26.エピローグ
山道をひたすらに、ただ走り抜ける。
荷台に積んだ荷物をゴトゴトと鳴らし、BGMに追っかけているバンドの曲を流し、口ずさみながらひた走る。
辺りは暗く、前照灯だけで進むのは心細いのでライトはハイビーム。いくら盤東のすぐそばだからと言っても油断は出来ない。野生動物だったりなんだりがいきなりと姿を出すことだってごまんとあるのだから。
そう、例えばこんなふうに目の前に少女が立っていたり…
「は?!」
焦ってブレーキを踏んでしまったせいで急ブレーキがかかり、頭をハンドルにぶつけそうになる。後ろでいくつかひどい音が鳴ったのが耳に入ったせいで気分が急に悪くなる。
「オイ!お前何やってんだタコ!ここどこだか分かってんのかコラ!」
叫んでも少女は動く気配が無い。
ふと、少女の姿を改めて見てやると全身が血だらけになっており、控えめな胸元に大事そうに何かを抱えている。
魔が差したのだろう。
男は先程の音を聞いて、この仕事が失敗に終わることを悟ってしまっていた。
「…嬢ちゃん、なんかあったんか」
辿り着いても、辿り着かなくても結局どやされるのは決まってしまったのだから少しくらい遊んだっていいはずだ。
「俺ん車乗れよ。なーに、辛かったことはぜーんぶ忘れさせてやるよ」
そもそも、仕事が失敗したのは元はと言えばこいつのせいなのだ。
なら、責任とってもらわないといけないよな。
パチパチと火花が弾ける音が山道の中で鳴り続け、真っ暗な山道を照らす。ガソリンは良く燃えるが、その分煙も大きいし爆発もする。出来れば二度とやりたく無い。
「『―――――――』停止」
周囲には元より何もなかった、だが今確かに何かが活動をやめ、消え去った。
それと同時に彼女の魔力も弱々しくなっていく。まるで獲物は殺し尽くしたとでも言いたげに。
目元は腫れて、頬には涙の跡がくっきりと残る。彼女の人生で初めてここまで泣いてしまったことで疲れてしまっていて口、というより顎関節の辺りが痛い。
…全てを失った。
少女は齢零にして母親を亡くし、四にして棲家を失い、十三にして父を失った。
遂に、彼女に残ったものは何もなくなった。
あるのはこの身一つ。
これからどうしていけばいい。どこに行けばいい。何をすればいい。何を食べれば、何を学べば、何を視れば、何を聞けば。何を信じて、どう生きればいい。
知らない。
知りたくない。
ずっと、ずっと隣にいる大きなあの人を見上げて信じて生きてきたのに。ずっと隣にいてくれるって側にいるって言っていたのに。
嗚呼、人間の脆さがなんと憎いことか。
手元を見るとやはりそこにいるのはあの人で、自慢の鉄仮面こそはないものの、誉れある戦士の顔で、誰よりも優しかったあの人の顔。涙が何度も跡を残す。
下顎の鉄仮面ももとを言えば少女が彼に贈った物だった。プレゼント、なんて高尚なものではなく、ただ森の中に落っこちていた鉄仮面を持っていったら気付いたら下顎だけになってて、でも似合うと思ってあげた物。
――どうして今になって思い出す。
守れなかったくせに。助けてあげられなかったくせに。
――ああ、そうか。私はこの人を助けるために生きるのだ。
いつだって少女はそうだった。
一人じゃすぐに死んじゃうようなこの男を助けてあげるために少女はあったのだ。
その男亡き今、少女が為すべき、果たすべきことはなんだ。
もう一度手元を見る。涙はもう流れていない。
そっと手を燃え盛る炎へと差し伸べる。ゆっくり、されど恐れることはなく。
「ごめんなさい、ボス。良いところに埋めてあげるから燃やすのはこれで許してね」
火炎に包まれる男の顔。陽炎が少しだけ微笑んだようにさえ見える幻を見せる。
だがそれは決して残酷なことではない。
生き方は決めた。やる事も、行き先も、全部。
もう迷うことはない。
後ろを振り返れば光り輝く盤東の街並み。この光の中のどこかにアイツがいる。
あの人の仇、少女の大切なものを土足で踏み荒らした最悪の人間がこのどれかに。
「オッドマウス…」
瞳に宿したは次第に像を結ぶ。三重の円に五芒星、的に似た模様に。
少女は星の子。ケイローンの祝福を受けた恵まれた仔。
さあ、お行き。
お前を縛るものはもう何もないのだ。




