12.屍達の舞踏会序幕−捌−
空高く真っ赤なシスターが打ち上がる。
その様子はさながら花火のようで、それでも弾けて消えないのはやはり人間だからで。
打ち上がった花火が爆ぜずに辿る道は唯一つ。
自由落下あるのみ。
「はぁ?」
気付けば空へ打ち上げられていた。少し飛び上がったとかビルの上とかそんなレベルじゃない、遥か大空へとだ。
(何が起きたんだぁ?あいつがあたしをぶっ殺すつってぇ、その後…)
思い出せない。
正確には思い出そうとしても何もない。どれだけ直前の自身の記憶を掘り返してもそこにあるのは構えただけの力也。
ああ、そうだ。急に体が空に吸い込まれるみたいに飛んでいったのだ。
「アイツから聞いてたけどよぉやっぱバケモンじゃぁねぇかよぉ」
双眸を一人の青年に定める。彼に動く気配はない。
しかし周りはそうではない。
支援に駆けつけたイクサビト達が銃を構える。中には魔法の用意をする者もいる。
まとめれば遠距離攻撃の用意をしているのだ。
ひばりが弱らせ、力也が打ち上げ、安全圏からの射撃でトドメとさせてもらう…という訳ではない。
彼らもこの程度であの女がやられてくれるとなんて思っていない。せいぜい少しばかりの傷を負ってくれれば上々くらいだとしか思っていない。
それでもこの弾丸が相手を弱らせられるならー
「総員!発砲用意!」
あの少女の背負った傷を、犠牲を無駄にしないためにもー
「撃ち方!始め――!!」
一縷の希望であれども、止める理由にはならなかったのだ。
耳の横を弾丸が通り抜けた。
弾丸が打ち上がる速度に加え、地面へと落ちていく彼女の速度で一発の相対速度は異常な程に高まり、威力もそれに比例して高くなっていく。
弾丸の雨は止まない。
鋸を振り回したり能力によって自身に触れる前に崩したりと防衛する。
魔力により硬められた身体を貫くことはないが当たることには当たる。
「イッテェなぁ!」
魔力を真下へ飛ばす。
なにも能力は血に頼らなけば使えない訳じゃない。彼女にとって最も効率の良かった方法がそれだったというだけ。
魔力弾を放つことくらい何も特別優れたことではない。唯、それと能力とを組み合わせるのはあまり良い方法とは言えないというだけ。だから使う者もさほどいない。
しかし、能力が乗っていようともその威力は一部例外を除き、純粋な魔力量に比例する。
イクサビトたちが回避を急ぐ。
修道女の能力はひばりとの戦闘から既に割れている。無論、イクサビト全体に共有済み。
「西園寺くん!君も早く回避を!」
イクサビトの内一人が危険信号を飛ばす。彼にだけ彼女の能力の伝達がされていないことに気づき、急ぎ回避を、と。
しかし、彼にそれは関係ない。
「雑なんだよ、甚振り方も、魔力操作も」
彼らに迫る魔力の塊にもう一つ魔力が衝突する。
二つの魔力の塊は霧散し、その場に残ったのは散り散りとなった残渣のみ。
修道女の能力はこれでは発動できない上、魔力弾によるダメージも与えられない。
しかし一番彼女のプライドを傷つけたのは…
「んのヤロォ…わざわざあたしに攻撃しないよぉに調節しやがったなぁ…」
『舐められている』という事実だった。
ゆるやかに着地。てっきりこの瞬間を狙ってくるとでも考えていたが杞憂だったようだ。
先程の釣り上がらせた目とは打って変わって普段の柔和な表情に戻っている。というより戻すために攻撃しなかったのだろう。
「随分と余裕そうじゃぁねぇかよぉ。学生最強さんはあたし相手も問題ねぇってかぁ?」
こちらもまた意趣返しと言わんばかりにあの薄気味の悪い笑顔でお出迎え。
いや全く返せてなんていないのだが。
そのせいかどうかは分かりかねるが力也の顔は眉一つ動かなかった。
むしろ煽り返される始末だ。
「余裕そうじゃなくて余裕なんだよ。自分の実力くらいちゃんと把握してそれに見合った発言をすることを奨めるよ」
「ガキがぁ…!」
鋸の刃の一文字が胸元に一閃。
上体を反らし鋸を躱わすだけに飽き足らず、ブリッジの形から下半身を使い鋸を掴む腕を蹴り上げる。
伸びた腕が弾かれ、修道女の体が自然に反らされ無防備となる。
すぐに元の位置へと戻そうとする。
否、今度は脳天をカチ割るように振り下ろさんとする。
しかし、直前でもなんでもない、言ってしまえば振り下ろそうとした直後のことだ。
体幹がひどく崩れ軌道が逸れるだけでなく完全に足から転んでいく。
体の右側に吸い込まれる感覚。
脚が近づく。
避ける術は崩されたこの身にあるわけもない。
赤い魔力が散る。
力也が体に纏ったそれが高い威力によって烈火の如く散る。
「よく持ち直したね。そこだけは褒めてあげようかな」
「オメェに褒めてもらわなくてもよぉ自分
の機嫌は自分で取るわァ!」
魔力が飛ぶ。
それとほぼ同タイミングで二人が駆ける。
魔力を纏わせ鋸を振るう。魔力弾も止めはしない。放ち続ける。
その刃の全てが力也の元には届かない。全て直前で弾かれてお終い、魔力弾もそれに同じ。
一振り、二振りどころではない連撃。
そのどれもが確実に息の根を止めようと、動きを止めようと急所に叩き込まれていく。
一撃、二撃、三撃と修道女の顔面に拳を殴りつける。
極め付けに一歩踏み込み、大きく振りかぶったボディーブローを鳩尾に突き刺す。
その威力で彼女が後方の瓦礫の山へと吹き飛んでいった。
「まずまず、かな」
(これくらいじゃトんではくれないだろうな。あいつの頑丈さは異常だったし、何よりそうじゃなきゃあいつが…ひばりが負ける訳がない)
何かがある。
それは彼の中で確定している。
飛び出したるは瓦礫に埋もれたショーケース。
すでに役割を終え、ひしゃげて潰れたそれに新たに役割を与えたのは紛れもない彼女。
「この程度で何が出来ると?!」
ショーケースだったものは彼の拳により地に落ちた。
「見え見えだよ、目的が」
粗方、ショーケースを隠れ蓑として不意打ちでもする気だったのだろう。そう考える。
でも顔を上げれば広がるのは何もない廃墟の光景だけ。
「横か」
瓦礫の山の左方に微かに埃が残っている。
魔力探知により大方の位置を割り出す。視線を自らの左側へと移す。
柱の陰から赤いウィンプルが姿を覗かせる。
響く音は空気が、空間が歪み潰れる音。ウィンブルは跡形もなく消え去った。
そう、消え去ったのはそれだけだ。
「ッ!」
次に響くのはデザートイーグル。その銃口が火を吹いた。
彼の後頭部で弾丸が弾けた。
とは言っても音の下方向を咄嗟に能力で守ったためダメージ自体はない。
弾丸の飛んできた方向を見ても何もいない。
想像よりも戦い方に野蛮さを感じない。
「この一瞬でこんなに魔力を…魔力探知がやりづらい…!」
魔力で居場所を探そうとしても先程から辺りに散っている魔力と今さっき彼女が撒き散らした魔力によって探知の精度が著しく低い。
(ただでさえホールの中はまともに魔力探知が出来ないってのに、これじゃより一層だな)
敵の位置取りを視覚と気配の二つで感知する。
周囲のイクサビトに配慮し辺り一面を破壊の限りを尽くすことを諦め、正確な位置を割り出すことに全力を注ぐ。
服の擦れる音、コンクリートとヒールの奏でる音、僅かに聴こえる呼吸音。これらを頼りに。
聴こえてくるのは彼の頭よりも数メートル上から。
脳裏に過ぎるは不意打ちの一言。
誰かが開けた大穴のせいで吹き抜けとなった上階から弾丸が飛翔する。その数およそ十と六。たかが一丁の銃でこれだけをこの一瞬で撃ち放てる訳がない。
(銃の数一丁だけじゃなかったのか!)
弾丸は彼の頭部の付近で弾け飛んだ。まるで役割を果たしたそれのように。
すべてがヘッドショットー殺害を狙っていたからこそ守れた。
「オメェさぁ…やっぱりよぉ」
鮮やかな赤が滴り、彼の身体を彩る。夕日の髪と相まってその赤は黒ずんで見える。
鋸の刃が彼の腹部を貫く。侵蝕の始まりだ。
「全身、守れねぇんだろぉ?!」
彼の脚には一筋の傷。
たった今、弾けた弾丸の破片につけられた傷跡がそれを物語っていた。
(油断した!どこから…いや今はそんなことよりどうやって倒すかを考えろ!)
能力の特性、これが敵に露見することは断じて許されない。その能力の脆弱な箇所を見抜かれ不利な状況になるどころか、即時敗北なんてこともある。
これが今この修道女は狙ってかそうでないかはわからないがこうして見抜かれたのだ。状況は最悪。どれだけ低く見積もってもA級以上の実力者を相手に能力の脆弱性が明かされた。
今もこうして胸や頭といった急所に狙いを定めるのではなく全身の頭からつま先まで余すことなく攻撃してきている。
(能力頼りの防御はやっぱり危険だな。守る箇所は頭とかの一部だけにしておくか)
鋸を手の甲で流し、拳には拳で打ち返す。銃は一切抜かせはしない。
(脚にカートリッジか。それじゃそこには触れさせないようにしないとだな。こいつの能力とマグナム銃の相性が最悪すぎる)
顔に伸びてくる脚部。まっすぐ彼に向けられた脚は彼の腕に受け止められる。
「どこ見てんだァヘンタイ」
カートリッジから激しい撃鉄音が鳴り響き、火が噴き出す。
「あんたの見たいって言った記憶もなければ見た記憶もないな」
(カートリッジからそのまま撃ってくるのか。警戒しとかないと)
頭部は能力により守られている。銃弾が貫くことはない。
(これだけ近いと俺まで能力でいかれるしな。あまり能力全開で攻撃は出来ないんだよな)
伸びた脚を掴み半回転。背負い投げの形へと運ぶ。
それに逆らうこと叶わず修道女は大きな三日月を描き投げつけられた。
緋色の双眸は彼女を見下ろす。
その眼に憐憫も悲しみもない。あるのは冷え切った敵意のみ。
「『逆式』」
近くじゃ使えないとはなんだったのか。見事に弾け飛ばした空が彼女を襲う。
腹部に『侵蝕』の影響を受けている以上、長く戦闘を続けるだけ無駄と悟った。
だからこその逆式。
それで止まるくらいなら彼女が敗けるはずもないのに。
後ろ飛びをしつつ鋸傷をつける。
「チッやっぱ硬ぇなぁオメェ」
元来の身体の硬さと魔力による防御が合わさった彼の身体はなかなか傷がつかない。せいぜい薄皮一枚切れる程度。
それで十分。侵蝕すればどうせ軽傷が重傷に早変わりするのだから。
腹に右の足刀が入る。
左頬に裏拳、左脇腹に正拳。
反撃の脚を翻して躱し後頭に肘。
もう半回転してもう一撃頸椎に。
弾け飛ぶ空気を止めず、彼女を襲わせる。
「テメェ…」
鋸ではなく肘が飛ぶ。
彼の左の脇腹へ深く刺さるも特段止む様子はない。
傷口にいい一撃が入り血が噴き出そうとその手が止まることは、ない。
「黙ってたほうがいいよ。舌噛むから」
体を翻した彼女と相対して殴り合う。
適切な位置を能力で守りつつ、的確な場所を殴りつける。
(鋸の攻撃はちゃんと能力で守る…拳とかは俺自身で捌けば能力の影響自体は特に問題はない。脚は…気を付けておかないと)
速度は力也が上。当たる数で言えば断然彼の方が上。しかし、経験の差か彼女も守られていない箇所に的確に叩き込んでくる。おかげさまで生傷は増えていく。
鈍い痛みが力也を襲う。斬られた痛みでも殴られた痛みでもない、体が蝕まれてるという感覚。
(これをあいつはずっと…)
腹部の痛みが鋭利なものへと変わる。『侵蝕』が肉だけに飽き足らず神経をも蝕み始めた。
「どうしたぁ?!辛そうな顔してんじゃぁねぇかぁ!ママに痛いの痛いの飛んで行けでもしてもらうか?」
「そっちこそ俺のおかげでだいぶ綺麗な顔になったんじゃないか?!感謝の一つや二つあってもいいと思うんだが?!」
両者の拳と拳が激突する。
その威力で両者ともに体勢が崩れる。
しかし吹き飛んだのは修道女だけ。後方の柱にぶつかり、崩す。
立ち上がり土埃から抜けると彼はいない。
「どこ行ったぁ?」
魔力探知に彼はかからない。それほど魔力操作が卓越している証拠だ。現にひばりも探知はほとんどできなかった。
天井が抜け落ちる。彼はいない。
「『逆式』」
瓦礫を鋸で切り刻む。彼女もアガってきている。
「『正式』」
瓦礫の山が彼女に引き寄せられる。
(能力を)あたしに使いやがったなぁ…!)
彼女を重力の中心地として集まる瓦礫の数々、およそ二百と余り。その四分の三程を切り刻む。
余りは彼女にぶつかり痣をつけていく。
(アバラがイかれたかぁ…あぁイッテェなぁ)
瓦礫の向こうから腹部に蹴りが。
そこにいる彼はこの好機を逃さない。
よろける彼女の脚を払い転倒させ、マウントを取る。
「歯食いしばりなよ!」
連撃、拳の雨が彼女に降り注ぐ。
瓦礫がまた彼女の顔に食い込んで…砕けて直接殴られて。
(抵抗が…出来ねぇ…!)
拳は止まらない。彼女が気を失うまでこの拳を
「止めはしない!」
頬骨が砕け顎が割れる。
その顔に笑みはない。
(そんなもん知ったことかよぉ!)
『侵蝕』の効果を強める。激しい痛みによって拳の雨がほんの一瞬止んだ。
その瞬間を逃さず力也の脚の間から抜け出し立ち上がり走り出す。
「誰があたしの能力をよぉ…調整できねぇっつったよぉ!」
力也の顔が歪む。
彼女の脚が力也の顔に突き刺さるようにして蹴りつけられる。
「天才とかモテハヤされてやがるだけのクソガキがぁ!どうやってあたしに勝てるってんだぁ?!あぁ?!」
立ち上がろうとする彼の傷を腐敗が痛みつける。
脇腹に再度蹴りをぶち込んでいく。
「たかが雑魚しかいねぇガキの中でS級になっただけのオメェがぁ!S級戦犯のあたしによぉ!どうやって勝つってんだよぉ!なぁ!」
彼女の顔の前で斥力が生じる。
壁にもたれかかるようにして力也が立ち上がる。
その瞳はまだ輝きを失っていない。
「じゃあそのガキに手こずってるお前はなんなんだよ。体だけ大人になったクソガキか?」
(怒れ。乱れろ。お前の脳内を引っ掻き回してやる)
「勝ち方?そんなもん、お前をぶっ殺してゲームセットだよ!」
「口だけはペラペラと動くみてぇだなぁ!あたしをぶっ殺すってんならよぉ!身体を動かしやがれぇ!」
両者、気合十分改め、気合十と余分。互いに一歩も引く気のない、そして殺気マックスの状態。
殺試合はまだ終わりそうにない。
―――――――――――――――――――――――――
「止血!まだ終わんないの?!」
「傷口の状態が悪い!これじゃあ状態悪化させるだけだ!縫合はするな!」
「ですがこのままでは…この子は…」
「それをどうにかするのが私たち医療班の仕事だろう!理解したなら口より手を動かせ!」
目の前の少女の状態は最悪。それ以外のどうとも形容し難い見た目をしている。どんな敵と戦えばこんな傷口になるのか、どうしてここまで惨いことが出来たのか、理解できない。理解したくもなかった。
それでもこの傷を治し、この少女を救うのが彼ら医療班の仕事なのだから理解は二の次。
負傷者を救う。それだけを理念に掲げて。
「運営長!先の戦いで負傷した明星ひばりの状態ですが…!」
息を切らした伝達係がモニタールームへと駆け込んで来る。
その顔には『焦り』が浮かんで見える。
「そうか。ゆっくりでいいから言ってごらん」
しばらくしてようやく落ち着いた頃に伝達係の口が動き出す。
猿川もそれに耳を傾ける。
そして後悔する。
これなら自分の判断を信じていれば、静止なんてものに耳を貸していなければ、と。
「コードIの一派との戦闘を行った明星ひばりですが…負傷の具合が悪く…今も能力の範囲内から出られていないと考えられ…ます。一時間程前に意識を手放しました…!」
その場の全員の表情が凍りついた。
A級のイクサビトとして将来を期待されていた彼女がこんな大敗を喫するなど誰が想像する。誰が信じる。
彼女の実力は今ホールの中にいる学生もイクサビトを含めてもかなり上位のはずなのだ。
それがここまで…
鈍い音が響く。
数人の肩が揺れる。
(クソッ!相手の力量を見誤った!これは…!)
「奴さんはどうやら本気で私らに挑んできてるようだ。これじゃ混乱がどうとか言っている場合ではないね…」
眼光が鈍く光る。絶望の中でこそ彼女の眼は輝くのだ。
「猿川!A級以上の指揮権をお前に任せるよ!こっちの守護は一切気にせず全力で潰しにかかりな!宵夏!お前はここで子供たちに秘匿で連絡しな!急ぎ撤退をさせるんだ!いいね!」
彼女の喝の入った声で皆の気が引き締まる、そんな気がした。
どんなひどい絶望の中でも彼らは闘うことをやめない。
例え向かう先が更なる絶望だとしても――
―――――――――――――――――――――――――
戦火を散らし続けるのは彼ら―赤に身を包んだ修道女と天才と称された青年。
半壊したビルの中、壁を突き破り、柱をへし折り、高速で走り抜け戦い続ける。
「どうしたぁ!この程度かぁ!あたしをぶっ殺すって割にゃぁ合わねぇんじゃねぇかぁ!」
「その割には血吹き出してんのはあんたばっかりだなあ!死ぬのももう後ちょっとなんじゃないか!」
彼女の脚と彼の拳が激突する。
魔力が散り閃光が眩く輝く。赤い魔力と紫の魔力が散る。
カートリッジ内のデザートイーグルが火を噴く。
それを顔一つ分動かして避ける。
もう一度走り出す。その勢いは止まることも収まることもない。
天井が弾け飛ぶ。彼女が走り出さんとした先に元天井が落ちていく。
「追いかけっこはお終いだよ!」
力也の振りかぶる拳をしゃがんで躱す。下から半月状の斬撃を放つ。
能力では守りきれない。
「今度はオメェが逃げる番だなぁ!さあ走りなぁ!」
「誰が逃げるって?!」
相対する二人はまた殴り合う。
掌底、正拳、足刀、裏拳…どんどんと叩き込む。
剣術なんてものは欠片もない鋸と芯の入った体術が叩き込まれる。
受けては決めて、また返してを繰り返す。
彼女の蹴りが力也の脇を飛ばす。
壁を突き破り吹き抜けの反対側まで飛んでいく。
反対側の壁にぶつかったところでその勢いは止まる。
顔を上げれば大穴なんてもろともせずに跳躍して向かってくる修道女。両の手にデザートイーグルを握りしめている。
発砲音。それが四回鳴り響く。
弾丸は真っ直ぐ彼を目指して飛翔する。
「『逆式』!」
それらごと彼女を弾き返す。
跳躍の勢いが死に地上へと落ちていく。
それを追いかけ彼も跳躍し飛び降りる。
拳を彼女の下へと振り下ろす。それも転がることで躱される。
(今ので肋骨何本イったぁ?もうわっかんねぇなぁ…内臓イってないだけマシかぁ)
(この異常者が…!なんでこれでまだ避ける元気があるんだよ!)
二人の思惑はそれぞれに。素早く拳を握り込む。素早く鋸を掴む。
地面に落ちたデザートイーグルはひしゃげて使い物にならない鉄屑に生まれ変わる。そんなものには手を伸ばしはしない。確実な鋸だけを掴む。
(遠距離武器はこれで全部か?一先ずは潰したけど…こいつのことだ、まだなんかあるだろ)
鋸の斬撃を腕に蹴りを入れることで打ち止め、返す勢いでもう一度右頬に上段蹴り。
倒れそうになるのを堪え、左腕で振り返りざまの彼の腹を突き上げる。
力也も倒れ込みそうになるのを足の踏ん張りでどうにか堪える。
ステゴロ。雌雄を決するのはこれに託させた。
「あぁ〜効かねぇなぁオメェのクソザコパンチなんかよぉ!」
力也の顔に拳を一発。
「そっちこそさっきからパンチに芯が無くなってるんじゃないか?パンチの打ち方も忘れたのか…よ!」
腹に拳を一発。こんな時でも能力を使った加速は忘れない。
「あぁ、忘れちまったなぁオメェ見てぇなガキの躾け方はよぉ!」
頭突きを一発、ぶち込む。
脳が揺れる。
「躾けれるもんならやってみなよ、あんたに出来るんなら…な!」
顔面に一発正拳。
前歯が欠ける。
どれだけ殴り合ったか。二人の生傷が増え続け体力も底を尽きる、そんな時が近づく。
彼らが来る。
「『止まれ』」
修道女の動きがピタリと止んだ。さながらパントマイムのように。
しかし、それはそんなものが理由ではない。
理由は全く別、声の方にある。
「マジかぁ…!」
「先生!」
猿川楽がいた。
西園寺力也:魔力操作 S
能力 万有引力
ランク S
所持ポイント 78点