29.木星が奏でるプレリュード
走れ。風を切りながら全力で。
潜め。影よりも暗く闇より暗く身を隠せ。
探せ。草の根掻き分け土塊岩盤叩き壊して。
奪え。己が奪われたものを奪い返せ。
例ひ、果てにある物が他の誰かの尽きることなき絶望であろうと。
金持ちというのはなかなかどうして着飾るのが好きな生き物なんだろう。
塀を越えて豪邸まで一直線に突っ走る。
しっかし流石は金持ちだ、防犯システムまで一級品と来ますか。それでも…
「ガトリングはなしだろォォォォ?!」
「言ってる暇あったらさっさと足動かせ!こん中で一番動けんのお前やろ!」
銃弾は鳴り止まないし警報は騒ぎ放題。潜入という体裁はものの見事に瓦解した。もう潜入のせの字もない、ただの侵入だ。いや、せ以外に変わる文字はないんだけど。
「とにかく走れ!人まで集まってくるんは勘弁や!サカズキもうちょいスピード出せ!」
余力があるのは紅葉くらいだろう、慶猯もサカズキもとっくに全速で足を動かしている。
「マジい?これ結構本気よ?」
そうは言っても銃弾は止まってくれないし、ガードも全力で潰しに来るし。ああほら、追いつけないからってついに武器投げたりし出したよヤケクソかよ。
縮まることはない、どちらかというと緩やかに開いている距離でも鉛の塊とかは割と届くものらしい。わあ雨みたいできれい、とか言ってる場合じゃない。
「ああもう!いっそここで…!」
走りながら後ろを振り返る。身体にイカ足が巻き付いて勝手に連れて行ってくれる。魔力を集めて不可視のそれを形造りださんとする。
「アホ!人目のあるとこで能力は使うな言うたやろが!黙って走ることに集中!」
それは慶猯によって憚られる。そりゃ悪手でしかないのだから制止するのが当然のことだが。
イカ足はもう身体にはなく、己の足で地を駆ける。
幸運だったのは追っ手が三人の背後に集中していたことだ。仮に左右から来られたり、前から挟み撃ちにされたりでもしたらひとたまりもないってことはないだろうが、激しく消耗していたことには違いないだろう。それがないってだけでも良かったっていうことしたい。
ま、それも悉く打ち砕かれるんですけどね
「チッ、前からも来よった。全員戦闘用意!こうなりゃヤケや、徹底的に潰せ!ただし、能力だけは使ってくれるなよ!」
抜き身の刀にシンプル拳、それとゲソ。これらがあっと言う間に敵に向かって一直線。この世の地獄でも見たような顔しやがって、失礼だぞ。
「逃げへんことは褒めてやるけど、な!」
慶猯の右ストレートがガードの頰にドストライク。歪んだ顔面はそのまま彼方まで後ろの人束を引きずってサヨウナラ。人混みに空いた穴を無理やり紅葉が走り抜ける。その先に控える人の胸に右切上の傷を付ける。
「かってぇ!」
何詰め込んだか知らないが服が切れたくらいで大した傷はつけられない。だが、斬撃が効かないのであれば効くものを使えばいい。効く場所を探せばいい。
腹の高さまで上がった足はそのまま真っ直ぐに敵の鳩尾に突っ込まれる。その一瞬の隙にイカ足が敵を掴んではあらぬ方向へ掴んではあらぬ方向へ…と投げ飛ばしていく。
イカ足が再度紅葉に絡みつく。吸盤はしっかりと身体を掴んで放さないが優しく包まれているかの安心感がある。
「無事そうだね、それじゃいくよ」
サカズキが人混みを抜ける。押し寄せる群衆を押し除け弾き飛ばしながら突き進む。ダンプか何かなのだろうか?というか潜入のことはもう忘れちゃったのか?確実にたった今前科一犯がつくのが確定しちゃったが?
…しかし、一つ忘れていないか?
「…ケイジさん!ケイジさんはどこ行ったんスか?まさかハグれちゃったんスか?ならすぐに戻って…」
「作戦変更!二手に分かれて館目指すよ!慶さんなら一人でもなんとか出来るから僕たちは全速力でここ抜けるよ!」
イカ足がゆっくりと紅葉を降ろす。
周囲に脅威になりそうな人影はない…とは言い切れないが、余裕はある。というかサカズキが目で訴えてくる。多分そう言うことだろう。
「サカズキさん、しっかり掴まっててくださいよ!」
両手でサカズキ抱えて今度は全力で走る。何を隠そう紅葉はホールの中にいた馬鹿みたいな大きさの魔物と追いかけっこが出来るのだ、人一人抱えながらでも烏合を撒くくらい訳はない。
池の上を跳び、木を横へ。謎のオブジェクトたちの隙間を縫いながら走る。時折姿を現す動く有機物や無機物はイカ足が弾いてくれるから心配はない。
塀からのガトリングガンによる射撃音はいつしか止まっていた。
ただし、そんじょそこらに置かれたタレットが平気に二人を狙う。
「ほんとにここの住人は何を考えてこんなものを置いたんだよ、こんな家オレなら意地でも出てくわ!」
足元にはいくつかの小さな穴が空いている。その中には未だ熱を離さない鉛玉、マジでいい加減にして欲しい。
しかし、館まであと少しの辛抱だ。このまま突っ切る。
「窓開け…」
「舌噛みますよ!」
サカズキの言葉を遮るように紅葉が叫ぶ。それとほぼ同時に跳躍して屋敷の窓ガラスにその身そのままに体当たり。木っ端微塵のガラスの破片は宝石、強盗は部屋の中央に二人、作戦一段階進行完了。
だんだん腹が立ってきた。
まあ聞いてくれよ兄弟、オレがこうしてるのにも理由があるわけさ。ここ数十分に渡る経緯を語ってやろうじゃないか。
勢いよく扉を開ける。
「ちがう!」
「ここでもないっぽいねー」
明らかになんの書類も置いてもなさそうかつ、情報のかけらもなさそくな部屋。
扉を閉める。
タンスの戸を引く。
「ない!」
「こっちもないよー」
小さな書斎かのように思えた場所を探ってみるも見つかったのは健康食のレシピがほとんどだった。
ちなむと隣の部屋は大きなキッチンだった。
再度勢いよく扉を開く。
「ここは?!」
「ここでもないっぽいねえ」
本来壁にかけられるべき絵画たちが屯ろする部屋であった。確かにお宝だけどこれじゃない、欲しいけど。
もう言わなくてもわかると思うが勢いはいいよ、勢いはね。
「ここ…!ごめんなさい…」
「どうしたの?痛そうな跡出来てるけど」
ほっぺたがジンジンと痛む。メイドさんの手って武器にもなるんだな、だって不思議と心まで痛むもん。
「…さっきの部屋、更衣室でしたよ」
心なしか紅葉のペースが落ちた。前屈みなのは見間違いでしょ。
はい、いやーな回想はここでおしまい。
もうね、バカかとアホかと。
これでもあくまで一部抜粋だからね?ほんとはおんなじ様な部屋ばっかだったからね?ちゃんと覚えてるのは一部屋くらいしかないよ?
ここから欲しい情報探せとか、あの猿いつかマジで殴ってやる。
「あの猿、ねぇ」
少し離れた位置で積み重なった紙の山から掘り出しているサカズキが呟くと紅葉の耳にも届く。そして同時に少し焦る、「まさかまた口に出ていたのか?」と。
振り返ると彼は首を紅葉の方へと向け見つめていて、焦った紅葉の顔が可笑しかったのかくすりと微笑む。
「そんな心配しなくても誰にも言わないよ。もちろん、猿にも」
揶揄われている。そんなに変な顔だっただろうかと首を傾げている内に彼はまた書類の束へと向き合う。紅葉もまた同じように適当なガサ入れに戻る。
しばらくが経った。時間にして言うと、どこぞの家出少年が言う一番美味しいカップ麺の待ち時間くらい。
「やっぱりここにも無さそうだし他に行こうか」
めぼしいものが見当たらなかった二人はその部屋の探索を切り上げ別室へと向かう。
長い廊下。
端から端が覗かないくらい長い長い廊下、道中には売れば大層な値が付きそうな絵画やオークションに出せば高額落札間違いなしの花瓶、それと明らかに設置台数が多すぎる電話とかが置いてある。あと監視カメラ。
その廊下の中でこの日の中で唯一と言っても過言ではないであろう、紅葉の目に留まったもの。
(…家族写真)
どこにでもあるようなそんなありふれたものではない。一昔前、それこそ旧家やら貴族やらが親子皆で撮るようなお堅い写真。でも、ただそれだけなら特段目に留まることもなかっただろう。
違和感があったのだ。
急に立ち止まってしまうくらいに。
「モミジくん?写真がどうかした?」
先を行くサカズキが怪訝な顔をして紅葉の方へと振り返って覗き込む。
「いやちょっと気になっちゃって」
何がそんなに気になったんだろう。一見、別に変なとこも無ければすごいとも思わない。というか、紅葉自身この家族には特別興味を持ってる訳でもないのに。
(ああ、笑ってないんだ)
後から思えば、感じた違和感はこれだけじゃなかったとも思う。ここは『家』って言う感じがまったくしなかったし、そう感じさせるくらいに家庭を感じるものも無ければ気配もなかった。
そんな中の無駄に長い廊下に肖像画の如く飾りとられた写真の中の家族は形容するなら『不気味』の一点に尽き、父親と母親、母親の胸に抱かれた赤子には微かな笑みが見られるのに父親の隣に立つ娘の顔にだけ笑みがなく、無機質な表情で『ただそこにいるだけ』のように感じた。
こうなると両親のこの顔にすら異質な気配を感じてくる。さっきまでは何とも思えなかったこの顔が機械的に見えてしまって仕方ない。
四人の中で純粋に笑っていたのは善悪も判らぬ赤ん坊だけだった。
(そんなの今はなんも意味はないか…)
「すみません、行きましょう何にもなさそうですし」
紅葉の足がまた暗い廊下に向いて、いざ走り出そうとした時だった。
ぬるりとした感覚が背筋を伝う。全身を撫で回わされて毛が逆立つようなあの奇妙な感覚が紅葉を襲う。
これは身に覚えがある。
明確な場所は覚えてはいないが、ホールで自生していた無造作な森の中で一度同じ感覚がして飛び起きたくらいなんだ。忘れない。
これは、今でなら分かる。アイツの魔力だ、と。これはオーラとか殺気とかそういうんじゃない。アイツの、アイツ自身が放ってる魔力だ。
「まさか!」
足は勝手に動いていた。
気付いたときには自分勝手に走ってた。ついさっきまで大人の後ろについて行ってたのに、先陣切って制止なんてなんのその、駆けて、駆けて、駆け抜けていく。
「ちょっ…ちょっと?!どこ行ってるの?!」
サカズキの声は耳を左から右にすり抜けて監視カメラもやっとこさ追いついたガードも都合よく網膜に像を結ばない。
流れる景色は全然変わらない。そりゃそうだろう?だってここ、あの人の屋敷の中なんだから。特徴もない、同じ配置の繰り返しが延々と続くような構造してる所で景色がコロコロ変わるはずもない。電車に乗ってる訳じゃないんだから。
まさか、いる訳がない。
こんなところにいるはずがない。
仮にいたとして何のために?
分からない。
だと言うのに魔力は濃くなりゆくばかりで、私はここだとアピールする。
そこそこの距離を走ったと思う。
背後から幾千と火を噴くガトリングも何を着込んだか分からないガードも居なかった分、外と比べれば楽だったかも知れないけど。
少し大きな二つ合わせの扉は今まで見てきたそれとは全く違う毛色を持っていて、全く違う気配もする。
遅ればせながらサカズキが紅葉に追いつく頃には、随分と息も上がっていて肩で呼吸をする。
「君、ほんっっっとうに足速いんだから…あんまり自由に動かないでって…言ったでしょ…」
上気した息を整えないままに文句にも近い注意を吐く。やっとの思いで整えるまでしばしの間待つ。
「ふぅ、それで?君をあんな夢中で走るようにさせるような何かがここにあるの?」
一呼吸おいて紅葉に問う。紅葉は紅葉で問われた内容を今度はしっかりと受け止める。
思い出す。
一月前に己の命を刈り取ろうとした赤い三日月を。
友を恐怖へ落として、終いには大怪我を負わせたことを。
「一応人、だと思います。ていうか、ぶっちゃけいないで欲しいって感じで…こんな予感当たんないで欲しいっスね」
そう言って紅葉は握り込んだ拳を開いてドアノブに手をかける。
少し手首を捻って押してやればすぐに開く。
開いてしまえばすぐに明らかにできる。
本当に開きますか?
YES・NO
迷わずYESを選べ。
扉の向こう側はかなり広く大きな図書館で、丁度中央列に位置する所に出た。二階部分まで吹き抜けになっていて、天井近くまで重なった本棚は一列だけで幾つの本が収納できるか想像だにもつかない。そんなのが目に入るだけでも六列あって、おそらく見えないとこにも四列くらいあると思う。一部壁にもびっしりと本が連なっているところを見ると道中で見た書斎とは比べ物にならない程の情報がここに眠っていると思う。
天井で眩く輝くシャンデリアが一人で部屋全体を照らす。ところどころに薄ら暗い箇所はあるが意外と大まかに見れば明るい場所の方が多い。
少し籠った部屋には若干の埃が舞っている。やはりこれだけの量となると管理も大変なのだろうか、本にも埃が被っているのがチラホラ。ハウスダストアレルギーを持ってなくて良かった。
中央列、その一番奥には場違い感が感じてとれるがいっそここまでくると馴染んで見える書斎デスクが置いてある。机上のランプや紙製ビルを見ると最近も使っていたんだろう。そこだけは灯りもしっかりと通るし、何より埃が少なかった。
だって現在進行形で人が使ってるしね。
「本日中はもう閉館だ。客なら昼間に来てくれるか?…ハハッ、失敬。こんないかにもな姿をした客人なら例え日が昇っていても通しはしないな」
全身黒のタキシードに身を包み、赤ネクタイはその中でも一層の輝きを放つ。頭に被ったハット帽には金の翼、金糸の髪も相まって余計に締まって見える。勿論顔は見せず、奇妙な笑みを浮かべた偽物の面を被る。
先程まで吸っていたのだろうか、煙草の煙が弱々しく伸びている。
「…オッドマウス」
その特徴からだけでも推測できる程に名の通った怪盗に二人のうちのどちらかが呟く。
呟きが彼の耳に届いたのかも判別つかないままに動かない紅葉に変わってサカズキの口は動く。表情は固いが双眸はしかと彼を見据えている。
「君が…一体ここに何の用かな。まさかこれから盗みに入る家に挨拶かい?」
口調は鋭く彼を突き刺すように言い放つ。普段はどんなことがあっても温和な雰囲気を崩したことのなかったあのサカズキがブランディングを捨ててまで。
「まさか。いや、当たらずとも遠からずか。今日は依頼の件ついでに会いたい人がいたのでね、そちらの方に挨拶でもと、ね」
とは言っても当の本人的にはノーダメージらしく、毅然とした態度は移ろうことなく、片手に持った紙束を机上に置きながら語る。彼の上にだけスポットライトでもあるんじゃないか、なんて錯覚までしてきそうだ。それ程に語る姿は変に綺麗だった。
彼はそんなことにも気を回すことはなく、煙草を紙束に押し付け無理やりに火を消しながら二の口を紡ぐ。
「スカウトしたいのが二名程いてね、一人は天王山慶猯、それともう一人は…君だ、神河紅葉」
「は?」
紙束に静かな火が移る。
こいつは何を言ってるのだろう。気でも触れてるんじゃなかろうか。こんな疑問が裡から湧いて出る。
そんな真っ直ぐに紅葉の方を見たって仮面被ってるんだから想いなんて伝わらないってのに。
「てっきりキミのお目付け役には彼が選ばれると思っていたんだがね。誤算だったな。ガードの数が足りなかったか?」
随分と勝手を言ってくれるが、本当にスカウトをする気があるのだろうか。
少しずつ紙面も焦げてきた。
パチンと黄色の輝きを放つ懐中時計が開かれる。
「まあいい、こんなことを言いに来たんじゃないからね。なぁ神河紅葉くん、キミと私なら理解できるはずだ。悪人が我が物顔で跋扈し善人が辛酸を舐めるこのクソの掃き溜めみたいな世界が間違っていると」
カチカチと時計が秒を刻む音を鳴らし、オッドが語り始める。
紅葉の顔は少し俯いて、シャンデリアの光が表情を隠している。それでも黙っていた。黙って聴いていた。
焦げ臭い煙が上り始める。
「おかしいだろう?この世じゃ悪人は堂々と日の下を闊歩し甘汁を啜り、その下で善人が皺寄せとばかりに辛酸を甘受しているというのに、当の悪人が報いを受けるのは観測も出来ない死後だと言う。こんな話があってたまるか?」
火花が跳ねる音がする。
右腕を広げ演説するオッドの言説ならサカズキも聴いているが、不思議と勝手に手に力が入る。爪が痛い。
歯が擦れる音がする。
「私はこの間違いを正したい、正す為に今ここにいる。この世に神は在らず、ヒトの名の下にヒトは等しいのだから」
左腕も広げて、両の腕を以て声高々にご高説を唱える。スポットライトはまだそこにあり、依然として彼を照らす。
油性のインクが焼けていく。炭化していく。
「誰かがが今も神座で胡座をかき使い物にならない傲慢な神とやらに変わって正当な世界に戻してやるべきだろう」
腕を振り上げ魅せる。一層と綺麗な貌に神々しささえも感じてくる。確かに彼ならばそんな夢迷い事ですらも手が届くのではと思えてくる。
赤い炎が顔を出し始める。
「なあ、神河紅葉くん。キミなら理解るだろう。どうだろう、私とキミがいれば五分の可能性も十に高まると思わないか?」
白い手袋をつけた手が紅葉の方へと差し出される。
もしそれがダンスの誘いであれば迷わず手に取ってしまうだろう。けれど実物はてんで異なるのだから残酷。
遂には口を挟もうとするサカズキを未熟さが残る手が制止する。
少年は足音を鳴らしつつ彼の下へ。表情は未だ窺えず。
「そうだな、オマエの言う通りだよ」
思い出す。
「オレも最近になって思ったよ。なんでこんなヤツらがいけしゃあしゃあと一般人のツラして生きてやがるんだって。全員死んじまえばいいのにって」
あの日、いくら言っても聞かず自分の思うことを身勝手に喋ることしか知らなかった愚かな教師を。
あの日、碌な聴取なんてせず勝手に有罪と決めつけたのは顔も知らない何者かを。
何も知らないくせに好き勝手放題言いふらかしてくれた誰かたちを。
火が少し勢いを増す。
「この世に神も仏もへったくれもねぇよ。なーんにも悪いことなんてしてねぇってのに、ただひたむきに生きてたら急に酷い目にあってる人がいるってのに助けなんてくれやしないんだから」
思い出す。四人が必死に隠そうとしてくれていたことを。目に入ってしまったことを。
インターネット上じゃあ自分自身が好き勝手に言われて晒し首。「死ねばいい」とかなんだの幼稚な暴言の出血大サービス大特価バーゲンセール。
父と母に向けられた悪意に敵意、殺意。経営してる店だって晒し物。お前らは見たことがあるか?人の母親が息子への暴言の捌け口にされてるところを。人の父親が針の筵にされて気の狂った憶測がされてるところを。
かつての英雄である祖父母がやっと手に入れた平穏を平気な顔して踏み潰されていくところを。
ただ、オレを産んだってだけなのに。こんなことがあってたまるかよ。
マスコミだって毎日のように店に殺到して、まともに経営ができなくなったんでしばらくの間店は開いてすらいない。
並べればこれだけじゃない。俺と仲良かったってだけで友達でさえも攻撃対象だ。暴行されそうになったみたいなことも見たな。
「もう大っ嫌いだ、ウンザリしたんだ。頼まれたって助けてやる気なんてないし、どうなろうが知ったこっちゃない。だけど…」
火は紙束を包み込むほどに大きくなっている。
思い出す。
思い出す。
思い出す。
思い出す。
忘れようと努めたことを。
心の奥底に閉ざしてしまおうとしていた感情も。
爪が刺さった掌から、噛み締めた唇が痛く滲む。朱い。一筋の朱が伝う。
口を開け。
そして、発露しろ。
お前の武器はなんだ。
その手は何を掴む為についている。
「それを!お前が言うのか!オッドマウス!!」
手にかけた柄を引き抜きながら絶叫する。魔力も、能力も、怒りも全部出し惜しみなどしない。
それに呼応するかのように小さな火は大火となり燃ゆる。
「餓鬼が」
三日月はその上で冷たくも赤く、妖しい鋭利な光を散らすのみ。
『屍達の舞踏会二幕―壱―』




