23.誰カノ灰ノ下デ
黒いバンはしばらくの間人々の視線を浴びつつ走り、幾時間走って速度を落とし視線も外していった。車内にも張り詰め続けていた緊張も形を潜め随分穏やかになり始めていた。
紅葉はというとこの車に『乗せられた』時からずぅっとぬるりとしてベタついて、それでいて吸い付いてくる何かの中で事態の把握もしないまま大人しく抱かれていた。というより騒がせないようにするためか口を塞がれ手足もしっかりホールドされてはどうすることもなくそうするしかなかった。
(しっかりつかんでる割には全然痛くないんだよな。ちょっと気持ち悪いけど…)
という感想を抱いたとて伝える相手がいない空虚さが襲う。
いや、正確にはいると言えばいるんだけど、まさか「これの感触チョーキショイっすね(笑)」なんて言ってみろ。車から引き摺り落とされてロープかなんかに繋がれてしばらくの間市中引き回しに刑に処されること請け合いだろ。それは嫌だ。それならこのちょーっとばかし気持ち悪い何かを我慢してる方がよっぽどマシだ、痛い思いしないもん。
ふとここで違和感が生じる。先程まで唇までしっかりあった口周りのベタつくものがなく自由に音を発せられるようになっている。あと視線が痛い、すごく。まじまじと見られている気がするし車も停まっている気がする。
恐る恐る顔を上げるとそこには見知らぬ三人とこの何かの持ち主であろう人物が紅葉の顔に穴が空くくらいの視線を浴びせており、その顔は笑っているがとても穏やかな感じがしない空間があった。
「市中引き回しは嫌やねんな?」
「ハイ…スミマセンシタ…」
片頬を上げて笑うドライバーの前で解放された手足は動かされることなく縮こまり震え上がり、自身の愚かしいこの口を憎いほど恨んだ。
「はー危なかった。あとちょっとでハイウェイ引き回しの刑にされるところだった」
感じた生命の危機を乗り越えた脚は僅かに疲れて笑い、それを見た四人が顔を引き攣らせる。
「されるとこじゃなくてされてたんだけどね…」
サービスエリアからサービスエリアの一区間だけ紅葉の体にロープだけをくくり付けて適当に車内から引っ張ってやった。足を結んでいなかったせいで全力疾走でなんとかされたまたま無傷で済んだだけだ。傷を負ったのは高速道路ですら痛い視線を浴びせられ続けた心だけで済んだ。
「最低速度で走ったにしても気色悪いわぁ。あの猿変なモンよこしやがって」
全くもって随分と嫌われてしまったものだ。
話を聞くに紅葉を包んでいたのはイカの触腕だったようで能力や魔法に因るものではないらしい。本人曰く「獣人の混血でね。ボクはイカの特徴を持ってるんだけど、純血とは違って生やしたりしまったりできるって訳。おかげでちょーっと気味悪がられちゃったけど、これがまた意外と便利で気に入っちゃってるのよね」とのこと。
それについては頭を深く下げて謝罪しておいた。全く意図していなかった知らなかったことだが悪いものは悪い。謝罪して当然のことだ。
それに嫌悪を示したのは当の本人ではなかったが、ほぼ全員がそれを是としようとしている様子はなく、寧ろ当の本人が一番ケロッとしている様にすら見えた。
「さっさと顔上げえや、軽い頭下げられても気色悪いだけや」
頭を下げ謝罪を述べる紅葉の横を猪鹿蝶の紋様を刻んだスカジャンを羽織った男が通り抜け、すれ違いざまにそう言い放って行った。
「どういうことスか?」
それに対して疑問符を投げても返ってくるのは愛想もなければそも感情を感じられない声一つ。面を上げれば煙草に点いた熱が煙を昇らせて。
「わしらはお前が嫌いやっちゃうことや」
ドライバーが車に乗りそれに続いて他三人も乗り込んでいく。「置いてくヨー」という声に釣られ紅葉も続いて行った。
既に東間高校の位置し、紅葉の生まれ育った磐東の都市部から離れて30km。バンはさらに奥までエンジン蒸していく。
どれくらい走ったか、気づいた時にはいくつか山を越えトンネルを抜けてを繰り返し、流れる風景もナンバーを示す四つの数字も変わっていた。
寂れてはいるがほとほとには栄えてる山間部の町、ここが危うく根無草となるところだった紅葉を掬い上げてくれた。
閑古鳥が今か今かと鳴く時を待つ街並みを制限速度10km/hオーバーで駆け抜ける。こんなにも人がいないものかと思えども時間が時間、すでに夜は更けて家々の灯りが点いているのだから当然かと思い直す。
道中は何かと騒ぐこともなく、あのサービスエリアを抜けたあたりからは皆落ち着き払ってただ走らせているようで、紅葉もまた一人ではしゃぐこともなくただ窓を眺めていた。それしか出来ない自分を憎んだ。
寂れた町の錆びれたトタンの町工場、そこに入って行く事ではなくそこから徒歩五分もしない、車で行く方が余計時間がかかる場所に位置するそこそこ広いガレージと並んだ一軒家に車は停まり、四人と借りてきた猫一匹が降車する。
「おじゃましまーす…」
普段であれば「おっじゃましてまーす!」とか言って居座れるのだがそうは出来ない理由がある。二度とハイウェイ引き回しになんて目には遭いたくないから自分にできる限り礼儀正しくしていようとしているのだ。その結果借りてきた猫になっているだけで猫を被っている訳じゃない。
「はーい、とりあえずそこら辺にテキトーに座って待っててくれる?色々準備するから」
指し示されたのはガレージの隅に椅子代わりに乱雑に並べられた四つのプラスチックケース。側に置かれたゴミ箱は満杯で、適当に放置された工具やらも並ばされている。
気づけばガレージに残ったのは猪鹿蝶のスカジャンを着た男と紅葉の二人だけ。交わす言葉が出てこないまま暫く待つ。
「そこに置いとんのはさっきの町工場から拾ってきたもんや。まだ整えてやれば使えるもんばっかりやからな」
放った言葉はスカジャンの袖を捲り工具箱を握りしめた男からだった。
「どおりでキレイだと思いましたよ、ちゃんと丁寧に手入れしてるのがよく分かるっスもん」
分かりやすく機嫌を伺う文句をつらつらと述べる。テコ入れが為されてる物は見当たらないがまあどこかにはあるだろう。
「世辞はええ、ド錆びてるやろそれ。手入れまだしてへんし」
(地雷踏んだー…)
余計なことしか声に出さないこの口が本当に憎たらしい。どうすれば星の数ほどある選択肢からピンポイントで危険物だけを取り寄せられるのだろうか、今度しっかり考えておくとしよう。
だが、意外にも男は慌てふためく紅葉を見て吹き出すように笑っていた。
「はー笑った笑った。人間、ここまで来ると可笑しくて笑ってしまうもんやな。そう緊張せんでも外に放り出したりせん」
これは後で聞いたことだが手入れしたネジやらなんやらはまた別の場所に保管しているし、最初はなんか気に入らなかったら何処かに捨てるか締め上げる気満々だったらしい。
「猿川」と彫られた表札上のランプに夏の虫が光を求め体当たりをしたり、周りを飛び回ったりしている。
その奥のガレージの中で五人が集まっている。
自己紹介によると、猪鹿蝶のスカジャンの彼が『慶猯』、イカの半獣人の彼が『サカズキ』、大きなとんがり帽子を被った彼が『ルター』、とにかく赤いのが『スト』とのこと。
自己紹介はサクッと手短に済ませて次の本題に移る。
「さて神河紅葉、君は残念ながら戦犯になっちゃって、その上ここに転がり込んできた訳だけどこの後はどうする?」
残念ながらスマホはさっきルターに回収され「足跡つかないようニ」と見事に動かなくなっているしテレビは見てないしで知らなかったが大方は予想通りだ。どうやら紅葉は戦犯―能力を使う犯罪者―であると断定され、既に指名手配まで出回ってしまっているらしい。
そんな彼に与えられた『今後』をどうするか。それを彼らは問うているのだ。
「ちゅーても選択肢は三つしかないがな。大人しく免罪が明かされるまで待つか可能性は低いが国外逃亡か、全てを賭けて戦うか。好きなもんを選べ」
選択肢三つ、但し選択権無し。
免罪証明まで待つとは一体いつまで待ち続ければいい?明日か明後日か一週間後か一ヶ月か一年か十年か?何よりそれだけの間じっとしていられる気がさらさらしない。
国外逃亡するのは先の通り可能性が低いと言われてしまっているし、実際四方を海に囲われ陸続きでもないこの国からの逃亡はほぼ不可能。というかこの国の将軍さまが強すぎるせいで絶対無理。
なら残った一つに全力を注いでやる他にない。
「戦います。必要なもんなんでも賭けてやってやります。意地でも無罪勝ち取ってやりますよ」
齢十五の少年の世界有数の武力国家を相手取った大立ち回り。つい数ヶ月前までただの一般人でしかなかった彼がここまで大きくなると誰が予想しようか。
「そうか」
この四人は少なくとも見捨てることはしない。嘲笑し見下ろすことは簡単でもそうする事を良しとはしない。返事は冷たくてもそこにあるのは覚悟以外の何者でもない。
「それならまずその魔力どうにかしなヨ」
「確かに、それじゃあちょっとダメかもしれないなあ」
「…ハイ?」
指摘された魔力がどれを指しているのかは心当たりが多すぎるが故に見当もつかないというか見当がつきすぎると言うかで拍子の抜けた声が出てしまった。
「と言いますと…?」
「『魔力制御』、もちっとしゃんとせぇや。ダダ漏れやねんお前の魔力。そんなんすぐに足跡着くで。見かけだけなら気圧されるかも知らんけど」
多すぎる心当たりの中で紅葉が最も気にしているところをガッツリ指摘されてしまい思わず吐血しそうになる。
(こんなことになるんなら後回しにしないでちゃんと習っておくんだった)
「とは言っても俺らも俺らでできる限りのサポートもするしそんな難しいものでもないからそんな心配しなくても大丈夫だよ。というか問題はこっちの教え方の方なんだけど」
「ハイ?」
本日二回目、間抜け声の襲来。
紅葉からすれば今まで教えてくれた人たちのスパルタ加減を知っていたが、なにせロープ一本にくくり付けて高速道路引き摺ろうとするような人たちだという事を思い出してしまい、これからまた似たような事をするのかと思うと背筋が凍る。
「ハイウェイ引き回しだけは勘弁してください…」
「心配せんでもそこまではせんよ。やってもらうのは
ケイドロや。ただし、本物の警察とのな」
身を震わせながら懇願する紅葉に突きつけられた現実。これ要するに教えるとかではなく「勝手に身につけろ」でしかない。
(なんでオレの先生ってこんなスパルタな人たちしかいないの?)
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記録 水無月二十六日
指定S級戦犯オッドマウス関連事件関連人物、ジェフリー・ゲイシーの携帯端末のパスワード解析完了。以降、この物品の所有権を所司代に預け、管理を天峯界斗警部補に一任することとする。
最初に端末を開いた時の感想は「よくもまあこんな使い方が出来るな」だった。パスワード解析自体にさほど時間が掛からなかったという田白の言葉にも頷ける。
手っ取り早く言ってしまうと彼の携帯と一緒に渡されたパスワードは一つしかなく、他にパスワードのかかったアプリも機能も存在しておらず欲しい情報も要らない情報もあっさりと手に入った。
欲しかったのは彼が所属していた犯罪グループ名とそのアジトの位置、オッドマウスとの関係と可能ならなにかしらの足掛かり。
要らないのはどこの風俗のどの嬢の具合が良かったとか道端歩いてた好みの相手の具合とか、今月どれくらいグループの金を浪費したかとか。手渡すのに時間がかかったのはウイルス感染があまりにも酷かった所為だと言葉にされずとも分かってしまった。
ゲイシーの所属する『烈火ノ天』のボスである釜高庇、並びに構成員アルナを戦犯として認定し、諸法度へ令状の発行を依頼する。
「烈火ノ天の解体?天峯君、それは今がどんな状況か理解して言っているのかね?」
「勿論、ですから我々のみで行うと申していますが。何か問題があったでしょうか」
何をどうして睨んでいたのかは理解に苦しむが俺と田白をその捜査から外したのは上層部だし参加したくもない。
だが、何もせず「神河紅葉を免罪で死刑宣告しちゃいましたー」なんて真似を許してやるつもりも毛頭ない。僕たちが先に真犯人とっ捕まえてそれでゲームセットにしてやる。
「ハッハッハ!そうか、そうだったな君はあの一件からは外されていたな。それなら構わん、好きにやればいい。話は以上か?なら早く仕事に戻れ」
言われなくてもそうしてやる。犯罪者に魂を売った上司の顔なんて誰が望んで見てやるか。
「『あの件』忘れている訳ではないだろうな」
扉を開こうとした手がぴたりと止まる。背後から飛んできた文言に大きく目を見開いては瞳孔が揺れる。
「失礼します」
唇を噛み締めて開けた扉は大きな音も立たず静かに閉じ、橙色のコートを着た彼の背中を警視長の目から隠す。
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気が付けばもうすっかり日は沈み煌々と夜空を飾る三日月が昇り切っている。
都市部からそう離れていない山間の道端でも星はこんなに輝いているものなのかと考えながらコーヒー一口
分を口に含んでは喉に流す。夏場の湿気た夜にホットなんて買うんじゃなかったと後悔を胸に抱きながら田白の謝罪に耳を傾ける。
「すんません。神河くんの件、自分がもっと早く着いてればちゃんと保護できたのに。結局足取り掴めなくなっちゃうしで…ホントに申し訳ないす」
「何もお前が謝ることじゃないだろ。多分、あれはこっちがどれだけ速くても対応が後手に回ってた以上絶対に向こうには敵わなかっただろうしさ」
空になってしまったコーヒー缶の中を眺めても黒ずんだ液体はほとんど入っておらず残っているのは数滴のみ。
「それにまだ終わった訳じゃないしな。タイムリミットはまだあるんだ、それまでになんとかして尻尾掴んでやれば十分すぎるくらいだろ」
田白の胸にはまだ何かが引っかかっているようにも見えたが、根掛かりした釣り針を引き上げてやれるようなリールも竿も天峯は持ち合わせていない。後は本人がどうするかに託すしかあるまい。
「それもそうっすね。よーし!絶対活躍してやりますよー!」
屈託ない笑みを浮かべて身を預けていたガードレールから離れて大きな伸びをしては改めて気合を。
しかし気合充填中の田白の出鼻を挫くようで悪いと思いながらお前が突入することはない、と先立ってしかと伝えておく。
特殊警備隊の合流によって現場の士気が上がり、危うく冷めるところだった田白にも再度熱が入る。天峯もまた例に漏れず指揮に熱が入っていた。
今回の現場の指揮を任されているのは天峯、その補佐として田白、警備隊はあくまで保険として上が向けたものだが貰えたものはありがたく使わせてもらうことにした。
「今回の烈火ノ天アジト内への突入は僕、天峯界斗のみで行うことにし、田白は中から脱出しようとした者の確保、又は要救助者がいた場合の安全の確保を行い、警備隊は田白とともに脱出しようとした者の確保と外部からの侵入者の抑圧を任せる。突入は今から十分後に行う、総員持ち場に就くように!」
天峯の号令に合わせそれぞれが各々の持ち場に向かい作戦内容を確認したり、装備の確認等を行う中で意外にも内容に異を唱えたのは田白だった。
「天峯さん正気ですか?相手の実力も数も不透明なのに一人でって…せめてあと何人か連れて行くとかしましょうよ」
「お前だって分かってるだろ、僕が一人の方がよっぽど戦いやすいって。より確実性増すのがこれってだけで別に死ぬ気もない。お前はここで僕が出てくるのを待っててくれ」
言い終えて田白の顔に目を向けてやると苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。言っていることは理解できるが納得はいかないというのが目に見えて分かる。この場にいたのが猿川だったらきっと「おー任せるわ」とか言って送り出すのだろうが他はそうではないようで、天峯も残念ながらこういうのには慣れていない。
「…悪いけど作戦を変えるつもりはないからな」
「分かってますよ。天峯さん変なとこで頑固だし」
その代わり、と付け足して「余計な仕事増やさないでくださいよ」と背中を押される。
時刻は水無月二十七日22:14、作戦開始まで秒読みを始める。
「…三…ニ…一…天峯界斗突入開始」
アジトを隠す岩壁を何かが突き破り、顕となった地下へと続く階段を下り始める。
燭台の火は灯らない。




