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虚の機繰  作者: 浮海海月
金星のセレナーデ
27/28

27.月と地球のデュエットソング

 とてもジメついた昼下がりのことだった。

 かといって昼下がりって言うほど昼下がりでもなくどっちかって言うと時間的には夕方。あと、ついでに言うと病院の中がジメついていたらそれはもう大変へんなので、想像よりもあっさりとしていた。


 あっさりとしていた。

 病人の香り、とでも言うのだろうか。それは普段彼女が振りまくシャンプーでも香水の香りでもなくて、活発がすぎるが故の淡い汗の香りでもない。全く想像できないような病院独特の香り。


 扉は開く。部屋にいた人物がちらりとそちらに目をやっても丸くすることはない、なんなら椅子まで用意してやるくらいだ。

「律儀だね」

「まあ、長い付き合いですから」

 たった今長いとは言ったがせいぜい一年ちょいくらいの言われてみれば確かに長いんだけど長い付き合いかどうかと言われると唸ってしまうなので、あんまりなのかも知れない。

 ほら、やってきた教師までため息を吐いてしまう始末じゃないか。

「良い加減やめたら?二人が付き合ってるの結構バレバレなんだからさ。別に誰も変な風には言わないでしょ」

 ペアリングまで着けちゃってさ、とは不粋だろうから言わなかった。どちらにせよこんなことは言わなければよかったとも思う。

 辛そうな笑顔、嫌でも作り物だって分かってしまう。

「やめられないですよ、あの家ですよ?僕は良いけど彼女がどうなるかは分からないじゃないですか。諦めてやるつもりもありませんけど」

 あの家と言いたくなるのもわかる。

 なにせオッドマウスが狙うような家なんてまず貴族か富裕層。

 そして、必ず影がある。

 明星家はその中でもトップレベルにお金を持ってて、トップレベルに噂が絶えないところだ。

 そんな相手だから娘の結婚を許さないのも頷ける。

 …道具だと思っているのだ、血の繋がった家族でさえも。


 二人の前には眠り姫。

 燦然と輝く明星は今日も観測されず。




―――――――――――――――――――――――――





「明星家ぇ?」

 時間は昼。最近はどうやら山で事故があったらしいが詳しいことはニュースを見ることを禁じられているので知らない。

 そんな紅葉は太陽の下でとことん汗を流しながらおにぎりを頬張る。頬張る。頬張る。

「話聞くのか飯食うのかどっちかにせぇや」

 若干引きつつの慶猯の顔と言ったら、まぁない。割とちゃんと引かれている時の何かを感じるが取り敢えず話を聞くのは今手にあるおにぎりを食べてからにする。

 だって美味しいもん。

「んで、なんでセンパイの家に潜入なんスか?」

 紅葉が知っている明星家はいわゆる一般家庭であり、家も大きいことには大きいが一般的な一戸建ての域を出ることはない。

 だから思い付かないのだ。

 なんでそんなとこに潜入なのだろうか、目的はなんだろうか。そもそも潜入と呼べるのか、どっちかと言うと空き巣じゃないか?

 と、言うわけで聞いてみた。

「あの猿からの命令や。調べて欲しいもんがあるんやと、何したいんかは知らんけどな」

 あの猿、と言うと猿川のことだろう。

 にしても引っかかっている部分は四分の一しか外れておらず、未だ疑問符は残る。

「理由はわかりました、いやちょっと飲み込みきれてないんすけど、聞きたいのはどっちかっていうとなんであの家なんスか?あそこ、そんな広くないっスよね?」

 四人全員が目を大きく開いて紅葉の方を見やる。オノマトペで表現するな「キョトン?」か「ポカーン…」とかだろう。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 むしろその後ストの発言の方がよっぽど問題である。

「えっと…どこと勘違いしてるかは分かんないけど…明星家ってとんでもないお金持ちの家だよ…?」

 困り顔から放たれた事実に今度は紅葉の口が大きく開かれる。

 一応指名手配なんだから外で叫ぶのはやめろと注意を受けたばっかりなのに。




 明星財閥、もとい明星グループ

 元は小さな町工場だったのだが、先代の代表取締役明星宗一郎(あけぼしそういちろう)の取得した特許と技術を元手に事業を拡大させていき、今では機械工業のみならず重化学工業、IT産業などを初めに食産業や金融業などと言ったとりあえず幅広く手を掛けるようになっていった。

 現在では世代交代して先代の息子であり明星ひばり一級イクサビトの実父である明星醒次(あけぼしせいじ)が代表取締役を務めており、着々と資産を増やしており、今やドラゴニア一の資産家との呼び声も高くなっている…



 …らしい。

 実際の明星家、というより明星邸の写真を見せてもらえばそこには想像を絶する豪邸の姿があり、思わず息を飲む。

 驚きのあまり「見ただけでわかる。すごいやつやん」という某お祭り男的発言が出てきそうになるくらいには大きなものだ。

「これ…ほんとにここに潜入するんスか?」

 月並みな質問には「だからそう言っとるやん」と返される。もうやだこの人たち。

 しっかし困ったことにこの人たちの影響を少なからず受けてしまった紅葉は紅葉でこの状況に若干満足してしまっている。

 なにせ最初は「お前がいたらすぐにバレるじゃン」と連れて行く気ゼロ、歓迎ムード無しだったのが今やこんな風に潜入の話を聞かせてくれるまでになるなんて、感動してしまうな。

「命令の内容はこうだ。『オッドマウスが欲しがりそう、もしくは繋がりがありそうな情報やら物を探してこい』。改めて見るとほんに雑なくせに難しい命令寄越しやがって」

 紅葉の感動を他所に慶猯は不満を溢す。多分もうちょっとしたら「なに笑てんねん」鉄拳制裁が下るので真面目に聞くフリをする事にする。すぐにサカズキにバレて諭されたけど。



 作戦の内容は聞けば聞くほど無茶があるとしか思えなかった。

 当たり前だが、これだけ大きな豪邸なのだからメイドやら執事やらガードマンやらとりあえずなんかすっごいのがうじゃうじゃいたり置いてあったりするのだ。そんな中から()()()()()でしかも紅葉含め五人だけで何処にあるかも分からない、どころかそもあるかどうかさえ怪しいものを探し出すなんてどう考えても厳しいものがある。

 問題はそれだけじゃない。

 作戦決行までもうほとんど時間が残ってない。邸内の構造図は何故か用意されているらしいが、それでも時間はない。今からこれを覚えても紅葉には忘れる自信がたっぷりとある。始めから終わりまでたっぷりと楽しめるくらいにはもう沢山にある。

 それを、今から、やれと?

「…マジスカ?」

「まじ」

 Wow…unbelievable…

「…これマジ?」

 一応万が一念のためもしかしたらがあるから二回目を聞いたというのに四人揃って首を縦に振られてしまっては信じるしかないじゃないか。

 腹を括って免罪の逃亡犯から住居侵入罪の前科持ちになるしかなくなってしまったぞ、これは逃亡生活も早々にピンチ到来だ。

「でも楽くんが決めた期限まではもうちょっとあったはずだから、紅葉くんの魔力制御がもっとしっかり出来るようになってからに遅らせた方がいいんじゃない?」

 思わぬ助け舟を出したのはストだった。このメンツの中でも一際優しさが目立つ彼のことだから本気で紅葉のことを心配して言ってくれたのだろうが、紅葉の気掛かりは正直そこじゃない。

「でも、遅らせちゃったら先に怪盗に入られちゃうかもヨ?コイツも囮にくらいは使えるし、早めにやった方がいいデショ」

 しれっと酷い扱いをされたが確かにそれはそう。

 いや、だから心配してるのはそこじゃない。

「それもそうだねぇ。でも、巷で噂の怪盗さんは犯行前には予告状を出してるらしいし、まだそれが出てないってことはまだ大丈夫かもしれないよ」

 サカズキもサカズキでなるたけ紅葉のために動こうとしてくれているが先程の一件のせいか、一見しただけではどっち付かずの姿勢でいるかのようにしか思えない。

「いかんせん、決行日の変更はするつもりはないからな。しっかり用意しときや」

 それら全てを押し除けてこのスカジャンは自身の意見を通した。残念ながら紅葉に発言権は端から存在しなかったようだ。




―――――――――――――――――――――――――




 自分たちに、彼女に足りなかったものは何だったのだろうか。

 時折こんなことを考える。

 考えて、やめて、また考えて、またやめる。その繰り返し。

 残酷なことに彼は頭がよく働くもんだから答えが思い付くだけでも一、二、三…

 こんなことを考える自分が、思いついてしまった自分が憎たらしくて堪らなくなる。

 だと言うのに気が付けばここに居る。

 足は無意識のうちにここへと彼を連れて来る。

 スライドドアの前、開けるのを躊躇ったのは眠り姫との初対面の時以来だ。


 見渡す限りに白が溢れる部屋の中で電子音だけが目立って拍を刻んでいる。

 呼吸音も確かに存在はしているのだが、あまりに安らかなものでかなり近づかなければ分からない。見舞い品はほとんど増えていなかった。花の水だけはしっかりと変わっていたが、おそらくは彼女たちがやってくれたのだろう。猿川は見舞いには来てもそういう事は中々やるタイプではないし、彼女の家族はもっての外だったし。

「こんにちは」

 病床の隣、丸椅子に腰掛けて彼女を見つめる少年と女性に優しく声をかける。ここまで近づいていたのにこちらに気づいていなかったのか少々驚いた顔をしていたが、やはり彼女の家族だ。すぐに挨拶を返してくれる。

「あら、こんにちは西園寺くん。良かったらこの椅子、座ってちょうだい」

 何度か顔を見たことがある程度の彼女の養母はいそいそと力也に椅子を腰掛ける。それは遠慮したが今度は弟の方が席を譲りたそうにしていたので丁重に断った。

 結果として膝の上に乗せることで了承したが。


 病床のすぐ隣、力也の膝の上の男の子明星昨架(あけぼしせつか)はいつまで経っても落ち着かない様子だった。力也が来る前まではどうだったのかは分からないが、それまでは良い子にしていたのだろう。養母が「ごめんなさいね」と少し申し訳なさそうにしていたのが印象的だった。

 きっと、まだひばりが寝たきりになったことを理解できていないのだろう。小学一年生、たったの七歳に理解しろっていう方が無理もある。

 だから、落ち着かない。この寝ぼすけのお姉ちゃんはいつになったら起きるんだ。いつになったら帰ってくるんだ、と募る思いはこういう形で表れていた。

「久しぶりにお兄ちゃんに会えて嬉しいのよね?」

「うん!」

 と思っていたが今のは純粋に力也がいることを喜んでいるだけらしい。中々に嬉しいことを言ってくれるじゃないか、つられてこっちまでゆらゆら揺れちゃうぞ。

 さっきまでの静かさが溢れかえっていた病室は何処へやら、笑い声が溢れはしなくても静寂を打ち破ってそこに居座っている。


 心の底からこの中にひばりがいないことだけを寂しく思う。



 十八時近く、夏場でもそろそろ日が暮れ始める頃に二人は帰路に着いた。明日の宿題が残ってる、という昨架の訴えには流石に従うしかないから仕方ない。力也にもそういえばあった気もするが知らないフリをした。

 しかし、「ちゃんとやるの!」と怒るひばりが容易に脳裏に浮かんできたので課題でもやるかと気合を入れる。

 取り出したノートとテキスト。たまに二人で貸し借りしたりするそれに刻み込まれた彼女の文字は丸い。ただ、いかんせんこの男は天から二物以上を与えられているので、やっぱりお勉強も出来る。なので、ノートに書かれているのは大半がひばりが分からないと嘆いた問題の解説がほとんど。その横にまた丸い文字でありがとうだとかなんだとか書いてあったりするのだ。




―――――――――――――――――――――――――




 ある日の昼のことだった。

 昼…と言えば確かに昼なのだがどちらかというとまだおはようございますの時間帯だが、とりあえず昼なのだ。

 その日を語るのは少々難しい。一話につきおよそ七千字近くのこの小説で残り二千字くらいで書くのはちょっと厳しい。

 なので、簡潔かつ手っ取り早く語ることにしよう。



 明星ひばりが目を覚ました。

 ただし、喉は使い物にならなくなっていた。



 青年が駆けつけるのはどうしても他と比べると遅くなってしまう。平日の真っ昼間に恋人が起きたから学校抜け出して来いって言われたらこの男ならやりかねないのでわざと伝えていなかったものだから、青年が室内に入ったときにはもうほどほどに人が押し寄せていた。

 だが、その人混みはどうも様子がおかしいのだ。

 病み上がりかつほぼ寝起きのうら若き乙女を前にしてずっと何かざわついている。

 少女に語りかける訳でもなく、ただ何がなんだか分かっていない様子で。

「モスキュール、これはどういう騒ぎなんだ?」

 一先ず彼が優先したのは事態の把握と収束。そのために、関わりがあり信頼のおける友人をとっ捕まえて事態を聞き出す。

「おぉ力也か。いや、どうしたもんかな。俺たちよりも先に来ていた彼女(クラスメイト)たちがなぁ明星が喋らないと騒ぎ立ててるんだ。ひばりはひばりで混乱しちまって、余計に事態が大きく…て力也?」

 筋骨隆々の彼が言い終える頃には青年は姿を消していた。同時にひばりの顔が少し暗くなったような気がした。



 目を覚ましたときは正直ちょっと怖かった。

 だって目が全然よく見えないし、体はガッチガチでよく動かせないし、声も出ない。そのくせ耳だけはちゃんと聴こえるからここが病院だってことも私が寝たきりだったことも全部聴こえてきた。

 友達のみんなも最初は純粋に喜んでる声を上げてたの。「やった、ひばりが目覚ましたー!」とか「ひばり〜」って抱きついて来たりして。私も抱き返そうと思ったらやっぱり思うようにいかなくて、ぎこちなくなっちゃって。

 それから一人が私が全く喋らないことに気が付いたら今度は目の焦点が合ってないことに気付いてって、お医者さん呼んで、知り合いも呼ばれて今この状態。

 目は見えないわけじゃない。ただ、視界がすっごくボヤ〜っとしてよく見えないってだけで。体がガッチガチなのもまあ、しばらくの間動いてなかったから固まってるだけだろうってお医者さんも言っていたし、目も同じようなものでしばらくすれば問題なく見えるようになるとも言ってた。

 ただ、喉だけはどうしようもないとも伝えられた。

 もちろん、ショックだったよ。だからちょっとオロオロしてたんだけど、それ以上にみんなが騒いじゃうんだもん、そっちの方にちょっとびっくりしちゃった。


 声でなんとなく誰がいるか、誰が来たのかは分かった。目も割と見えるようになって来たからクラスメイトの頭とか撫でてあげて落ち着かせたりもしてた。

 モスキュールくんはずっとどうしたもんかって感じで腕組んで見ててけど、今は許してあげる。こんな姿、アイツに見られたらどう言われるか分かったもんじゃないからね。

 次に来たのは昨架とお義母さん。

 お義母さんは事情を聞いてたのかな、結構心配そうにしてた。大丈夫?とかお腹空いてない?とか簡単な質問をしてくれたからどっちにも首を縦に振った。リンゴってこんなに美味しかったっけ。

 昨架はずぅっと私のことなんて構わずにサッカーの試合の話とかをしてくれてた。多分純粋になにも分かってなかったと思う。私の膝の上に躊躇なく乗っかってくるくらいだから。別に元気がなかったわけじゃないから、私もお構いなく頭撫でてやったら満足そうにしてた。あと何年かしたらこんなこともやってくれなくなるのかと思うと悲しいけど、その何年かを寝て過ごすことにならなかっただけ良かったって思う。


 そのあとすぐだった。

 ほんの一瞬、アイツが来たかと思ったらすぐどっかに行ったのは。

 あれにはちょっとくるものがあったね。

 見られたくない、とは確かに思ってはいたけど一応恋人よ?私。寝たきりだった彼女が目覚ましたのにばっぱとどっか行く?普通。結構ショックだった。多分みんなには気づかれてないけど。

 でも、ほんの少ししたら、私の顔のすぐ横に小さなホワイトボードとペンが差し出して『これ使いな』って書いて、真面目な顔してこっちを見てて。

だから私もそれを受け取って、『ありがと』って書いてぎこちなく笑ってやった。

 別に恥ずかしいわけじゃなくって顔の筋肉もガッチガチで動かなかっただけよ。

 …ホントよ?







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