像だにしたくない。

「私は負けそうとも苦しいとも言っていないよ。あくまで君を評価してあげたまでだ」

 高めの蹴りが慶猯を吹き飛ばす。人型より若干大きい穴を開けつつ本棚を通り抜けて、止まったかと思えば目の前には秒針の着いたハートを露わにした心臓に刻み、業“火”絢爛全身に火花を散らす導火線で装飾したキング。

「ハートのK(キング)

 よぉく狙いすまして慶猯の胸元へダイブ。咄嗟に逃走に成功するもそれが起こした爆風に巻き込まれる。

大禍の父(オッペンハイマー)

 たった今自分が開けた―開けさせられた穴を通りオッドが姿を現す。背後には先程の爆発を起こしたデカブツ。

 二体一、それ以前に状況は最悪。挟み撃ち、逃げ道は右か左かの二つに一つ。




 水柱から姿を見せたのは剣の切先。次いでわずかに遅れて反対方向からは槌が頭部を狙う。まずは剣を叩き折って、槌を小さくまとめてしまう。

 これで彼の持つ武器は一つ残らず潰えた。三日月は未だに力也の背後に沈んだままのはず、全力で捻り潰しに向かう。

 水柱から飛び出して驚愕。彼の姿は何処にもなく、カードがはらりと落ちる。

 彼は生粋の奇術師(Liar)

「全力を以て」?そんなものはやっていて当然。

 対等に()り合いたいならば、貴様が見合うホラ吹き(Audience)になって来い。

 水面が瞬間熱を帯びた閃光に包まれる。


「別に私はここに戦いにきたんじゃない。目的は()()()()()()()()()だ」


 魔力が霧散している。空へ放たれた水塊が雨粒となって降り注ぐ。


「二度の(オッドマウス)の接近を許した病院を過保護な金持ちはどう思うだろうね」


 揺れる瞳の奥で想起されるのは()()豪邸。

 彼女が住まう意義を見出せず飛び出したあの。


「待てよ…あんたまさか!」


 口の聞けなくされた上に抵抗する力さえも奪われた少女


「さぁ、精々面白可笑しく踊り狂え」


 全ては屍の舞台上(手の平の上)


 仮面はいつも通り惨めな彼らを嘲って、誹って、嗤う――


 夜の闇の中、電柱の下で蛾の番が雁字搦めに蜘蛛の中へ。




 宙を駆け、掴んだ本を投げる。デカブツが慶猯に辿り着く前に爆ぜて灰が舞う。

 爆煙の中から霞んだ手が伸びて慶猯に喰ってかかる。

 空中、自由な動きはない。分かっていることは少しでも擦ればあれは爆発すること。身体を捻って紙一重、心臓に拳を放つ。

「簡単に壊される訳にもいかないんでね」

 拳に飽き足らず全身が硬直して動けない。爆発の王の胸中に抱かれ、黒煙に包まれる。

 オッドの手の内にダイヤのA。

 散り落ちるのは何か、焼き加減ミディアムの鬼の肉塊かはたまた輝く魔力の塵か。

 答えは後者、その身体炎に包まれながらも一度は硬直した拳で心臓を貫いた。

「惚れ惚れするよ天王山、腹立たしいくらいに」

 投げ捨てられた大禍の父を両断して、捨てた当の本人を見上げる。

 影が大きくなる。

 高濃度の魔力を帯び焔を伴った踵が鎌とぶつかってそれぞれが黄色の輝きと濁った輝きを放つ。

「カルシウム不足か?家帰ってママのミルクでも飲んでろ、ダボ!」

 振りかぶった突きがオッドの額を狙い、それを流されて、今度は肩を透かす。隙は作った、あとは上手いこと決めればいい。

 拳は背後から忍び寄る手の平に受け止められる。

 手の平はスイッチ。人を殺す、灰まで燃やし尽くす爆弾の。

「どうして心臓を潰せば消えると思った?何故、頭をすり潰して終いと思い込んだ?」

 心臓はなくとも父は動く。抱えた頭など無くとも女王は首を刎ねる。

「甘いんだよ。君ら全員、どいつもこいつも。ぬるま湯の中で地獄で暮らしてきたと思い込める脳みそじゃ考えらんないだろうがな」

 未だ微かに蠢く触腕を踏み潰し、浅い呼吸をするガキの頭を蹴飛ばして、倒れる慶猯の頭を踏みつけに。

「どうした?もう元気無くしたのか?ママのミルク飲んで元気出して出直したらどうだ?」

 踏みつける足を掴んで投げ飛ばす。

 しかし、たった今投げようとした彼はぴくりとも動かない。

(こいつ…どんな体幹してんねん)

「手ェ抜いとったんか…ざけんなよ」

「かもな。さてどうする?」

 ゆっくりと彼は立ち上がる。見下ろすオッドの視線が徐々に上昇して、ただ一点を見つめる。

 彼も睨みを止めない。

「ドアホ、んなもん決まってんだろが」

 顔前にて再び並ぶは両の拳。暗い部屋の中で握り込まれたメリケンが鈍く光る。

「くたばれ、ワシは花の慶猯や。仮にもコイツらの長張ってるワシに背中向けて逃げるなんて真似出来るかい」

 鬼の角はその鋭さを依然として失わず、肉体に綻びなし。スス付きの全身で再度走る。

 仮面の下で溜め息が籠る。

「本当、馬鹿馬鹿しくて格好いいね。いいだろう。ならこっちも精一杯付き合ってあげようか」

 三日月が薙いで風が吹く。

 鬼が走る。

「さあ来い!満足の行くまで踊ってやる!」

 よぉく振りかぶった拳、踏み込んだ足が地面を破る。

 振り落とされる三日月、血に塗れたそれが首に傷を着ける。


 手応えはなかった。

 なのに気が付いたらこの部屋には三人の負傷者が居ただけで、他には誰も何も居なかった。

 荒れた図書室は「確かにここで争いがあった」という証拠を抱えたまま沈黙した。




―――――――――――――――――――――――――




 名前も知らない誰かに憧れた。

 ただそれだけのことだった。

 名の知れた英雄にはむしろ興味はあまり無かった。

 ただ、たまたま名前も知らない占星術士が名前も知らない誰かを助け支えている姿に童心を輝かせてしまった。たったそれだけのことでこの世界に踏み込んだ。

 結果はどうだ。

 このザマだ。

 謂れのない冤罪ふっかけられたかと思えば有無を言わさず指名手配。ネットじゃ好き勝手言われ放題。家族、友人巻き込んで盛大に迷惑掛けて。守りたかったはずのものに価値を見出せなくなって、輝いて見えてたものが見えなくなって。

 それでも何とかもう一度価値を見つけようとして、光を取り戻そうとして踠いてく程泥沼に落ちて、余計に悪くなっていって。

 最期には何もかもを失くした。


 思い返せばクソみたいな人生だ。


 そりゃ母親にだって憎まれもする。


 俺だってこんな風に生きたいと願った覚えはないが、産まなきゃ良かったと言いたくなるのも分かる。


 誰も知らない地獄。


 知る由もない地獄。


 それでも歩みを止めることは赦されず、先にあるのが苦痛(更なる地獄)と知りながらも歩み続けて業だらけの全身が灼かれる感覚を誰も知らない。


 知る訳がない。



 こんな悪夢をたまに見る。


 嫌にリアリティがあって、変な感覚になるそんな夢を。

 まるで何かを思い出させるみたいに―――

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